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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
試練の章
41/171

祝いと呪い

記憶の話です。

「みんな、僕とエバの結婚記念パーティへようこそ。この祝福すべき1日に、どうか神のご加護があらんことを…乾杯!」


「「「カンパーイ!」」」




 口上の通りである。


 これはマディとエバの結婚を記念したパーティだ。


 集まったのは、マディと親交の深い冒険者たち…一括して紹介すると、彼のパーティメンバーである。




「実にめでたい日だ。マディ、私から一言送らせてもらうよ。おめでとう。」




 『リワインド』のリーダー・治療術師のキョウガは、暖かな微笑を浮かべた。


 彼女の賛辞に、マディは感激した様子で笑みを返す。




「ああ、ありがとうキョウガ…君に祝われる光栄を、僕は一身に受けるよ。」




 マディは紳士らしい振る舞いで、流麗に頭を下げた。




「エバさーん、あーしの頼んだパフェあるー?」




 パーティメンバーの一人、魔導師のシャルロットは、主催者の妻・エバへ尋ねた。




「ええ、ここに。どうぞ。」




 エバは手に持った手作りパフェをテーブルに置くと、エバに向けてはにかんだ。


 シャルロットは「さいこ~」なんて言いつつ、パフェの方へスキップしていった。




「はっはっはっ!お二人さん、末永く幸せにな!」




 魔物使いのウードは、豪快に笑うと二人を祝福する。


 彼の声でマディとエバは目を合わせると、二人でそっと笑った。




 シャルロットとウードは、各々パーティを満喫しようと行動する。


 そんな中、ウィンドは一人、テーブルの椅子に座ってシャルロットを眺めていた。




「?ウィンド、どしたん。お祭り騒ごーぜ。」


「…ああ、騒ごうぜ。」


「ひひ、また暗い顔してらー。ほいっ、食べよ。」




 シャルロットはウィンドの隣へ座ると、両手に持ったパフェを一つ、彼へ差し出した。


 ウィンドはそれを黙って受け取り、スプーンで口に運ぶ。




「う、うまい…」


「待って、これ手作りとかヤバい!」


「凄いな。その…彼女は。」


「エバさん神だね。」




 ウィンドには、確たる記憶がない。


 昨日の出来事を忘れ、最近ではシャルロット以外の人をほとんど思い出せない。


 キョウガも、マディも、ウードも、エバも、彼の記憶には残っていなかった。




「ああ、エバさんは神だ。」


「…さっきも教えたけど、いちお確認しよっか。この子は?」




 シャルロットは彼の記憶力を確認するため、近くにいた少女を指差した。


 少女は指差されたことに気付くと、ウィンドの方へウインクした。




「…間違ってたらすまん。キョウガ…」


「おお!いやはや、正解だよ。」


「よしよし、えらいねー。」




 満足そうなシャルロットは、見事に正解したウィンドの頭を撫でた。


 ついでに、丁度良い位置にあるリーダーの頭も撫でた。




「おや、私はなにかに正解した覚えはないよ?」


「小っちゃいからねぇ、撫でたくなるんよ。しょーがないねー。」


「身長ひとつ取っても、人の心理というものは容易く操作されるものだね。もちろん私は、君の愛撫欲求の出口となることに異存はない。好きにしたまえよ。」


「へーい、したまうよー。」




 本人から許可を得たシャルロットは、少女を好きに撫でまわした。


 好きに撫でまわされつつ、少女はウィンドへ話しかけた。




「ウィンド、私は君に話したいことがあるのだ。身構えることなく聞いてくれ。」


「話?」


「ああ。君の記憶にはないだろうが、思い出話というやつだ。」




 キョウガはおもむろにシャルロットの膝に座った。


 シャルロットはそれを受け入れつつ、キョウガを人形のように愛でる。




「私も記憶がないのだよ、ウィンド。」




 彼女はそう言うと、ウィンドの目を優しく見つめた。


 彼はキョウガの言葉に少し驚いて、言葉を返す。




「ということは、キョウガもみんなを覚えてないのか?」


「いや、私のそれは君ほど深刻ではないんだ。馴染みの顔を忘れることはない…ただ、君だけではないことも知らせたかった。」




 ウィンドはふとシャルロットを見る。


 彼女は少し憐れそうな表情で、睫毛を伏せていた。




「私たちが出会ったのは、ある呪術師がきっかけなんだ。その名を引っ張り出すのも忌々しいが、君の記憶をたどるのには必要な存在だろう。」


「呪術師…そうか、俺の記憶は呪いに消されてるって…」


「お察しの通り、君は奴から呪いをかけられたのだ。」




 ウィンドは過去、ギルドからのミッションに従って、殺人罪から逃げおおせようとする悪党を捕らえた。


 しかし、その代償として現在の呪いを受けたのである。


 今の彼はその事実すら忘れてしまっていた。




「私はね、ウィンド。君を助けたいのだ。」


「俺を、助ける?」


「ああ。その不愉快極まりない呪いを解き、君に麗らかな心情をもたらす。そのためにリワインドを結成したのだから!」




 キョウガの強い気持ちを知って、ウィンドは嬉しかった。


 自分が周りを覚えていられなくとも、隣で記憶を抱えてくれる仲間の存在。


 そんな印象深いリアルを実感したのだ。




「俺は、キョウガのような仲間がいて…スーパー幸せだよ。」


「スーパーかい?なるほど、実に痛快な言葉を使う。シャルロットのようだね。」


「ウィンド、あーしのがうつったね。」




 キョウガもシャルロットも、ウィンドの言葉で楽しそうに笑った。


 二人の様子がくすぐったくなり、彼も笑みを溢した。




「スーパーしゃーわせ?だ。」


「や、しゃーわせとか言わねーし。」


「皺合わせだよ、諸君。言葉も良いが、肝心は表情だ。」




 シャルロットは満面の笑みを浮かべ、「にー!」と口に出した。


 マディ・エバ・ウードもその声に反応して、ウィンドの近くに寄り集まってくる。




「ああ、シャルロット!君のとてもビューティフルなスマイルに、思わず僕の心は揺さぶられてしまった…!」


「おいおいマディ、奥さんの前でシャルロットを口説いてんじゃねえ!」


「ウードの言う通りね、マディ…でも、その通りだわ。本当に綺麗な笑い方をするのね、シャルロット。」


「え、えぇ~?フツーだし、そんなホメられたら照れるんですけど…」


「謙遜することはないだろう?君は清純な女子だ。さて、ウィンドはどう思うかね。」


「え!?お、俺は…」




 キョウガが意見を求めると、シャルロットは照れつつも、ウィンドへ偽りのない笑顔を向けた。


 彼はシャルロットに少しだけ惚けた後、呟くようにして言った。 




「…いつものシャルロット、だ。」




 周りの者は一斉に驚き、そして笑った。




「もー、なんだよそれー。」


「はっはっは!いつも通りか、違いねぇな!」


「喜色に満ちる一言だね。」




 口々に喋る仲間の声を聞きながら、ウィンドは晴れやかな明日を想う。


 彼は、呪いに負けぬ強さを、今日は確かに感じ取っていた。

更新未定。

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