謎めく輪郭
ケイって悪いやつだなー
ケイは密人…犯罪に手を出した者である。
冒険者であるが、裏の家業に手を出していることを隠すため、パーティは組んでいない。
彼女は自らの裏の顔を見せぬため、表ではただの冴えない冒険者として過ごしていた。
今日は街のカフェで取引があり、彼女はある魔道具を受け取るためにそこに居た。
「コーヒー一つお願いします。」
「かしこまりました。」
彼女は近くの店員を呼び止め、コーヒーを注文した。
そうして、何食わぬ顔で窓の景色を眺めつつ、取引相手の到着を待つ。
そんなケイの耳に、隣の席から少女二人の声が入ってきた。
「ぷぷぷ、ヘレナは素直じゃないです。あんなに顔赤くしてたのに、今更なにを…」
「もう、ミーちゃんっ!からかわないでください!」
二人の会話を聞いていると、彼女はとても切なくなる。
彼女も昔は、冒険者に無邪気に憧れていたのだ。
仲間とあんな風に会話をしてみたいと、想像したこともある。
しかし、真っ当な道を外れた今、自分にそんな眩しい道は残されていないと知っていた。
「ヘレナのこと、ミーちゃんは応援してます。頑張りましょう。」
「…だから、私は…」
「ヘレナ、あーんしてください。」
「え?…あ、あーん…はむっ!」
ヘレナと呼ばれた少女が口を開くと、ミーちゃんと呼ばれた少女が、そこに自分のケーキを入れた。
それを見た時、ケイは少しドキッとしてしまう。
(あんな大胆なスキンシップがあるんだ…良いな…)
勝手に頬を染めて、ケイは憧れるようにミーちゃんを眺めた。
ヘレナは口の中のケーキを食べ終えると、照れたように言った。
「ミーちゃん…ちょっと、いきなり過ぎます。ビックリしましたよ?」
「美味しかった顔してますよ。」
「すごく美味しかったです、ありがとね…って、もう!ミーちゃんは私をからかってばかり!」
「どういたしましてなのです。」
ケイはとても羨ましそうな顔で、幸せそうに笑う二人の顔を見る。
たかが隣の席に広がっているのは、彼女が少女の頃に思い描いた光景そのものであった。
取引相手のことを忘れ、彼女は心惹かれるまま、憧れの景色に見とれた。
しかし、彼女は思いがけない人物の名が少女の口から放たれたのを聞いた。
「何回も言いますけど、私はミーちゃんの思うような気持ちを、センさんに抱いてるんじゃありませんからねっ。」
セン。
それは冒険者として唯一、ケイの素性を知る剣士の青年の名であった。
そして、ケイを誰よりも心配している優しい人でもあった。
彼女はセンの名を聞き、先程までとは違う心持ちで、二人の会話に耳を傾け始める。
ヘレナはケイの存在も知らず、少し怒ったような顔でミーちゃんに言った。
「だから、おかしな勘違いしないでください。ただ、パーティリーダーとしてステキな人だなって…」
「そんなの嘘に決まってます。憧れと恋は別の感情です。」
「嘘じゃないですってば!別です、これは!憧れの方です!」
「センはそんなに遠い所に居る人じゃないです。それに、ヘレナにはもう他に憧れてる人がいます。」
どうやら彼女たちは、センの率いるパーティに所属している冒険者のようだ。
ケイは偶然にも、このカフェで彼の知り合いに出会ったのだ。
彼女は少し怖くなっていた。
(センは、こんなに綺麗な世界に生きているのに…なぜ私に会いに来るのだろう。)
純真に見える少女から、憧れとして見られている彼。
ケイにとっては遠い存在に変わりのない彼。
センの話を聞き、センの日常の断片を知るたび、ケイは彼の気持ちが分からなくなった。
(なんの理由もなく、センが私に会いに来るかな。こんなに素敵な子達が周りにいるのに…なぜ、私に構うの?)
彼女の心は喜怒哀楽を巡り巡って、やがて一つの悲しみに染まり、新たに疑いの芽を生んだ。
とはいえ、ケイはそれをふと自覚し、すぐに摘み取ろうとする。
しかし、一度芽吹いた悪は簡単には排除できなかった。
次第にケイは、少女達の会話を聞くことができない精神状態に陥った。
それによってか、奇しくも目的を思い出し、コーヒーに視線を落とす。
思い出したように、それを口へと運んだ。
しかし、カップの中を揺蕩う黒い液体は、もうすっかり冷めてしまって、とても飲み干せるものではなかった。
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