ミッション・その2
冒険者ギルドにて、フレイズとの戦闘が行われる、その少し前。
酔いどれアーチャーことトーマスは、あるダンジョンに訪れていた。
自ら引き受けたミッションをこなすために。
ここに来る前、改めてミッションの内容を聞いておいた。
それによると、こういうことらしい。
受付嬢テレサの言葉……
『ケビンさんの占星術によると、どうやらこのダンジョンが厄災を齎すとのことです。その原因を調査し、可能なら排除してください』
『おう! 俺に任せとけぇ!』と勇んでやって来たは良いものの、攻略の見込みはとんとない。
原因不明の災厄とか言われても、なんのことやら分からなかった。
「原因くらい調べとけっての、ケビンよぉ」
トーマスはわりと考えなしで無鉄砲だが、ダンジョンを単独で攻略できないことくらいは分かっている。
したがって、何人かの仲間を集める必要があった。
そのために、持ち前の考えなしと無鉄砲を発揮し、道行く人々に適当に声を掛けたのだ。
結果は惨敗。誰も着いてこなかった。
いきなり声を掛けられて、「わーい」と無邪気に着いてくる人はいないのである。
「いや、誰だよお前」とか思われるのが関の山である。
「よっしゃ、まあクヨクヨしたって仕方ねぇさ! 俺ァ、ビッグになる!」
彼は一人でダンジョンを攻略することになったが、そんな絶望的状況にもへこたれない。
楽天的な性格もあるが、図太い精神とタフなハートを持っているのだ。
無敵な夢想家の歩みを止めることは、何人といえども不可能な所業である。
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かくして覗いたダンジョンは、一面が毒に侵された樹海であった。
樹は紫の葉を枯らし、毒素を吹き出す花が呼吸し、小さな窪地の沼にもやはり毒が蔓延している。
瘴気に冒された空気は、植物はおろか、人間が吸い込める性質のものではない。
よって、ここを訪れたアーチャーにも、当然ながら予防策が必要であった。
魔道具でガスを除去するだの、あらかじめ毒耐性を付けておくだの、エレメントの反転化だの。
だのだの……諸々。やれやれ、彼はしかし、なにも準備していないではないか。
「うぃ~……んだぁ、このダンジョン……なんか酔うなァ」
早速、毒素によって朦朧とする意識。彼はそれを“酔い”だと自覚した。
アルコールの海に遭難した気分で、よろよろと歩を進める。
死に至る可能性もあるというのに、それを理解していない始末だった。
だがしかし、彼には幸運にも救いがあった。
その泳ぐ目線が、ダンジョンに群生している薬草を発見したのである。
見たところ、それは毒消し草らしい。供給すれば、一時的な抵抗にはなる。
有害な物質を吸い込んだのに、その作用をアルコールによるものと勘違いしているアーチャー。
しかし、それにも関わらず、彼は毒消し草を口に放り込んだ(普通は煎じたりする)。
実のところ、毒消し草は酔い止めの効果もあるので、原因を誤解していようが関係ないのである。
「よしっ、さっすが草だ! 俺の相棒!」
なにはともあれ、一時的に元気になった彼は、再び歩き出す。
倒木を伝って沼地を抜け、毒塗れの草花を踏み倒して行く。
意外にも、彼の攻略は順調に進んだ。
だがしかし、ダンジョンには当然ながら魔物が出る。
一応、このダンジョンは高難易度指定を受けている。したがって、現れる魔物も一筋縄ではいかない。
「ぴょんす!」
草葉を掻き分けて現れたのは、紫の体毛を持つウサギ。
身体は小さく、脅威になりそうな特徴は何一つない魔物であった。
「おう? えれェ小さいな、おめぇさん」
「ぴょんす!」
「あ?」
トーマスがウサギの顔を覗き込むと、なんと毒の息を吹き出してきたではないか!
突然の出来事に、さすがの酔いどれも思わず咽る。
「げほっ、おえぇっ!? なにしやがんでェ!!」
「ぴょぴょん?」
可愛い顔をしておきながら、この魔物は恐ろしい生物なのである。
さすが毒の充満した世界に棲息しているだけあって、毒がへっちゃらなのは言うまでもない。
それと同時に、毒を操れることも想定内である。想定内だが、それがとても危険なのだ。
モロに一発喰らってしまったトーマス。なにもしないで帰すわけにはいかない。
彼は震える手で弓を構え、ギリギリと精密に矢を引いた。
「お返しだ、ウサ公……!」
照準を合わせ、彼がパッと手を離すと、鏃は遥かに飛んでいく。
遥かに位置するほど、ウサギとトーマスの距離は離れていない。
――要するに、鏃はあらぬ方向へ飛んでいったのである。
アーチャーのトーマスは、ノーコンであった。
その上、またも意識が朦朧としていたため、的がハッキリしていなかった。
外すのは必然であったと言える。
矢はどこか、紫に枯れ果てた木々の隙間を縫って、姿をくらましてしまう。
そんなことはお構いなく、幾つか取っておいた毒消し草を再び頬張るトーマス。
バリバリバリ……とんでもない音を立てて、それを完食した。
「頼りになるぜい、相棒!」
相棒の活躍にご満悦の様子で、彼はまた弓を構えた。
今度こそウサギを射殺す算段だ。
……と、思いきや、ウサギはもうどこにも居ない。
「お?」
彼は辺りを見渡して、的の所在を確認しようとした。
しかし、どこにも姿が見当たらない。逃げられたらしかった。
一発やられ、そのまま仕返しもできずに終わりである。
そのせいで、トーマスは機嫌を損ねた。
「クソ、今日はもう気分が乗らねェ! 帰るッ!」
『いや、ミッションは?』
そう言ってくれる人物は、彼の傍にいない。
足掻いた結果、単独で来ざるを得なかったので、仕方ないのだが。
それにしても、途中でミッションを放棄してはいけないのでは?
否、関係ない。彼にとって重要なのは使命ではなく、自らの気分であるからして。
「次会ったら、あのウサ公を喰ってやるぜ……!」
そう腹に決意を固めて、トーマスはダンジョンを去っていくのだった。
ちなみに、毒を吐くウサギの肉が人間に喰えるかは怪しいところだ。
鮮度自体は死んでいないので、調理を工夫すれば喰えるだろう。しなければ多分、お陀仏。
――ところで、彼が明後日の方向へ放った矢は、その後どうなったのだろうか。
叙述のイカサマを駆使し、鏃の行方を追ってみよう。
するとそれは、ぶっ刺さっていた。
蜘蛛の巣のように張り巡らされた、大いなる呪術式の一部に、ぶっ刺さっていた。
そうして、大がかりな呪術式は効果を失くしたのである。
これこそ厄災の原因。ミッションは無事に完遂された。
立派に仕事をやり遂げた、無自覚な英雄・トーマスであった。