表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
試練の章
36/171

パーティ

日本語訳のイメージです。

 踊り子のエバには、2つの幸福な時間がある。


 一つは、愛する人との甘い時間。


 もう一つは、自らの思い通りに踊る時だ。




 彼女は今日も、街の広場でダンスを踊っていた。


 軽やかで美しいステップに、そこを通る人々は魅了され、目を奪われる。




「こんなに美しい動きが存在するのか!?」


「私も踊りたい!」


「俺、女に生まれたかった…」




 口々に呟く人々に笑みを振りまきながら、彼女は一心に足を運び続けた。


 そして、いよいよラストステップを踏み終えた瞬間、彼女の周りからは盛大な拍手が上がった。




「ブラボー!!」「ひゅーひゅー!」「綺麗ー!」「おねーさーん!」「天女ー!または天使ー!」




 賛辞を尽くす観客たちに、惜しみなく手を振るエバ。


 彼女が並ぶ人々と順に視線を交わしていると、不意に一人の男性と目が合った。


 その時、彼女は不思議と、彼から目を離せなくなった。




(あの人は、誰?)




 そう考えても、思い当たる人物はいない。


 爽やかに流れる汗を肌に感じながら、エバは惹かれるように彼の前へ歩いて出た。




「あなたは…」




 そうして、男性に声をかける。


 彼は少しだけ驚きの表情を見せたが、すぐに軽い笑みを返した。


 その自信なさげな表情と、今にも倒れそうな弱弱しい雰囲気。


 エバは見知らぬ彼の事を見て、なぜか心配になった。




 男性は口を開いた。




「初めまして、踊り子さん。僕はジャック。」


「初めまして、ジャック。素敵な名前ね。」


「ありがとう。この名は僕も気に入ってるんだ。君は?」


「私はエバよ。」




 少しだけ挨拶を交わすと、エバは人好きのする笑みを浮かべた。


 そして、ジャックに一つ問いかける。




「私の名前はどうかしら?」




 彼女の無邪気な戯れに、ジャックは「はは」と静かに笑い、極めて素直に答えた。




「ああ、とても素敵だね。得も言われぬ美しい響きだ。」


「あら、どうもありがとう。うふふ。」




 こうして、2人はすぐに打ち解けた。




 ――どうしてかジャックのことが気になるエバは、彼をカフェへ誘った。


    2人はゆっくりとルミナスウォームス(紅茶のようなものだ)を飲みながら、互いのことを話し合った。




「あなたは吟遊詩人なのね。なんだか、とても似合ってる。」


「はは、吟遊詩人と言っても大したものじゃないさ。僕の詩は、たった1人の少女に届けるものだから。」


「まぁ、たった1人?それって…」


「ベリーという少女さ。僕は彼女のために、一心に歌うんだ。」


「あぁ、素敵!ロマンチックの匂いがするもの…!」




 ジャックのなんとも言えぬアンニュイな表情を、エバは勇ましく思った。


 たった1人の少女のために、全力の献身を見せる彼。


 燃える瞳の奥や綺麗な口元から、その覚悟を感じたのだ。




「私の夫も吟遊詩人だけど、ジャックとは違うわね。」


「君は吟遊詩人の男性と結ばれているんだね。どうりで、澄んだ瞳をしてる。」


「まぁ、お上手ね。でも、私は人妻なのよ?」


「…謝るよ。思ったままを口にする性分なんだ。」




 夫と目の前の彼を比較してみると、彼女には両者が対照的に感じられた。


 夫であるマディの言葉には、いつもほんの少し誇張があることを知っていた。


 彼女自身、そんな彼のユーモラスな部分に惹かれ、結ばれたのである。 




 それに対し、ジャックに誇張の兆しは見られなかった。


 嘘を言っている様子は一切ないが、甘美な言葉を自然に使う。


 エバは、夫のユニークさも、彼の素直さも好んだ。




「そうだ、さっきの踊り…とても美しかったよ。だけど、何度も練習したんだろう?」




 ジャックは広場での踊りについて触れる。


 その完成度を賞賛しつつも、裏に存在するであろうエバの努力に目を向けた。




「練習…確かに、何度も踊っているわ。だけど、ただ楽しかっただけよ。」




 ジャックの予想に反し、エバは辛苦の片鱗を少しも見せなかった。


 彼は初めて、子供らしく笑った。




「ははっ、凄い!君は天使だね、エバ。それは誰にでもできる答えじゃないんだ。」


「あら、そう?よく分からないけれど、本当のことよ。マディだってそうだわ。」


「それも才能さ。僕には出来ない。」




 無邪気な笑顔の後、おもむろに哀しそうな表情を見せるジャック。


 魔性の面相に、エバは傾倒こそしないものの、少しだけ危険を感じた。




「ジャックは楽しくないの?」


「…そうだね。楽しいという気持ちは…ない。」


「ジャック…」




 エバには、先ほど見た彼の勇敢な覚悟が、今度は破滅に向かう光に感じられた。


 彼は、辛いままに詩を作ってきたのだ。


 少女だけに気持ちが届くよう、様々なことを切り捨ててきたのが伺えた。


 不憫に思い、放っておけなかったエバは、彼に芸術の楽しさを知ってもらおうとする。




「ねぇ、ジャック。2日後にマディの主催するパーティがあるんだけど…そこで詩を歌わない?」


「パーティ?すまない、僕が行くのは…」


「いいえ、来て。どうしても。」


「エバ…僕は…」




 彼女の強い瞳の輝きに照らされ、気乗りはしなかったが、彼は答えた。




「ははは、分かったよ。是非、出席させてくれ。」




 困ったように笑うジャックを見て、エバもただ楽しそうに笑った。

続きも頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ