ミッション
インポッシブル?
占星師のケビンは、ギルド『ウォールスター』のリーダーであり、冒険者ギルドの創設者である。
冒険者と呼ばれる者達を先導する、偉大な男である。
「ふぅ…書類の整理が追い付かんな。」
「大丈夫かい、ケビン?休んでも…」
「いや、アバトライトだけに事務をやらせるわけにはいかん。俺が作った組織の仕事だ、処理する義務がある。」
ケビンは責任感の強い男である。
それ故に、中途で仕事を休むことを好まぬ嫌いがあった。
『ウォールスター』のメンバーであるアバトライトは、そんな彼の性格を少しばかり心配していた。
「ふ、たまには頼ってくれたって良いだろう。私ももう、ほとんどの事務は慣れたものだ。」
「油断するな、そういう気の緩みがミスを生むぞ。」
「いや、そういう話ではなくて…」
仕事人間のケビンには、何を言っても無駄だと思ったアバトライト。
溜め息をつき、呆れたように笑うと、彼は黙ってデスクワークに戻るのであった。
すると、ケビンは思い出したように言った。
「そういえば、ジャックはファンが増えたのだろうか…なにか聞いてるか?アバトライト。」
「いや、なにも。彼は話したがらないからね。」
「そうか。相変わらずプライドが高いんだな。」
「詩人は得てして繊細なものだよ。その分、語る詩に力が宿るのさ。」
ジャックは吟遊詩人の男で、二人と同じく『ウォールスター』のメンバーだ。
本来なら彼も冒険者ギルドの雑事を手伝うのが自然だが、自由を尊ぶ彼は忙殺されることを嫌った。
それ故に、彼は一人で街に繰り出し、詩を歌っているのだ。
ちなみに、彼についているファンはベリーという少女のみである。
二人がそんな会話をゆるゆると繋げていると、彼らの居る事務室の扉が開く。
入ってきたのは、テレサという女剣士。
彼女も『ウォールスター』のメンバーであり、ケビンの愛人などとあらぬ噂をされる人だ。
「ケビンさん、来てください。厄介な人が来てまして…」
「ああ、今行く。ちょっと離れるぞ、アバトライト。」
「いや、気にしなくていいよ。」
ケビンが彼女の後を着いていくと、彼女の言った通りの人物が暴れていた。
「いいから、この冒険者ギルドで一番重要なミッションを俺にやらせろ!!」
その男の名はトーマス。
クラスはアーチャーの冒険者だが、どのパーティに参入してもトラブルを起こし、すぐに離脱させられる男だ。
いつもは酒場で飲んだくれているが、今回はなぜか冒険者ギルドで暴れていた。
周りの迷惑も考えずに喚く彼に、ケビンは物怖じすることもなく声をかける。
「君、冒険者ギルドにどんな用だ?話は聞くが、まずは落ち着いてもらおう。」
「おお!?あんた、ケビンだな!!ウォールスターのリーダー!!」
「そうだ。暴れるのを止めないなら、俺の手で鎮静させることになるぞ。」
「へっ、なーに暴れちゃいねぇさ。俺も話を聞いてもらえんなら、良い子に座るぜ!」
「…そうか、ならいいが。」
そうして、トーマスとケビンはテーブルへ腰かけた。
トーマスはケビンの隣にいたテレサに、横柄な態度で注文を告げる。
「姉ちゃん、オーダーだ!ビール一丁!」
「…はぁ?あんた何様よ。」
「もういい、下がっておけ。」
「あ、ケビンさん…すみません、失礼します。」
場を弁えず、礼儀のない態度を表したトーマスに、彼女は腹を立てる。
しかし、ケビンはすぐにそれを諌めた。
ケビンの言葉に素直に従い、テレサは奥に引っ込む。
「悪いがここには酒はない。」
「ああ?…ああ、そうか!ここは酒場じゃねえ!いやーわりぃな、いつもの癖だ!」
「…茶なら出すが、君はそれを望んでいるのではないだろうな。」
「おうよ、さすがの俺様も茶じゃ酔えねぇぜ?」
周りから厳しい視線を向けられる男に、ケビンは冷静に対応する。
ケビンの見立てでは、トーマスはそれ程悪い人間ではない。
素行は褒められたものではないが、根は陽気な男だと感じていた。
「でよ、俺がここに来た理由だが、冒険者ギルドってのは度々、ミッションを発令してるらしいな?」
「ああ。すべてに優先すべき危機的な事態が起こった時、我々は冒険者に協力を求める。それがミッションだ。」
例えば街に武力集団などが現れた際、民だけで対処するのは現実的ではない。
ミッションとは、そういう場合に力を持つ冒険者に向けて発令する、指令に近いものだ。
もちろん冒険者にも拒否権はあるが、ほとんどの冒険者はギルドに色々と世話になっているため、半ば強制である。
「そのミッションってのはよ、完遂すりゃ知名度がめちゃくちゃ上がるらしいじゃねーか!」
「そういう側面はあるな。国民の危機的状況を救えば、必然的に名声を得るだろう。」
「おう、だからよ!俺にそのミッションをやらせてくれ!いいか、一番難易度の高いヤツだぞ!?」
「…なるほど。」
普通、トーマスのように実績もない者には、ミッションというのは回ってこない。
ギルド側から見て信頼できる冒険者に協力を要請するのが通常なのだが、トーマスにはそういうことが分かっていない。
しかし、ケビンは逡巡の後、驚くべきことにこう言った。
「いいだろう、君にミッションを与える。」
「さっすがケビンさんだっ、話が分かるじゃねーかぁ!」
「この依頼書を持ち、受付で手続きを済ませてくるといい。頑張れよ。」
「おう!このトーマス様が失敗するはずがねぇさ!」
そう言って、トーマスは受付へ走っていった(走るほど遠い距離ではないが)。
ケビンはそれを横目で確認すると、事務室へと戻るのであった。
「星は言った…あの男が、いずれなにか大きな偉業を成すと。」
戻り際に、誰にともなくそう呟いて。
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