猶予なき決意
キョウガの元に運ばれたウィンドだが、意識を取り戻すことは無い。
彼を診察した少女は、努めて明るい顔をした。
「心配ないよ。命に危険はない」
「はぁ、良かった~……あーしマジ死ぬかと思ったかんね?」
パーティリーダー兼医者の判断を聞いたシャルロットは、ほっと胸を撫でおろす。
彼女の心配は、口に出るよりずっと深いものであった。
とにかく、ウィンドは重篤な状態じゃない。それが分かっただけでも一安心である。
「……して、そこの君」
「えっ、俺? なに?」
患者の容態を判断した後で、キョウガはおもむろにアーサーを指差した。
アーサーは首を傾げる。
「感謝するよ。君が居なければ、ウィンドは取り返しの付かない状態にまで陥っていたかもしれない」
「えっ」
「呪いというのは実に忌まわしい。だが、君のような善良な人が存在するおかげで、被害者を救えるのだよ」
「善良って、そんな大したことじゃ……」
「その謙遜の姿勢! 素晴らしいじゃないか。君は大した若者だ」
大した若者と評する人物の、少女という言葉が似合う見た目。
そのギャップに若干戸惑うアーサーである。
そんな会話に割り込んで、リザは不満げな声を放つ。
「ねぇアーサー。埋め合わせ、いつにする?」
「あ、それは後でじっくり……」
「増やしましょ、回数」
「リザ……そんなに怒らないでくれよぉ」
デートの中断が余程気に入らないようで、彼女の機嫌は直らない。
恋人の乙女心は、人助けに優先されるべきである。
それを理解したアーサーは、困り顔で彼女を宥めるしかなかった。
――それはともかく、ウィンドの受けた呪いは浸食を続けていた。
このままでは、いずれ彼の存在そのものが、呪いに飲まれてしまう。
状況を危惧して、キョウガは深く考え込んだ。
(解呪は呪いの使用者によってしか行われない。タブーを冒すならば精神への干渉もできるが、未熟な私に安全な治療ができるとは限らない)
早急にウィンドを助け出すため、彼女は様々な方策を考慮していたが、実行に移せそうなものは2つだけだった。
特に前者、呪いの使用者に解呪を行わせる方法は、今においては有用な解決策である。
なぜならば、呪いの使用者は――
「ベリー、一寸おいで」
「どしたのー? キョウガちゃんの手、かわいー」
「やめたまえ、蕁麻疹が出る」
ただの町娘・ベリーの中に封印されているからだ。
彼女の身に潜む強大な魔力は、すべて封印された呪術師のものである。
否、封印とは正しい表現ではない。正しく言えば、統合。2人は1つになったのである。
彼女に解呪を行ってもらえれば、ウィンドはおそらく記憶を取り戻せるだろう。
が、問題がないとも言えない。
ベリーが呪術を使用するということは、つまり……
(フレイズの力を扱って、万が一、彼女の人格がフレイズに喰われることがあったら……)
そう。少女は呪術師の魔力だけでなく、人格までも共有しているのである。
元の呪術師の人格は、平気で人を傷つけるような破綻したものだ。
「ぶひー、キョウガちゃんのいやがるおかお、かわいー」
「くっ……堪えねば……」
部分的にであれ、現在でさえ彼女の人格は確実に毒されている。
正しい精神で正確に呪術を扱えないうちから、いきなり解呪をさせるのは危険だった。
幼いこともあり、力に飲まれてしまう可能性は高い。
だからといって、キョウガ自身が精神干渉の禁忌を破るのも、安易に選択できる解決法ではない。
キョウガとて、その人の魂にまで浸食しかかっている呪術を、完璧に剥離させることは難しいのだ。
呪いを消滅させるどころか、ウィンドの精神を破壊しかねないのである。
いずれにせよ、正しいと思われるやり方はなかった。
天運に身を任せないことには、解決は望めそうにない。
覚悟を決めたキョウガは、どちらかの方法を選択することにした。
その結果、彼女は自分の力を信じることにした。
解呪をさせる場合、危険なのはベリーだ。だが彼女は、望んでフレイズと統合したのではない。
本質的には、彼女だって被害者だといえる。フレイズの罪に巻き込むのは正しくない。
で、あるならば、すべてを自らで背負うべきだと、キョウガは奮起する。
「……いや、やはり…………これは私の復讐だ」
「キョウガちゃんー?」
「ベリー、君は悪くないのだ」
彼女はベリーへ優しく微笑みかけて、決意を固めた。
もはや猶予はない。一刻も早く、ウィンドを救わなければならない。
強い気持ちを込めて、彼女はなんでもないように宣言した。
「では諸君。私は再び、彼の治療に専念させてもらうよ」
シャルロットが頷いて、「キョウガさんマジ神」とありがたがる。
彼女と同じ動作で、アーサーも「よろしく、キョウガ」と頼み込んだ。
そうして、彼女は誰にも決意を悟られぬまま、颯爽と治療室へ向かう。
その勇ましい足取りを引き留めたのは――テリだった。
「キョウガおねえちゃん」
「…………なんだい? テリ」
「いかないで」
テリはとても不安そうな顔をして、彼女を引き留める。
少女の勘は鋭く、キョウガの隠した決意を見破ったかのようだ。
愛らしい後輩の懇願に、キョウガは思わず揺らぐ。
テリはダメ押しするように、言葉を付け加えた。
「ベリーはすごいやくにたつよ」
「……そうかい。私の思惑をよく見抜いているね、君は」
キョウガの視線の動きが、ベリーの力を借りようとしたのを物語っていた。
テリは憧れの人をずっと見ていたため、それを見逃さなかったのである。
秘密にしていた計画を見透かされてしまうと、格好がつかないキョウガ。
「猶予はないが、早計かね」
「うん」
「ふむ」
彼女は考えを保留に戻し、また解決策を練り直す。
単なる自己犠牲で終わる問題ではないのに、少し焦って決め過ぎてしまった。
ウィンドの安全が第一。腕の良い医者だって、自らの技術を過信すればミスをする。
「キョウガさーん?」
立ち止まった彼女へ、シャルロットが不思議そうに呼びかけた。
治療術師は颯爽とUターンして、治療室から遠ざかった。
その後で、なに喰わぬ笑顔を浮かべる。
「ウィンドは必ず助けるから、どうか待っていてくれないだろうか、シャルロット」
「…………ん。信じてるに決まってるじゃん、リーダー」
シャルロットは穏やかな笑みを見せて、キョウガの言葉に頷く。
内心では相当の焦りがあるとしても、彼女はリーダーを信じていた。
キョウガはまったく憂いの無いように笑ってみせた。
そして彼女は、ベリーの方へ手を差し出す。
「力を貸してくれたまえ、ベリー」
「いいよー! ……よくわかんないけどー、あはは」
「感謝するよ」
かくして、ウィンドを治療するための準備は整った。
2人の協力体制により、彼の呪いは消えるのだろうか……