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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
試練の章
43/171

ケイ・その2

前話の続きです。

 ベックに慰められ、なんとか涙を収めたケイ。


 彼女は事の始まりから終わりまでを、恩人の二人へ丁寧に伝えた。




 フェリはケイの話を聞くと、眉を顰めて言った。




「馬鹿じゃないの?」


「うっ…」




 ケイは純粋でもあるが、それ以前に、まだまだ経験が少ない。


 ベックとの冒険で様々な人間を見てきたフェリからすると、彼女は警戒心が薄すぎるように思えた。


 自分の行動を端的に表され、ケイは小さく呻いてしまう。




「ゴーシュが裏切るなんて、予想していなかった…そんなやつじゃなかったんだけどな。」




 ゴーシュから受けた傷を自ら手当てしながら、ベックは呟く。


 フェリは呆れて首を振った。




「あんた、人を信用しすぎ。あたしがいなかったらどうなってたか。」


「パーティメンバーだぞ。普通は疑わないだろ。」




 ゴーシュの豹変は、ベックにとって急なものだった。


 しかし、フェリには彼が迂闊だっただけのように思える。




「知ってる?あのキモいやつ、あんたのこと変な顔で見てる時あったよ。」


「へ、変な顔?」


「ほら、気付いてない…」




 実際、フェリは精霊にしては警戒心が強い少女で、様々なことによく気が付いた。


 不意に表に出たような、ゴーシュの羨望や嫉妬の表情を『変な顔』と称し、しっかり観測している程度には。


 ベックはそんな彼女に、何度も助けられてきた。




「そういうのはフェリに任せっきりだ。」


「だーかーらぁ、あたしにばっかり頼らないで!自分でも気を付けて!」




 少女は少し怒りながら、無防備過ぎる彼にいつもの注意をする。




「ははは、ごめんなフェリ。いつもありがとう。」




 それを笑って受け止めるベック。


 そこに添えられた感謝の言葉は、普遍的な暖かい色をしていた。


 フェリは「ふんっ」と、彼から顔を背ける。




「…でも、そういうあんたも…嫌いじゃない、けど。」




 少女は口の動きも見せず、独りごちるようにそう呟く。


 そうして、ベックの方へ体を戻すと、彼には一句も聞こえていない様子だった。


 安心して、微かに笑みを浮かべる。




 ケイは二人の交わし合う言葉をぼんやりと聞きながら、これからのことを考えていた。


 肝心の呪術師の借金は、また返済の目処が立たなくなってしまった。


 どうしようかと頭を悩ませていると、不意にベックから声を掛けられる。




「さっき呪術師の借金がどうって、話してたよな。」


「え?あ、はい…」


「俺で良ければ肩代わりするぞ。」


「え!?そ、そんな…!」




 彼の太っ腹な申し出に、ケイは当惑してしまう。


 急にそんなことを言い出した彼に、フェリもすぐに苦言を呈した。




「ま、また…人の借金でしょ。」


「だけど、その男が行動のきっかけじゃないか。解決しなければ、ケイはまた危険な事件に首を突っ込むかもしれない。」


「個人の事情に手を出したって、根本的に解決にはならないんだってば!だって、また借金をしないとも限らないし…!」


「じゃ、その男にしっかり言わないとな。もしなにか事情があるなら、その支援も引き受けてやればいい。」


「はぁ~…そもそも、あんただって資金に余裕なんてないでしょ?」


「そうだな。生活してれば基本的にみんなそうだろう。俺は余裕があるから助けるとか、そういう気まぐれな申し出はしないし…」




 まるで熟年夫婦のような、心地よいテンポの会話。


 主題が借金ではあるが、ケイにはなんとなく楽しかった。


 彼女は二人の会話に聞き惚れたまま、ソファに体を委ね、しばらく微睡む。




 ――そして、ついには眠りこけた。


    彼女が眠っても、二人の落ち着いた声は子守唄のように、疲れた彼女を癒した。




「ん…」




 稀なる安楽な睡眠から、ケイが目覚めた頃。


 二人はもう相談を終えたようで、各々、なにか別のことをしていた。


 あの会話がもう聞けないことを不思議と残念に思いつつ、ケイは隣に座るベックへ声を掛ける。




「なにをしてりゅんですか…あっ。」




 寝起きで呂律が回らなかったので、ケイは痛く赤面した。


 ベックはまた、軽く穏やかに笑うと、恥ずかしそうな彼女へ応える。




「フェリのために小さなぬいぐるみを作ってるんだ。」


「ぬいぐるみ…裁縫ができるんですか?凄い…!」


「大した腕じゃない。しょっちゅう手に傷を付けるからな。」




 そう言いつつ、彼は手慣れた様子で、身軽に針を操る。


 思いがけず女子力を目撃したケイは、その姿にとても憧れを抱いた。




「ベックさん、私に裁縫を教えてくれませんか?」


「え?…そうか、興味があるか!よし、いいぞ。」


「ありがとうございます!」




 ベックは趣味の合う者がいることに歓喜し、彼女へ針・布・糸を嬉しそうに渡す。


 それを受け取り、ケイは早速手をつけようとして…なにをすればいいか分からず、途方に暮れた。


 彼女の様子に、ベックは自分の初心を思い返し、微笑ましい気持ちになった。




「どうすればいいんでしょうか。」


「まずは、なにを作りたいか決めるといい。」


「そ、そうですね!」




 ケイはうーんと唸ると、拠点の色んな場所へ視線を泳がせた。


 立てかけられた弓や、積み重なった服の類などは、あまり興味をそそられる題材ではない。


 絨毯にも視線を落としたが、やはりいまいちだ。


 そうして迷っているとき、彼女は少女のことを思い出し、急いで目を向けた。




「なら、私はフェリちゃんを作ります!」


「おお、フェリ!なるほど、俺は気付かなかったが…確かに良いモデルだ。」




 元々サイズの小さい彼女ならば、見た目を上手く再現するだけで完成する。


 そう考え、ベックは納得したように頷いた。


 彼の同意を得たケイは、モデルになってくれるようフェリに頼みに行った。




「ねぇ、フェリちゃんっ!」


「…ウザ。気安く呼ばないで。」


「うぅ…」




 ベックに対するときも大概ではあるが、ケイに対しては殊更にツンツンしているフェリ。


 ケイは、少女の言葉にわりと傷付きつつも、話を続ける。




「あ、あのね?今からぬいぐるみを作りたくて。そのモデルになってほしいの!」


「ぬいぐるみ…?あたしを作るつもり?」


「うん、そうよ。」


「ふん…ま、いいか。モデルになっても。」




 少女は照れ隠ししつつ、モデルになることを承諾した。


 ケイは大層喜び、さっそく少女をテーブルの上へ座らせた。


 フェリはちょこんと体育座りをし、ジッとケイを見つめる。




「………」


「………」




 二人はにらめっこでもするように、まるで声を出さずに見つめ合った。


 お互い緊張していて、あまり話せることもないゆえに。


 それでもケイの手は着実に進み、やがて綿毛の塊を一つ作った。




「…ふふ、出来たわ。ほら、フェリちゃん!」


「はぁ、やっと?じゃあ見てあげる。」




 彼女の退屈気取りな態度を見て、ベックは苦笑する。




「素直じゃないな…ケイ、フェリは自分がモデルになるのが嬉しいんだ。」


「バッ、バッカじゃないのっ!」




 胸中を言い当てられ、フェリは反射的にそう返した。


 少女は照れを誤魔化すように、ケイの手から完成品を引き抜く。


 しかし、それは思っていたものとは違った。




「…これ、まだ一部なんじゃ…」


「…う、うん、そうよ!けっこう上手くできたと思うんだけど…」


「完成してから言って。というか…体とか顔じゃなくて、手から作るの?」


「一番前にある所から作るつもりよ。」




 独特な優先順位の付け方をするケイを、フェリは奇妙に思った。




 ――それから色んな経過を経て、ケイは全体の造形を完成させた。


    彼女はそれを嬉しそうに、フェリの前へお披露目した。




 完成品を見たフェリは、小さな身体を浮かせながら平常を装う。




「ふーん、まあまあいいんじゃない?」


「本当!?良かった…フェリちゃんが満足してくれなかったら、私どうしようって思ってたの!」


「満足なんかしてない。」




 満ち足りた表情でニヤけながら、少女は気丈なフリを続けるが、内心はバレバレであった。


 そんな見え見えな態度で、嬉しそうに等身大ぬいぐるみを受け取る。


 二人の仲良さげな様子を見て、ベックも満足そうに笑みを浮かべた。


 それはともかく、彼は外の陰った景色を確認すると、ケイに向かって言う。




「もう暗くなってくる頃だし…ケイ、今日はここに泊まるか?」


「い、いいんですか?」


「ゴーシュが迷惑をかけてしまったからな。謝罪の一環でもある。」


「謝罪なんて、そんな…ベックさんだって被害者ですよ。」




 ケイが遠慮し、ベックが勧め、話はまとまらない。


 見兼ねたフェリは、そのやり取りを遮るように言った。




「いいでしょ、泊まれば。遠慮しすぎ!」




 珍しく他人を受け入れた彼女を見て、ベックは驚いた顔をした。


 フェリはそんな彼をちらっと見ると、照れながら言う。




「なに?…別に良いでしょ、泊まれば!あ、あんたが言ったのよ?」


「そうだな。なぁ、ケイ?フェリのためにも頼む。」


「はぁ!?バカ言わないでよ!」




 二人ののやり取りを見たケイは、その愛らしさにくすくす笑った。


 その後、遠慮する必要もないと思い直して言った。




「ふふっ…じゃあ、今日はお世話になろうかな。ベックさん、フェリちゃん、よろしくお願いします。」


「あ、あんたも、勘違いしないでよねっ!」


「私、フェリちゃんとお友達になれて嬉しいわ。うふふ!」


「お友達って…!いつケイと友達になった覚えなんてない!」




 繋がりがめちゃくちゃな言葉で、フェリはお友達宣言に抵抗する。


 ケイの素直な笑みと、素直になれないフェリの照れ癇癪。


 対照的な二人の様子を、ベックは楽しく眺めるのであった。


 フェリに初めての友達が出来たことを、彼は心から喜んだ。




 ――そうして、ベックの拠点に泊まったケイは、ベックやフェリと夜通し話をした。


    それは、彼女が冒険者になってから、最も幸福な時間だった。




 翌日。


 彼女が目覚めると、少し距離を置いて眠っているベックの顔を見つけた。


 フェリは見当たらないが、きっと今は姿を見せていないのだろう。


 そう考えてから、爽やかな朝に大きく伸びをした。




「……え……?」




 その時、彼女は少し高くなった視点から、おぞましい光景を目にした。


 それは…眠っていると思っていたベックの背中から流れる、赤く煌めく大きな血溜まり。


 咄嗟にベッドから飛びのくと、彼女は青褪めた顔で、彼へ必死に呼びかける。




「ベック…さん?ベ…ベックさん、ベックさんっ、ベックさんっ!!」




 何度も名を呼び、体を揺さぶっても、彼は反応を示さない。


 ケイは目の前の光景を受け入れられず、視界を揺らがせる。


 その時、朦朧とする不愉快な感覚の中で、彼女は違和感に気付いた。




「あ…あ、」




 自分の服の袖に、目の前の赤色が付着していた。


 そこから辿って、自らの手がなにかを握っている事実を知る。


 確認すると、それはゴーシュから手渡されたナイフだ。




「わ…わ、私…が…うそ。」




 紛れもない現実。


 真実味のない光景。


 壁に折れ曲がる窓の光と、自分と恩人の屍だけを包む家。


 扉は閉められていて、何者かが出入りしたようには見えない。




 なにより、ケイの新しい友達が姿を消していた。


 なにがあったのか、なにをしてしまったのか、すべて理解できぬままに、彼女は我を失い走り出す。




 ~~~~~~~~~~


 …その後、時間がどのように経過したのか、現在の彼女には思い出せない。


 ただ、いまでもその光景だけは、瞼の裏に焼き付いていた。


 思い出すたび、彼女の手はどうしようもなく震える。

明日は聖女の日。

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