祝いと呪い
記憶の話です。
「みんな、僕とエバの結婚記念パーティへようこそ。この祝福すべき1日に、どうか神のご加護があらんことを…乾杯!」
「「「カンパーイ!」」」
口上の通りである。
これはマディとエバの結婚を記念したパーティだ。
集まったのは、マディと親交の深い冒険者たち…一括して紹介すると、彼のパーティメンバーである。
「実にめでたい日だ。マディ、私から一言送らせてもらうよ。おめでとう。」
『リワインド』のリーダー・治療術師のキョウガは、暖かな微笑を浮かべた。
彼女の賛辞に、マディは感激した様子で笑みを返す。
「ああ、ありがとうキョウガ…君に祝われる光栄を、僕は一身に受けるよ。」
マディは紳士らしい振る舞いで、流麗に頭を下げた。
「エバさーん、あーしの頼んだパフェあるー?」
パーティメンバーの一人、魔導師のシャルロットは、主催者の妻・エバへ尋ねた。
「ええ、ここに。どうぞ。」
エバは手に持った手作りパフェをテーブルに置くと、エバに向けてはにかんだ。
シャルロットは「さいこ~」なんて言いつつ、パフェの方へスキップしていった。
「はっはっはっ!お二人さん、末永く幸せにな!」
魔物使いのウードは、豪快に笑うと二人を祝福する。
彼の声でマディとエバは目を合わせると、二人でそっと笑った。
シャルロットとウードは、各々パーティを満喫しようと行動する。
そんな中、ウィンドは一人、テーブルの椅子に座ってシャルロットを眺めていた。
「?ウィンド、どしたん。お祭り騒ごーぜ。」
「…ああ、騒ごうぜ。」
「ひひ、また暗い顔してらー。ほいっ、食べよ。」
シャルロットはウィンドの隣へ座ると、両手に持ったパフェを一つ、彼へ差し出した。
ウィンドはそれを黙って受け取り、スプーンで口に運ぶ。
「う、うまい…」
「待って、これ手作りとかヤバい!」
「凄いな。その…彼女は。」
「エバさん神だね。」
ウィンドには、確たる記憶がない。
昨日の出来事を忘れ、最近ではシャルロット以外の人をほとんど思い出せない。
キョウガも、マディも、ウードも、エバも、彼の記憶には残っていなかった。
「ああ、エバさんは神だ。」
「…さっきも教えたけど、いちお確認しよっか。この子は?」
シャルロットは彼の記憶力を確認するため、近くにいた少女を指差した。
少女は指差されたことに気付くと、ウィンドの方へウインクした。
「…間違ってたらすまん。キョウガ…」
「おお!いやはや、正解だよ。」
「よしよし、えらいねー。」
満足そうなシャルロットは、見事に正解したウィンドの頭を撫でた。
ついでに、丁度良い位置にあるリーダーの頭も撫でた。
「おや、私はなにかに正解した覚えはないよ?」
「小っちゃいからねぇ、撫でたくなるんよ。しょーがないねー。」
「身長ひとつ取っても、人の心理というものは容易く操作されるものだね。もちろん私は、君の愛撫欲求の出口となることに異存はない。好きにしたまえよ。」
「へーい、したまうよー。」
本人から許可を得たシャルロットは、少女を好きに撫でまわした。
好きに撫でまわされつつ、少女はウィンドへ話しかけた。
「ウィンド、私は君に話したいことがあるのだ。身構えることなく聞いてくれ。」
「話?」
「ああ。君の記憶にはないだろうが、思い出話というやつだ。」
キョウガはおもむろにシャルロットの膝に座った。
シャルロットはそれを受け入れつつ、キョウガを人形のように愛でる。
「私も記憶がないのだよ、ウィンド。」
彼女はそう言うと、ウィンドの目を優しく見つめた。
彼はキョウガの言葉に少し驚いて、言葉を返す。
「ということは、キョウガもみんなを覚えてないのか?」
「いや、私のそれは君ほど深刻ではないんだ。馴染みの顔を忘れることはない…ただ、君だけではないことも知らせたかった。」
ウィンドはふとシャルロットを見る。
彼女は少し憐れそうな表情で、睫毛を伏せていた。
「私たちが出会ったのは、ある呪術師がきっかけなんだ。その名を引っ張り出すのも忌々しいが、君の記憶をたどるのには必要な存在だろう。」
「呪術師…そうか、俺の記憶は呪いに消されてるって…」
「お察しの通り、君は奴から呪いをかけられたのだ。」
ウィンドは過去、ギルドからのミッションに従って、殺人罪から逃げおおせようとする悪党を捕らえた。
しかし、その代償として現在の呪いを受けたのである。
今の彼はその事実すら忘れてしまっていた。
「私はね、ウィンド。君を助けたいのだ。」
「俺を、助ける?」
「ああ。その不愉快極まりない呪いを解き、君に麗らかな心情をもたらす。そのためにリワインドを結成したのだから!」
キョウガの強い気持ちを知って、ウィンドは嬉しかった。
自分が周りを覚えていられなくとも、隣で記憶を抱えてくれる仲間の存在。
そんな印象深いリアルを実感したのだ。
「俺は、キョウガのような仲間がいて…スーパー幸せだよ。」
「スーパーかい?なるほど、実に痛快な言葉を使う。シャルロットのようだね。」
「ウィンド、あーしのがうつったね。」
キョウガもシャルロットも、ウィンドの言葉で楽しそうに笑った。
二人の様子がくすぐったくなり、彼も笑みを溢した。
「スーパーしゃーわせ?だ。」
「や、しゃーわせとか言わねーし。」
「皺合わせだよ、諸君。言葉も良いが、肝心は表情だ。」
シャルロットは満面の笑みを浮かべ、「にー!」と口に出した。
マディ・エバ・ウードもその声に反応して、ウィンドの近くに寄り集まってくる。
「ああ、シャルロット!君のとてもビューティフルなスマイルに、思わず僕の心は揺さぶられてしまった…!」
「おいおいマディ、奥さんの前でシャルロットを口説いてんじゃねえ!」
「ウードの言う通りね、マディ…でも、その通りだわ。本当に綺麗な笑い方をするのね、シャルロット。」
「え、えぇ~?フツーだし、そんなホメられたら照れるんですけど…」
「謙遜することはないだろう?君は清純な女子だ。さて、ウィンドはどう思うかね。」
「え!?お、俺は…」
キョウガが意見を求めると、シャルロットは照れつつも、ウィンドへ偽りのない笑顔を向けた。
彼はシャルロットに少しだけ惚けた後、呟くようにして言った。
「…いつものシャルロット、だ。」
周りの者は一斉に驚き、そして笑った。
「もー、なんだよそれー。」
「はっはっは!いつも通りか、違いねぇな!」
「喜色に満ちる一言だね。」
口々に喋る仲間の声を聞きながら、ウィンドは晴れやかな明日を想う。
彼は、呪いに負けぬ強さを、今日は確かに感じ取っていた。
更新未定。