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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
試練の章
45/171

聖女の日・その4

聖女の日・ラスト。

 聖女の日とは、女性が男性に贈り物をする日である。


 聖女の日と名付けられた由来は様々だが、事実は不明瞭である。


 自らにとっての聖女がいるはずだと、マックス少年は信じていた。




 彼は不機嫌な様子で、アーサーを連れて歩く。


 レイアを探しているのか、ただ単に苛立っているのか、傍目にはよくわからなかった。




「アーサー…お前は、俺とレイアを探してくれるんだな…」


「えっ、あぁ…まぁね。」


「今日から俺の親友はお前だよ。ウォッチはもう、俺と肩を並べてくれないのさ…」




 さっきまであれほど怒っていたのに、急にナイーブになる。


 心の浮き沈みが激しいマックスに対し、なんとなく哀れを感じるアーサー。


 彼の、肩を並べてくれる友人を求める姿が、たまらなく切ない。




「マックス、ウォッチはまだお前と親友でいると思うぞ?」


「そんなわけなーい…」


「俺から見たらむしろ、親友じゃなくなってる方が違和感あるくらいだよ。」


「だぁぁ、そんなわけないだろーー!!」




 大声で喚き、慰めるアーサーを急に威嚇する。


 こういった取り扱い注意な精神を、どう宥めるのか知らないアーサーだった。




「マックス、ここ外だよ。」




 そんな折、マックスの名を呼ぶ誰かの声がした。


 アーサーが声のした方へ顔を向けると、そこには一人の少女が立っていた。




「ぎゃーーーパルルさん!?」




 マックスはさっきよりも大きな声で、パルルの存在に驚嘆した。


 その時、パルルという名に聞き覚えのあったアーサーは、記憶をたどってみる。




「あ、パルルって…もしかして、錬金術師のパルルか?」


「あ、マックスの友達かな?初めまして、パルルだよ。」


「は、初めまして!」




 思いがけない有名人に会い、アーサーは驚きつつも挨拶を返す。


 ついでに、少女と知り合いであるマックスを少し見直した。




「マックス、なんだか怒ってるみたいだけど…大丈夫?」


「怒ってないっす!な、アーサー!」




 同行者に同意を求める少年。


 そんなものを求められた方は迷惑である。




(いや、明らかに怒ってたけど…)




 と、心の中ではそう思ったアーサーだったが、やっぱり少し哀れだったので頷く。


 少女は彼の首肯を確認すると、自分の思い違いだったと思い直した。




「そっか、それなら良かったよ。」


「はい!そ、それより、なんでこんなところに…?」


「偶然マックスを見かけたんだよ。それで、ちょっと受け取って欲しい物があるよ…」




 彼女がマックスへそう言った瞬間、マックスはなにを想像したか、いきなり硬直した。


 憧れの存在であるパルルから、そのようなサプライズを受けるとは想像していなかったのだ。


 彼は硬直したまま、早々に両手を差し出す。


 特に気にした様子もなく、少女は彼の手へ贈り物を置いた。




「はい、これ。マックスがずっと欲しがってた、魔物の生態図鑑だよ。」


「…嬉しいです。あざす、パルルさん。」


「あれ、あんまり気にいってないみたいだよ。」


「そんなわけないですよ、めちゃくちゃ嬉しいですっ!!」




 嬉しかったのは嘘ではない。


 しかし、彼はもっと大きな期待をしていた。


 憧れの人へそんな浅ましい期待をする自分を、マックスは嫌悪した。


 彼の内心には気付かず、パルルは笑って言った。




「うん。じゃあ、次はエルちゃんのところに行くから、またね。」




 その聞き捨てならない言葉を、マックスは逃さない。


 エルドラという名が出た以上、問い詰めずにはいられなかった。




「待ってくださいパルルさん!!なんでアイツのとこに行くんですか!?」


「え?まあ友達だし…」


「なんでアイツのとこに行くんですか!?待ってくださいパルルさん!!」


「マックス、さっきと同じこと言ってるよ。」




 マックスは躍起になり、エルドラに対して敵意をメラメラ燃やした。


 彼が肩を並べていたのは、ウォッチでもアーサーでもない。


 ヘドロだった。




「行きます、俺も!俺も行きます!」


「別にいいけど、でも…マックス、ちょっと変だよ。それに…」




 ちらりとアーサーを見るパルルは、先に一緒にいた彼を気にした様子であった。


 マックスが変な理由は分からないが、アーサーの方も彼をどうにかしたかったので、再び頷く。




「気にしないでいいよ。マックスをよろしく、パルル。」


「…うん、分かったよ。じゃあ行こうか、マックス。」


「はいっ!!」




 パルルはマックスを連れ、その場を後にした。


 一人になったアーサーは、宿に戻るために、来た道を戻る。




 今日知り合って、友達になったマックスとウォッチ。


 彼らのことをなんとなく思い返しながら歩く。




「…あっ」




 しかし、彼は戻った道の先で、恐るべき人物を目にした。




「ラ、ライ…!!」


「…奇遇だな、アーサー?」




 なんと、審判者・ライが現れた!


 不敵に笑う彼は、あくまで奇遇だと発言する。


 しかし、彼に首根っこを掴まれた状態のジッドは、それを否定した。




「アーサー、気を付けろ!兄貴はお前の歩行経路を予測してるぞ!」


「な、なんだそれ…」


「ちなみに僕も予測された!」




 どのような計算の上に成り立っている予測なのか、アーサーには理解できない。


 だが、その正確性は予知の域であり、算出される結果だけでも恐るべきものだ。


 改めてライの凄さを体感し、アーサーは身震いした。




「ジッドをスムーズに捕縛できたからな…不確定要素を潰せて、特に難しくはなかったよ。」


「ライ、すまんっ!もう無駄な武器買わないから!」


「そこを規制するとアーサーの精神面に良くない。だからしないけど、問題は指示違反の方だ。」




 リーダーの言う事は絶対。


 ライはいつでも、パーティメンバーにそう教えてきた。


 その掟に関しては、いかなる事情があろうとも違反は許していない。


 今回もライはそのつもりだった。




「覚悟はできてるな?」


「兄貴…僕もアーサーも、変なのに巻き込まれただけで…」


「言い訳無用。巻き込まれたお前たちの責任だ。」




 いつもより厳しい口調で、いつも通り厳しいことを言うライ。


 しかし、ふと表情を和らげると、威圧的な佇まいを崩す。


 そして、アーサーを見て言った。




「だけど、とりあえずアーサーはリザに会え。」


「へっ?」


「お前を待ってるんだよ。ほら、こっちだ。」




 今度はライに連れて行かれ、アーサーはトボトボ歩いた。


 その間、リザが自分を待っている理由を想像したりして。




「兄貴!いい加減に放してよ!」


「ダメだよ、お前は死刑囚なんだから。」


「死刑囚じゃないけど!?」




 ジッドの方は、もう処罰を執行されていた。


 身をよじっても抜け出すことはできないと悟り、ジッドは叫んだ。




「まるで犬だ!!」




 次の瞬間には斬首されるような気分で、彼はライに怯え続けた。


 ~~~~~~~~~~


 少し歩いて、リザの待つ場所へ到着したアーサー。


 彼が手を振ると、リザの方も手を振り返してきた。




「…!ア、アーサー。来てくれたのね…」


「リザ?」


「えっとね、私…あの、今日、なんの日か知ってる…でしょ。だから、この…この。」




 緊張しているのか、彼女は上手く喋れていない様子だ。


 少し落ち着かせようと、アーサーは彼女に優しく声を掛けた。




「落ち着いて、ゆっくり言ってくれればいいよ。ちゃんと待ってるからさ。」


「あ…アーサー…うん。」




 嬉しそうに頷いて、リザはそっと目を瞑ると、言葉を整理する。


 その後、偽りのない親愛の笑みをアーサーへ向けると、真っ直ぐに彼を見つめて話した。




「アーサー、今日は聖女の日なのよ。好きな人へ心を込めた贈り物をする、大切な日なの。」


「聖女の日…?ああ、そうか!リザは誰かに贈り物をするのか?」


「うん…アーサー、受け取って?」




 とても照れ臭かったが、嘘なく気持ちを伝えようと、リザは勇気を振り絞る。


 そして、傍らに置いていた剣型チョコを、彼の前へお披露目した。




「えっ…!?お、俺に…くれるのか…?!」


「だって、前にも言ったじゃない。私の好きな人。」




 こんなにもストレートな好意を抱いてくれるリザに、アーサーはたじたじになった。


 神聖なる少女の瞳から、純朴な少年は目を離せない。


 彼の捉えた彼女は、恋の神秘のようなものを纏って、そこに存在していた。




「ありがとう、リザ…でもなんか、嬉しいけど、それよりも…」




 チョコを見ようとしても、リザの方へ目線が動く。


 かといって、ずっとリザを見ていると、途端に恥ずかしくなってしまい、視線を逸らす。


 アーサーは精神的迷子になり、視点の置き場所を探していた。




「どうしたの、アーサー?」


「あ…いや、なんでも!そそ、それよりチョコ食べたいな!」


「うん、どうぞ!だけど…頑張って作ったから、もうちょっと眺めててもいいのよ。」


「おぉう、じゃあそうしようかな!」




 言われた通りに剣チョコを眺めると、微細な作りに関心した。


 実際、設計に関してはほとんどライが担当しているので、この精巧さはライのおかげである。


 リザが真に担当したのは、煌びやかな飾りつけの数々。




「はは、凄すぎてどこから食べても勿体ない…」


「勿体なくないわよ!あなたに食べてもらうのが…最高の幸せ、だから。」


「リザ…本当にありがとな。」




 今回の贈り物で、アーサーはますますリザへ意識を向ける。


 その気持ちは、ただパーティメンバーに対する親愛だけでなく、もう一つの要素を含んでいた。




 二人の仲良さそうな姿を見て、ライは微笑んだ。


 レイアも、ようやく素直になり始めたリザに、始終ニコニコしていた。


 状況が分からず、暗い顔をしているのはジッドのみである。




「ライ、今日は…アーサーくんの違反は見逃してあげようよ。」


「ああ、そうだな…」


「なんでさ!?兄貴もレイアも不公平だ!!」




 謎の温かい目をしている二人に向け、死刑囚は吠えた。


 しかし、彼の異存はまったく無効であった。


 というかそもそもリアクションがなく、二人の耳に届いているのかさえ不確かだった。




「アーサー見逃すなら僕も見逃してよ!」


「なに言ってるの、ジッドはダメだよ!だって命令違反したんでしょ?」


「それアーサーもしたんだ!僕とアーサーは仲間じゃん!」


「アーサーは許す。ただしジッド、お前はダメだ。」




 理不尽にもほどがある展開に、ジッドは意気消沈した。


 とにかく彼は、公平なジャッジを望んだ。


 或いは、自分の正当性を主張できる人間が欲しいと考えた。




 このような判断には、徹底的に話し合わないと気が済まない。


 ゆえにジッドは決断をし、この事件の成り行きを公平な誰かに託そうと考えた。


 ようするに、裁判沙汰にするつもりである。

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