概念ゴースト
ちょっとなに言ってるか分からない。
「はぁ…デミオと結婚したいなぁ…」
街のカフェで、狙撃手の女性・イーゼルはぽつりと呟いた。
カップの中にシュガーを多めに注ぎつつ、街を眺めて黄昏る。
「もし、そこのお嬢さん?君は結婚願望があるようだ!私が相談に乗ろうじゃないか。」
そんな彼女の目の前にある椅子に、一人の少女がおもむろに座り、声をかけてくる。
イーゼルはいきなり現れた少女に困惑して言った。
「…え、なに?誰?」
「私は『リワインド』というパーティのリーダーをやっている、治療術師のキョウガだ。よろしくね。」
「あ、よろしく…って、ならないわよ。結局誰か分からないじゃない!」
「おや、今の自己紹介じゃあ不足かい?なら…性別は女、趣味は特にないが…最近の関心毎は人間心理の変遷かな?君に話しかけたのも、君の心境の揺らぎを接近して観測しようと試みたまでさ。」
「え、あ、そう?なんだ…」
キョウガと名乗る少女は、イーゼルのペースなどお構いなく言葉を発する。
あまりに淀みなく喋るので、イーゼルは彼女の言ったことを理解するので精一杯で、言葉を返せなかった。
「ともかく、まずは結婚しない理由から聴かせてもらいたい。結ばれるに際し、どんな障害がある?」
ともかく、少女はイーゼルが結婚をしない理由について興味があるのだと言った。
それならばと、彼女は少女に半分くらい相談するつもりで、事情を話すことにする。
「しないというか、出来ないのよ…うちのパーティは皆、結婚したがってるから…一人だけ抜け駆けになるじゃない?」
「ふむ。例えば、眼を瞑ってみるといい。そして、この街にのさばる概念などというゴーストから、自我を独立させてみよう。」
脈絡もない突然の提案にイーゼルは驚くが、キョウガのペースに呑まれた彼女は素直に従った。
しかし、目を閉じてみたところでなにが起こるわけでもない。
行為の意味が理解できないので、彼女は数秒で疑問を口にする。
「…なにこれ?」
「当然の反応だ。なにせ君は無知なのだから、縛られぬ状態に価値を見出すことなどできないだろう。」
「いや、言ってる事がよく分からないし…もう開けていいでしょ?」
「ああ、開けるといいさ。私も君と同じく、瞼の裏というのは実に退屈だと思うよ。ま、実際は状況を仮想しやすくするために閉じただけなのだから、自意識に劇的な発見の余地もない。」
「…そう、なんだか頭が痛くなってきたわ。」
洪水のように押し寄せる少女の難解な一言一言に、イーゼルは眩暈を覚えた。
彼女が混乱しているうちに、キョウガは突然椅子から立った。
「では、そろそろお暇する。私を待っている者達がいるからね。」
「え?も、もう行くの?」
「ああ。ではね!」
イーゼルの手には負えない会話を身勝手に終わらせ、少女はどこかへ歩いて行った。
それを見送りながら、イーゼルは彼女の言葉を断片的に思い出しつつ、ひとつ呟く。
「…キョウガ、だっけ?変な子…」
最初から最後まで、まともな会話になった瞬間はないが、イーゼルはキョウガのことを強く記憶した。
気付くと彼女の憂鬱は吹き飛んでいた。
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