日常的に戦いたい!
戦闘狂ですね。
街の公園で、少年と少女はベンチに座り歓談している。
しかし、少年はいきなり立ち上がると、大きな声で宣言した。
「ライリー!俺はセンに挑むことにした!」
「またか貴様…少しは身の程を弁えろ。」
「今度は絶対に勝つぜ!!」
「また」とか「今度は」とか言っている通り、一度目ではない。
魔導士の少年・ニックは、パーティリーダーのセンに何度も挑み、敗北している。
しかし、彼は挫けなかった。
むしろ負けるたびに、より闘志を燃やす戦闘マンであった。
「見とけよライリー!絶対に勝って、俺がリーダーになる!」
「貴様が統率者になったら、我は組織から抜けるぞ。」
ライリーは冷めた視線をニックに送りつつ、そう言った。
ニックはそれを気にしていない様子で、変わらず闘志を燃やすのであった。
――そんなわけで、彼はセンに挑み、あっさり負けた。
「僕の剣捌きを対策してはいたが…君の攻撃がちゃんと当たっていないよ、ニック。」
「あ、ああ…そうみてぇだなっ!身体がいてーぜ!!」
「無理な動きをしたんだろう。今日は安静にするんだな。」
噴水広場での二人の戦闘は、もはや恒例行事となっていた。
街の人々は観客となり、二人の勝負を娯楽としていた。
勝手にチケットを配り、どちらが勝つかを予想させるものも居た…が、ニックが勝たないので、今はそれも廃れた。
「だから予言してやったのだ、貴様は勝てないと。」
「ライリー…へへ、次は絶対に勝つ。」
「懲りない男だな、貴様も。」
ライリーはニックの手を引き、彼の身体を起こしてやった。
ニックは「サンキュ!」と軽く礼をすると、怪我をしているにも関わらず、魔法の修練を始めた。
得意な炎魔法を体に纏わせると、彼は遠い坂を目指して走り始めるのであった。
「…ニック、オーバーワークで倒れなければいいが。」
全然安静にしてくれなかったニックに、センは心配そうに呟いた。
「セン、心配するな。あいつは容易く死神に誘われるような、脆い人間ではない。」
「ライリー…はは、それもそうだ。」
ライリーの冗談交じりの発言に、センは軽く笑った。
――ニックはどんどん坂を登った。
国で一番長いとされる坂を、全速力で。
そして…ぶっ倒れた。
「はっ…はっ…!ぜぇ…!」
まったくペースを考えなかったのだ。
それが災いして、ニックは過呼吸に陥った。
しばらくすると息は落ち着いたが、今度は体の痛みが増し始めた。
「うおぉ、いってぇぇぇ!」
彼は坂の途中でミミズの様にのたうち回り、しきりに呻いていた。
そんな彼を道行く人々は不気味がり、避けて歩くのであった。
しかし、世間には優しい人もいるもので、一人の少女が立ち止まった。
「………」
彼女は口を開かず、何の合図もなしにニックへ回復魔法をかける。
ニックは痛みがすぅと引いていく感覚に、安心感を覚えた。
やがて、ニックが呻き声をあげなくなった頃、少女は魔法を中断した。
「………」
「ん、終わったのか?おお!全然痛くねーぜ!あんがとな!」
「………」
彼女は喋らないまま、ニックのお礼に微笑みを返した。
ニックはなにかお礼をするべきだと考え、自らの服のポケットから適当なものを探す。
しかし、お返しとして妥当なものは見つからなかった。
「…あれ?っかしーなぁ、なんか良いアイテムがあったような…」
「………」
なにかを探すニックの姿を不思議そうに少女が観察していると、少女の後方から男の声がした。
「おーい、シェヴィ!勝手に離れたらダメだろ!」
少しして、少女の隣には武闘家の男が現れた。
彼はウェドという名で、少女の相棒だ。
少女の名は先程ウェドに呼ばれた通り、シェヴィである。
「ん?なんだ、お前。シェヴィの知り合いか?」
「………」
「え、今なんて?」
ニックを見るなり、ウェドは訝し気な目線を彼に送った。
しかし、その注意力はすぐにシェヴィの小さな声に吸収されるのであった。
「俺か?俺はニックだ!世界最強の魔導士だ!」
「あ?あぁ、そうか。で、シェヴィはなんて言った?」
「………」
「だからなぁ、むくれても分かんねーもんは…」
ウェドは完全にシェヴィに集中しており、既にニックへの関心は無かった。
それでもニックは、そんなぞんざいな扱いに怒る狭量な少年ではない。
彼は笑いながらシェヴィに向けて言った。
「シェヴィ!怪我を治してくれた礼に、俺が勝負してやるぜ!」
ニックにとって、労力に報いる最大の報酬とは、即ち強き者との戦闘であった。
彼は生粋のバトルマニアなのだ。
いきなりのニックの発言に、シェヴィは思わず飛び退く。
「………」
「ニック、とか言ったな?てめぇ…うちの相棒に手ぇ出すつもりか?」
「手を使わずに戦えってんなら、俺はそれでもいいぜ!」
「上等だぜ、コラ…表出ろや!」
「………」
突然の危険な展開に、慌てて仲裁に入ったシェヴィ。
しかし、ヒートアップしている二人に小さな声は届かない。
なぜかシェヴィではなくウェドと戦う気のニックは、勇ましい顔で炎を展開した。
「………」
必死に声を張り上げるが、彼女の声は誰にも届かない。
相棒のウェドも、こうなっては言う事を聞いてくれない。
少女が困り果てていると、一人の男が声をかけてきた。
「これは見過ごせないな。君、下がっていなさい。」
「………」
彼の顔を見て、シェヴィは驚いた。
なぜなら彼は、他でもないあの有名な冒険者、アバトライトだ。
聖騎士として街を見回っているのは彼女も知っていたが、こんな場所で会うとは思っていなかった。
「容赦しねぇぞ、火事人間!!」
「行くぜ、ウェド!!」
アバトライトの登場と同時に、勝負の火蓋は切って落とされた。
ウェドはニックの顔面を狙い、神速のナックルを繰り出した。
その一撃が、まさにニックに直撃しようとした瞬間…!
「そこまでだ。」
「「!?」」
ウェドの腕を大きな盾で横から弾き、二人の間に割って入ったアバトライト。
急な乱入者に驚愕する二人を、彼は険しい目で順に睨んだ。
「街の中での戦闘行為は禁じられている。それは分かっているだろう?」
「うっ…!」
その言葉に、ウェドは狼狽した。
しかし、ニックはなにも分かっていないような顔であった。
そもそもこの少年は、センとの戦闘を勝手に行っているのだ。
毎回、センが許可を取っていることも知らずに。
「まぁ、知っているかどうかは問題ではない。一度、冒険者ギルドへ来てもらうよ。」
「うえぇ、マジかよ…!くそっ!」
「おい、邪魔するなよ!俺とウェドの戦いなんだぜ!?」
――そんな感じで、ニックとウェドはギルドでこってり絞られた。
一応両者の思い違いだったということで、冒険者資格を取り上げられないで済みはしたが、長時間の束縛は彼らには重い罰であった。
「………」
「すまん…!シェヴィ、なんて言った!?」
ウェドは、いきなり勘違いしたのをシェヴィにも怒られた。
が、説教は大半聞き取れず、余計にシェヴィを不機嫌にさせたのであった。
一方のニックといえば…
「ライリー…俺、センと街中で戦うのはやめるぜ。」
「!?貴様、なにがあったのだ…?」
急な心変わりで、ライリーを仰天させていた。
ニックは冒険者ギルドが苦手になった。
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