愉快なフレイズ王国
さあ、みんなもおいでよ!
呪術師フレイズは、ベリーの身体を手放した後、魔導師のリザへと憑依する。
彼の冒涜的な振る舞いに、アーサーは憤慨した。
「お前…………!!」
「斬りたきゃ斬れよぅ、アーサー。別に死なんけどぉ」
リザを肉体として扱っているフレイズは、彼女の死とは関係がない。
肉体が滅んだのであれば、呪術によって精神を切り離し、別の人間の身体を乗っ取れば良いのである。
「ほらぁ、なにやってんの? 助けるんじゃないの? 助けてよ、アーサー……私、乗っ取られてるんだよ?」
「う、うるさいっ! うるさぁいっ!!」
「動揺してるねぇ、アーサー……頼りない――っっとぉおお!?」
フレイズがアーサーを煽っていると、横から別の人物が攻撃を仕掛けて来る。
治療術師のキョウガは精神干渉の魔法を駆使し、彼へと斬り込んだ。
間一髪で避けた呪術師は、冷や汗をかきながら笑う。
「なにすんのさ、キョウガちゃーん……」
「刺す」
「またそれかぁ」
キョウガの殺意は並々ならぬものであった。
許す気はカケラも無い。大悪人に対する最も合理的な報いは、生存の否定。
本気で殺そうとしている彼女に、もはや治療術師らしい面影はなかった。
とはいえ、回復魔法の剣は一度見せた攻撃であり、フレイズの警戒も引きあがっている。
掠ったら終わりということを知られているがゆえ、容易に攻撃は当たりそうもなかった。
「そういやぁ、この子って魔導師だもんなぁ」
危ない剣に対抗して、彼も攻撃態勢に入る。
今まで入っていたベリーの身体では、魔法が安定しないために、反撃は不可能だった。
だが、リザは違う。彼女は優秀な魔導師である。
「月に帰ってオシオキよっ! キラッ☆」
おかしな身振りの後、風・炎魔法による熱風を起こす。
それはアーサーたちを含め、ギルドで困惑していた人々さえも強襲した。
「ぐぅっ」
「属性複合じゃん……やば」
顔を守りつつ、ウィンドの前へ出るシャルロット。
威力の高い熱風に対し、彼女は純粋な風魔法を使用して押返す。
杖の先から吹いた大きな風が、襲い来る熱を跡形もなく消し去った。
「「「マドウシのおねーさん、ありがとー!」」」
「にしし、どーいたしまして」
ファニー・ベリー・テリ達から感謝されて、ピースを返す彼女であった。
「……あーあ、無理か」
攻撃を無効化され、フレイズは状況的不利を覆せないことを悟った。
だが、彼には秘策があった。
「げへへ、ところでキョウガちゃあん?」
「ほざけ!」
「聞いてよォォぉ……再現人格ってのは、量産できないと思ってる??」
「……!!」
彼の言葉を聞いて、キョウガは咄嗟に周りへ眼を向ける。
少女は勘付いたのである。相手の狙いに。
「諸君、気を付けたまえ!! 憑依は人数を限らず、無差別に行われる可能性があるッ!!」
『『『なっ、なんだってぇぇ!?』』』
ギルドに居る不特定多数の人間が、同時にそう叫んだ。
彼女の考察は当たっていた。フレイズは作戦のため、時間稼ぎをしていたのである。
――再現人格の生成はそもそも、ダンジョンに記録した人格データに基づいて行われている。
これを利用すれば、一度消滅した人格であっても、実質的に再生することが可能だ。
だが、メリットはそれだけではない。“生成する”ということはつまり、大量に生産することが可能だということだ。
フレイズの得意技は憑依であり、確かにこれは強力且つ無慈悲な技である。
しかし、フレイズが一人しか居ないのであれば、憑依できる人物も当然ながら一人。
脅威ではあるが、キョウガのような対抗策を持ってすれば、まだ対処が可能な範疇だ。
そう……無差別に広まらないために、範疇を越えないのである。
憑依された人物は身体のコントロールを失い、人格を乗っ取られてしまう。
それはつまり、その人間を憑依者が完全に支配したということだ。
あまりにも理不尽で、絶対的な服従を余儀なくされる。
「長かったなぁ、ここまで……実はオジサン、昔からハーレム計画とか考えてて……」
勝利したことを確信して、フレイズはしみじみと夢を語り始めた。
だが、阿鼻叫喚の中では誰も聞いていない。
皆、自分の身を無意味に抱えたり、他人の人間性を安易に確かめたり、身体をつついたり……混乱による徒労を繰り返した。
「この……!」
キョウガは躍起になって、周りの人々へひたすら回復魔法をかけた。
少しでも抵抗力を与えようと、誰に降りかかるか分からない脅威に抵抗する。
しかし、ただの回復では効き目が薄い……否、ほとんどないことも承知の上だ。
目的を予防から撃滅に変更し、今度は詠唱によって光のレーザーを射出してみる。
が、不特定多数の呪術の気配から、曖昧な軌道を割り出すことなどできない。
無差別に乱射することしかできず、やはり意味があるようには思えなかった。
そもそも、こんな対応で間に合ったとしても、元凶を潰さなければ意味がないのだ。
いずれ少女の魔力は尽きるが、フレイズの再現人格は無尽蔵に生成されるだろう。
大元を叩かなければ、解決しないのは明白だった。
その大元はダンジョンにあると、そこまでは分かっている。
けれど、どこに存在するダンジョンかさえ知らない。
そもそも、今から全力で呪術を破壊しにいったところで、その頃にはフレイズの支配が完了してしまっているのではないか?
(……もはや、ここまでなのか?)
キョウガの心の中に、絶望の未来がはっきりと姿を現す。
どんな策も為す術なく、考えられる限り最悪な状況であると言えた。
この世界は忌まわしき呪術師に支配され、深い暗闇によって沈没する……そんな破滅的結論が、当然の答えになってしまった。
荒れ狂う人々を眺め、頬に大きな汗を伝わせる彼女は、無念にも立ち尽くした。
「――キョウガ」
すると、聞きなれた声が耳を撫でる。
魔法剣士・ウィンド。キョウガと共に、記憶を求めた仲間。
彼は柔らかに笑って、優し気な声で言った。
「どうやら、フレイズは量産されてねぇらしいぜ」
「……は?」
彼にそう言われて、キョウガはサッと辺りへ眼を向ける。
確かに、皆して戸惑ってはいるものの、別に憑依されている様子はない。
フレイズが勝ち確自分語りを始めてから、まあまあ時間が経っているにも関わらず。
「だからねぇ、オジサンこう言ってやったんだ。『フトンが吹っ飛ぶワケないだろ、バーーーーカ!!!』ってね」
「…………」
未だに夢心地のフレイズは気付いていないようだが、彼は全然、勝てていない。
むしろ夢心地であるがゆえに、隙を晒しまくっている。
「チャンスだぞ、間違いない」
「全くもって阿呆らしい。ヤツも、私もだ」
流れに飲まれ、冷静な判断ができなかった自分を恥じるキョウガ。
それはともかく、彼女は手に握った剣を大きく振った。
「というわけで、フレイズ王国を作ろうとおもったんだょぎゅゃあああああああああ」
醜い断末魔を上げ、悪は完全に消滅した。
リザの身体は力を失くして、フッと地面に倒れこんでいく。
すぐに反応したアーサーが、そんな彼女の身体をばっちり支えた。
「良かった……っ、リザ……! 君が無事で……!」
「……んっ……?」
アーサーは涙ぐみながら、少女の顔を覗き込む。
ゆっくりと眼を開いた彼女は、少年の表情を視界に捉えて、死ぬほど驚いた。
「――な、な、な、な?」
アーサーが自分のために泣いてくれていることも、アーサーに抱きかかえられていることも、なにもかも言葉にならず。
解放された少女は、口を開けて顔を真っ赤にし、杖を握りしめて硬直するのであった。
フレイズ王国は解散しました。