従者たち
話を考える時間がないです。
占星術師のケビンは、家に2人の執事とメイドを雇っている。
自分が不在である時、家の雑事をこなしてもらうために。
「ご主人様はそんなこと仰いませんわ!」
使用人の1人、メイドのオディールはそう言った。
彼女は若干、憤慨した様子であった。
「ではオディールさん、貴女は私の聞いた言葉がまやかしだと言うんですかな?」
彼女の言葉に返答したのは、もう1人の使用人である執事・タルコスだ。
彼も彼女と同様に、少し興奮気味に語気を強めていた。
「嘘ですわ…まさか、ご主人様がそんな表現をなさるなんて…」
「ケビン様も人間ですよ、オディールさん。いいですか?人間というのは完璧ではないのです。」
「どういう意味ですの?」
「人という字を御覧なさい。どう見てもこれは、チェリーにしか見えない!」
「タルコスさん、貴方はなんと他愛もない事を口にするのでしょう。そのような事、見れば分かりますわ。」
彼らは今、ケビンが何気なく使った表現について議論していた。
普段は慎みのある彼が、一体どのような猥雑な表現を使ったのかは知らない。
しかし、とにかく、それは2人に大きな衝撃を与える発言であった。
「いい加減に白状なさってください。単なる出任せなのでしょう?」
「このタルコスは忠実に仕える者として、無暗に主を貶める言動は致しませんぞ。」
その衝撃を取り消したいオディールだったが、タルコスは頑として真実であったことを主張する。
彼女はいよいよ溜め息をつくと、少し周りを眺めて言った。
「もう、このような話は止しませんか。屋敷中の埃を無視してまで煮詰める話題ではございませんことよ。」
「それもそうですが、しかし…私が本気を出せば、掃除というものは呆気なく終了するでしょうな。」
「まぁ、随分と自信がおありのようですわ。それでは、私とお掃除勝負をしませんか?」
タルコスが掃除勝負に乗って来たことで、彼女は自然な流れで議論を打ち切ることに成功した。
2人は用具入れへ行き、勝負を行うための掃除用具をいくつか取り出す。
「タルコスさん、まさかバキュームなんてお使いになりませんわよね?」
「まさか。みくびられては困りますなぁ。」
魔道具であるバキュームには手を出さないという、非効率的なルールが存在しているようだ。
このように、ほとんどの細かいルールは暗黙の了解によって成り立っていた。
2人はこういった戯れを頻繁に行っているので、わざわざ詳細に決まりを明示する必要はないのである。
かくして準備が整い、両者は所定の位置にスタンバイする。
スタートダッシュの態勢で構えつつ、タルコスはオディールへ不敵な笑みを投げかける。
「そういえば、貴女はカーブが苦手でしたな。」
オディールには、カーブという苦手な地形があった。
特に直角に曲がる部分が苦手であり、そこで毎回タルコスに差を付けられるのだ。
彼はその弱点を指摘し、彼女へプレッシャーを掛けようとした。
しかしオディールの方では、案外気にした様子もない。
「いつまでも私がカーブに苦手意識を抱えているなんて、そんなはずがありますかしら?」
「…まさか、攻略を?」
「うふふふふ…」
彼女は小さく驚いたタルコスへ、不敵な笑みを返した。
2人の視線は直線状に衝突し、火花を散らす。
開始の合図が聞こえるまで、その張り詰めた膠着状態は続いた。
そして、聞こえた。
開始の合図…つまり、階段の上で12時を告げる鳩時計の「ぽっぽー」という鳴き声が、屋敷の踊り場に響いたのだ。
「はぁっっ!!!」
「ぐぅぬぅっ!?」
個性的な掛け声と共に、オディールとタルコスはとんでもないスピードで屋敷を巡回し始める。
この熾烈な勝負の行く末を語り、細かく表すことは可能であるが、あえて割愛しよう。
陳腐な表現では感動を損なうような、激動の一戦であった。
――かくして勝負は終了し、短い針は12を過ぎて、1を指し示す。
激戦を繰り広げた2人の選手は、互いを称え合いながらバルコニーで昼食を取っていた。
「タルコスさんは博識でいらっしゃいますのね。あんなに取りにくい汚れを、まさかあのような方法で消し去るとは!」
「しかし、あの技法は危険ですぞ。少しでもタイミングがずれれば、大幅なタイムロスになる。」
「ですが、もう少し発展させることも可能に思えますわ。私も練習してみます。」
「はっはっはっ!オディールさんならすぐに使いこなせるでしょうな!」
互いを認め合い、優雅に歓談する2人の従者。
暖かい時間を過ごす途中、タルコスは不意に空を見上げた。
「そういえば、あの隕石はどうなったのだろう…」
「え?今、なにか言いましたか?」
「…気にすることはないですよ。ただの独り言です。」
オディールには聞き取れなかった言葉であったが、聞き取っても彼女には意味が理解できなかったであろう。
実はこのタルコスという男、わりと規格外な一面がある。
例えば、この話をいきなり終わらしたりもできる。
「そろそろ、終わりに致しますかな…」
「…何をですの?」
「オディールさん、『ちゃんちゃん♪』と言ってみなさい。」
「嫌ですわ。なんとなくですが。」
唐突な誘導は、オディールには拒否されてしまった。
タルコスは不服そうな表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに気を取り直し…
「ちゃんちゃん♪」
早々に彼女の説得を諦め、自分でそう言うのであった。
そして、彼がそう言った以上、この話は終わるしか道が無いのであった。
「オディールさん、今度はお願いしますぞ。」
「…嫌ですわ。」
「なぜ?」
「丁重にお断り致します。」
「とほほ…」
明日も投稿します。