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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
168/171

玩具

 呪術師フレイズは復活を遂げて、少女ベリーから身体のコントロールを奪った。


 彼が復活することは、あり得ないはずのことだったが……




「人格の再現って知ってるぅ?」


「再現だと……貴様はオリジナルのフレイズではないと?」


「コピーだろうとなんだろうと、ワ・タ・シはワ・タ・シ」




 彼の本当の人格は、ベリーに完全に統合されており、もはや表出することはない。


 今、ベリーを操っているのは再現人格である。オリジナルではなかった。




「ファニーたぁん、かわいーおっ、ぺろぺろ」


「うえぇ、だれなのっ?? ベリーをかえしてよ……」


「ワ・タ・シはベリーだよぉ? 怯えないで、痛いことなんてしないよぉ?」




 ファニーの首筋を舐めて、フレイズは恍惚を浮かべる。


 人質に取られた少女は身動きが取れず、怯えることしかできない。


 他の者たちも、人質の存在によって動けずにいた。




 安易な行動はとれなかったが、キョウガはその代わりに質問をした。




「人格の再現など聞いたこともない。クローンの類にしても、たかが偽物に能力まで与えるような魔法は知らんね……」




 彼女の鋭い目線を受けても、人格の破綻した呪術師は悪びれもしない。




「独自研究の賜物だよぉ、げへひひひっ」




 そう言って下卑た笑みを浮かべると、彼は再現の方法について語り出す。




「3つのダンジョンを柱にして、自分の存在をクローンとして残したんだ。


 呪術ってのは凄いんだよぉ……自分の人格をダンジョンに記録できるんだからねぇ!」




 ――つまりフレイズは、ダンジョンに張り巡らした呪術を基にして、自身の能力と人格をダンジョンそのものへ記録した。


 その後、オリジナルの憑依先を特定し、その人物へ改めて憑依しなおしたのである。




「ダンジョンから呪術式を取り除かないと、ワ・タ・シは死なないのぉぉっうふ、うふ」


「……厄介なことだ」




 フレイズを完全に消滅させるには、3つのダンジョンに張り巡らされた呪術の、どこか一部だけでも機能停止させなければならない。


 しかし彼とて、そう簡単に見つかるような配置にはしていない。


 すべて高難易度のダンジョンを選び、生半可な実力では踏破さえできない場所に隠していた。




「せっかくウィンドくんが助かったのに、かわいそうなキョウガちゃんだなぁ」


「……フレイズ。お前、なんでこんなことをする?」




 完全に記憶を取り戻したウィンドは、フレイズを睨んだ。


 過去にこの男を密人みそかびととして捕え、その代償に記憶を消されたウィンド。


 これ以上、被害者を増やすべきではない。彼はそう考えて、改心の余地もない呪術師を見る。




「なんで? あァん、そうだなぁ」




 フレイズはわざとらしく首を傾げて、すぐに答えた。




「楽しいから!」




 満面の歪んだ笑みで、彼はそう言い放つ。


 今もってベリーの尊厳を侵害しながら、それさえも彼の快楽であった。


 誰かを傷つけて、泣き顔や絶望を眺めることだけが、彼の生きがいなのである。


 人を玩具として扱うことこそ、最上の幸せなのだ。




 ウィンドは彼の返答を聞いて、諦めたように頷く。


 「そうか」と呟くと、背中に携帯していた剣を握って、静かに引き抜く。




「やっぱテメーは人間じゃねぇ。ただの獣だ」




 ベリーという人質がいるのにも関わらず、怒れる魔法剣士は臨戦態勢に入る。


 すると、そこに加勢するように、シャルロットが横に並んだ。




「あーしと一緒にやろ」


「シャルロット……おう、援護は任せたぜ」


「にしし」




 ウィンドが記憶を失い、ダンジョンに潜ることが少なくなってから、2人の共闘は減っていた。


 ようやく記憶を取り戻し、こうして一緒に戦えるようになって、お互いに嬉しいのである。


 いつも通りの連携態勢に移り、彼らは獣と向き合った。




「はぁ? ファニーたんが死んでもいいのぉ? え? いいのかなぁ、ワ・タ・シは別にいいけどぉ」




 もちろん、彼らが斬りかかって来るならば、フレイズはファニーを殺せばいい。


 そういう算段があるからこそ、彼は舐めた態度を取るのだった。


 そこには油断があり、隙があったのである。




「きゃあーーーっ! ベリーっ、めをさましてーーーっ!」


「おっ、ちょ、暴れんじゃねぇぇぇ」




 腕の中で突然、ファニーが暴れだした。


 ベリーの小さな腕では、同じ体格の人質を取るのが精一杯であり、それも結構ギリギリだ。


 ゆえに、急に暴れられると――離さざるを得ない。




「あっ」




 フレイズが操作するベリーの腕から、少女は脱出を果たした。


 彼の身体を突き飛ばして、ファニーはテリの元へひた走る。




「テリちゃーーん!」


「おかえり、ファニー! ケガとかない?」


「うわーん、あとでカクニンするーっ!」




 人質に逃げられたフレイズは、「ぐぬぬ」と下唇を噛みつつ




「ぶひー、とうといー」




 と漏らした。


 そして、それを意識した時、咄嗟に口を押さえる。




(えっ……いや、今のってオジサンの言葉じゃなくなぁい? でも笑い方はおじさんじゃなくなくなぁい?)




 呪術師フレイズ、百合は大好物である。


 が、眼前にそれっぽいシチュエーションが展開されても、あんな脳が溶けたような反応はしない。


 まるで幼児退行を来したような、文字にした場合にはひらがなで表現するのが適切な、そんな言い方をしてしまった。


 考えられる原因は一つである。




(やっぱり、この幼女……ベリーちゅあんは危険なロリなんだぁ……)




 なんだか分からないが、ベリーにはどうしてか呪術耐性があるらしい。


 あらかじめ予防の魔法を掛けられているかのような、強い抵抗力を有していた。




 原因は、彼女の大好きな吟遊詩人・ジャックである。


 彼の歌には身体強化などの効果が含まれており、聴く者に対して無自覚にバフをもたらす。


 そんな歌を、ほぼ毎日聴いているベリーだ。その時ずつの効果の持続は短いが、何度も聴いているために抵抗がついていた。


 フレイズの強大な呪術の力に対してさえ、その抵抗力はしっかり機能したのである。




 そんな事情は、フレイズには見当がつかなかった。


 いずれにせよ、このまま彼女の身体に居続けると、また人格消滅の憂き目に合うかもしれない。


 そうなるよりは、別の憑依先を選定すべき――彼はそう考え、周りを見渡す。


 そして、素早く候補を挙げた。




 1.ウィンドくん → 男は無理。論外。


 2.キョウガちゃん → 憑依したら、なんかカウンター喰らいそう。したいけど。


 3.シャルロット?ちゃん → 彼氏持ちは不潔。


 4.ファニーちゃん → アリ。


 5.テリちゃん → 前に堪能した。


 6.後ろの方に居る、魔法使いの女の子 → アリ。誰か知らないけど。


 7・女の子の隣にいる少年 → 男は論外。くたばれ。




 結果、選択肢としては4か6が妥当であると結論付けた。


 ついでに、なんとなく幼女から幼女に憑依するのは、ちょっと面白味に欠けるとも思った。


 諸々の思考を経て、彼が選んだのは6番の少女だ。




「ワ・タ・シは!! お前らなんかに負けないんだからねぇーえ!?」


「!!」




 瞬間、フレイズの呪術が発動したことに気付くキョウガ。


 彼女は回復魔法で創成した剣を振りかざし、呪術の流れを断ち切ろうとした。




(一体、誰に憑依する気だ!?)




 周りを見渡して、フレイズの憑依先を見極める。


 彼が男に憑依したがらないのは知っているため、女だけに限定して注意を払う。


 そうしてイチかバチか、彼女は剣を振った。




 シャルロットに憑依する場合の、必然的な魔力の軌道を一刀両断する。


 その予想は無念にも、如何なる効果をも見出すことはできなかった。


 アテが外れてしまったことは明白だ。




「ぐっ…………!!」


「残念だったねぇ、キョウガちゃーん……」




 フレイズの言葉が、先ほどまでとは別の声で発せられる。


 セリフの聞こえた方へ向くと、そこに居たのは――魔導師のリザだった。




「へぇぇ、この子はリザにゃんって言うのかぁ……憑依して正解でござるぅ、ぶっひぃ」


「リ…………リ、ザ……?」


「……あら、アーサー? どうしたの、そんな顔してぇ。私の顔になんか付いてるぅうぅう??」




 アーサーは驚愕から眼を見開き、彼女の姿を見た。


 そこに居たのは、確かにリザである。だが、仕草・口調・表情に至るまで、まったく見覚えのない彼女だ。


 憑依先に選ばれ、抵抗できずに身体を奪われたのだと、考えるまでも無く理解できた。




「つーか彼氏持ちじゃん、私。ちょっと点数下がるんですけどぉ、まっ! いっか」


「リ、リザを……リザを返せよ、このクソヤロー!!」


「きゃっ、アーサーこわ~い! そんなこと言う人だったのぉ!? 今すぐ別れましょ?」




 リザの声で、リザでない獣が話す。


 下劣な人格が彼女を支配している。それが、アーサーには許せなかった。


 彼女を取り戻すために、彼も剣を抜く。




「お前さぁバカだろ? 斬ったらリザちゃんが大ケガするだけなんですけどー! ウケるアハハっ」


「……この…………!!」




 だが、それを振りかざす相手は、リザ自身を隠れ蓑にしていた。


 振るわれるべき怒りは、悪者に届かない。

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