治療の末に
キョウガとベリーによる、共同体制での治療。
彼女らは力を合わせて、ウィンドの意識を取り戻そうとした。
「いいかい、ベリー。私が合図したら、教えた通りの解呪式を唱えるべし」
「う、うんー……おぼえてないかもー」
「ふむ! よし! 私としては、もう一度教えることになんら不都合はないのだからね」
「うんー……」
解呪に必要となる、とても長い詠唱の文言。
それを頭に詰め込むには、ちょっと大変な少女である。
キョウガはもう7度ほど教え直した文章を、根気よく仕込んだ。
その様子を見ていたアーサーが、苦笑を示した。
「キョウガ……なにかに書いた方がいいんじゃないか?」
「アーサー、君ね、まさに言う通りだよ。まったく!」
「カリカリし過ぎないようにな……」
キョウガはすぐに彼の案を採択し、紙の上へ長文を書きなぐった後、すぐにベリーの手を取る。
「これを見ながら唱えたまえ」
「えっとー、よめないー……かもー」
「おお! そうかね!」
不具合があってはいけない。彼女は文章の正確さを検めつつ、ベリーでも読める字で書き直した。
何枚も使うほど長くないが、短期記憶が可能な文量では明らかにない。
そんな中途半端な長文と、彼女は格闘を続けた。
詠唱を行う場合、発音やアクセントはかなり重要なのだ。
誤魔化すとロクなことにならないので、尋常じゃないほど気を遣う。
気が狂う寸前――いや、もはや気が狂った者の様子で、彼女はペンを動かした。
先行きが不安なんてレベルじゃない、どうしようもない失敗の予感。
漂う雰囲気が、完全に悪い未来を示唆していた。
シャルロット並びに、みんな微妙な顔になる。
「ずっと信じてっからねー、リーダぁー」
シャルロットは涙声になりつつも、格闘風景を眺めるしかない。
信じ続けるのも楽ではなかった。
~~~~~~~~~~
そんな長い戦も、ようやく終わりを迎えた。
まだ下準備であることは留意していただきたい。
ともかく、ここからが本当の地獄だ。
「いいかい、ベリー。私が合図したら、ここにある通りの解呪式を、教えた通りに唱えるべし」
「う、うんー」
不安は募るものの、ベリーは力強く頷いた。
ウィンドの呪いを解くために、少女も奮起しているのだ。
自分の役割が重要であることも分かっている。だが、降りる気は欠片もない。
「――危険な治療だ。今ならまだ、やめることも……」
「あははー、ふあんそうなキョウガちゃん、かわいー」
「……ふっ。本気でやめてくれ」
少女の覚悟が、キョウガの蕁麻疹を振るいたたせる。
孤独な治療ではないことが、勇気を与える。我と運命を共にする少女に、彼女は深く感謝した。
「ありがとう――では、これより治療を開始する!! 諸君、位置に着くべし!!」
彼女の一言によって、ベリーやアーサーたちは身構えた。
アーサーたちの役割は、ベリーを応援することにある。
彼女が呪術師に人格を支配されないために、できる限り元の人格を引き戻す。大切な役目だった。
――かくして、キョウガの合図、回復魔法の発動が行われる。
ベリーはすぐに、短い間に何度も練習した長文を、眼で追いつつ読み上げる。
そんな少女の手を、ファニーとテリが握った。
さて、キョウガはウィンドの精神へ、深く魔力を浸透させていった。
眼を瞑り、慎重に手を動かしながら、かなり奥の方まで到達する。
すると、違和感を発見した。それがまさしく呪いである。
(…………黒いヘドロ。悍ましい感触!)
干渉していく魔法が、その振動から伝える波動。そこからイメージを汲み取っていく。
解呪を並行して行っているので、この呪いはいずれ、剥がれていくはずであった。
キョウガが精神の探索に集中する時、ベリーはひたすら、文を読み上げていった。
「にじみだすこんわくのかいそう
ひそうなるひょういのうつわ
まいあがり・こうていし・どうき・あざむき いねむりをしりぞげる
ダフォースル・チェルノオード
タウェズシ・ハイスール・ドロノマーメイド
とーこーせよ はんぱくせよ
てんにかけ なんじのむてきをわすれ――」
瀟洒な言葉の響きが、音楽的に表現されていく。
少女の口の動きは落ち着いているが、その端に歪な笑みが現れていた。
人格の浸食が進んでいる証拠である。
手を握る仲間たちは、彼女を取り戻そうとして、何度も言葉を掛けた。
「いえーーいっ!」
「ベリー、がんばれ! がんばれ! ふれー、ふれー」
「うええええいっ!」
「ファイト! まけるなー! ベリーならやれるよ!」
友達から送られる声援が、彼女の気持ちを強くした。
詠唱文は途切れることなく続く。それはウィンドの耳を震わせる。
「…………ッ」
「――ウィンド!!」
彼の表情が、少しだけ変化した。
苦しそうに眉を垂らした瞬間、シャルロットが声を上げる。
彼女はずっとウィンドを見つめて、その手を固くぎゅっと握った。
彼女たちの努力は、いよいよ身を結んでいく。
ウィンドの精神を監視していたキョウガは、その魂からヘドロが取れるのを感じた。
すかさず魔法を流し込んで、汚らしいその物質を清掃しにかかる。
彼女の魔法がヘドロとぶつかると、音もなく相殺が行われていく。
光属性と闇属性の衝突によって、ウィンドの魂が清掃されていった。
「……キョウ、ガ……?」
「……!!」
ふと、ウィンドの口が開く。
彼の声で、彼がはっきりと発したのは、キョウガの名。
記憶を持たないはずの彼が、知人の名を知っている。
「そうだ、ウィンド! 君を助けに来たのだ、このキョウガが!」
「うぐっ、うおぉぉ…………!!」
「苦しみはもはや不要になる! 自由になる! 君は、鳥になって!」
必死で呼びかけるキョウガの声に、彼は何度も反応を示した。
そして、とうとう――眼を覚ますに至ったのだ。
彼は長い時間を経て、今やっと呪いから解放されたのである。
「ここは…………」
彼の眼が開いて、キョウガは安心すると同時に、力尽きるように魔法の使用を中断した。
それと同時に、シャルロットが彼へ抱き着く。
「ウィンド……!! かわいい幼なじみに、心配かけさせんじゃねーよぉ……!!」
「うおっ……!? シャ、シャルロット!」
彼女にいきなり飛びつかれて、ウィンドの覚醒は早まった。
彼は困惑したが、幼なじみのスキンシップを受け入れるのだった。
ベリーもなんとか詠唱を終えて、ウィンドの姿を眼にし、歓喜する。
「や……やった!」
「ベリー、よく頑張ったね」
「うん! やったよ、キョウガちゃあん!」
少女はぴょんぴょんと飛び跳ねて、嬉しさを身体で表現した。
その後で、身体から黒い魔力を放出した。
「…………えっ」
ファニーが一言、そう漏らす。
するとベリーは、瞬時にファニーの身体を抱き寄せて、ニヤリと笑った。
「動くなよぉぉ、お前らぁぁぁ!! ぶひひっ、ファニーちゃぁぁぁあがどーなってもいーんならァ、動けよぉおおぉおぉ」
「ひえっ……なにがっ??」
少女の身体は、いつの間にかフレイズに乗っ取られていた。
どういう理屈か、彼はなんと復活を遂げてしまったのである。
「貴様……」
「いえーい! キョウガちゃーん、見てるぅぅ~~?」
忌々しい眼でフレイズを睨みつける、復讐者の治療術師。
彼女に対して、再び意思を得た呪術師は、舌を出して笑った。