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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
165/171

忙しない授業

ノート取れない

 今日も今日とて、やたらと人で賑わう冒険者ギルド。


 その事務所にて、ある治療術師による授業が行われていた。


 授業に参加するは、ある絶大な魔力を持った少女・ベリー。……ついでに、その友人のファニーとテリである。




「いいかね、諸君。そもそも魔法とは、空気中のエーテルの振動からマナの結合によって生み出される――」


「わかったー! せんせー、まほうじんかいてー!」


「こ、こらベリー! ごめんなさい、キョウガおねえちゃ……せんせい」


「ふむ、長話は無用かね? なぁに、そう急くことはない。これからじっくり、丹念に描き出してみせよう」




 ギルドの事務室を借り、臨時で開かれたこの教室は、ベリーのためのものだ。


 彼女が扱うべき強大な魔力――呪術の力をコントロールする術を、きっちり習得してもらう。


 そのために、キョウガは自ら率先して、張り切って先生をやっていた。




「魔法陣はとにかく、まず基礎。その次に基礎。最後に基礎である。おやおや、てんで基礎ばかり……だがしかし、落ち込むことなかれ勇敢な初心者たち! 今から私の教える“最も重要な心構え”を、しかと耳に刻みたまえ!」


「あははー、へんなはなしかたー」


「一寸耳を傾けてもらおう。特にベリー、君は殊更にね」


「やだー!」


「なるほど。なにが不満かね? 不肖、この先生によって足りるならば、試しに望んでみなさい」


「あははー」


「うむうむ。実に清爽な笑顔だねぇ、よく似合う……」




 が、授業は進まない。ベリーが自由な発言を繰り返し、キョウガもいちいちそれに反応するため。


 憧れのキョウガによる授業であるため、真剣に聴こうとするテリだが、進展の遅さにヤキモキする。


 その隣で寝ているファニーであった。




 ――とりあえず、実際に魔法陣を描くことになった。


 とはいえ、キョウガは別に魔法陣製作のプロではない。というか、完全に専門外だ。


 なので、今回は特別にゲストを呼んでいた。




「魔法陣を作成するにあたって、適切な人物を呼んだ。早速、ご登場願おう――」




 キョウガは前置きの後、手の動きによって、子どもたちの注目を扉へ向ける。


 神妙に扉が開いて、そこから現れたのは……




「久しぶりだな、お嬢ちゃんら」


「……だれー」


「しらないひと」




 知らない人こと、錬金術師のシュタインであった。


 否、知らない人ではない。彼はファニーの父親で、貴族に召し抱えられて暮らす冒険者だ。


 彼女らとシュタインは普通に会ったことがある。


 そもそも彼はファニーの父親なので、ファニーは確実に知っているはずだった。




「ぐ~……ぐ~……」




 そのファニーが寝ている都合上、どうやら認知している子がいない。


 哀れな登場に内心で咽びつつ、錬金術師は颯爽と登壇した。




「よ、よしっ! いつもは頼もしいパパだが、今日だけはお前たちの先生だ!」


「だから、だれ」


「おおぅっ……そーか、分かった。名前を名乗ってなかったな! 先生はシュタインっていうんだ!」


「シュタインー? なにそれー、おいしいのー」


「いや、食いモンじゃねーよ!? 名前っ!!」




 認知されていない悲しみに動揺したが、彼は気を取り直し、簡易的な黒板へ向かう。


 チョークを摘まむと、黙って魔法陣を描き始めた。


 己の役割を全うし、他のことを一切忘れるようにして。




「…………」


「シュタイン先生? ああ、描き始めの合図を頂きたかったのだが」


「もう俺のことは放っておいてくんねぇか、キョウガちゃん」


「そうか。了解だ」




 ゲストの意向に大人しく従い、キョウガは解説を始める。


 自分では詠唱魔法を発動し、魔法を使用した時の様子を実演した。




「魔法陣を描くのには時間がかかるが、詠唱であればこのように、瞬時に魔法を発動できる。2つの発動方法を差別化する時、もっとも特徴的な違いはこの効率性だ」




 彼女は癒しの魔法をベリーに掛け、その効果を体感してもらいつつ話す。




「古来より扱われてきた魔法陣という技術……その最たる功績は、魔法そのものの技術化、及び魔法の一般化にある。


 これが開発されなければ、おそらく魔法などという超常現象を、論理的に把握することは叶わなかっただろう。


 それに比較すると、詠唱はつい最近の技術であって、難易度も高い。まあ要するに、魔法陣をより発展させたものだ。


 さて、どちらの魔法技術を好むかという話だが、端的に言えば、詠唱を扱えるに越したことはない。


 なぜなら詠唱とは、先に行った通り、魔法陣という現実に表現される技術を、想像のみによって構築する技能だからだ。


 ――そう。厳密にいえば、詠唱は技能であり、魔法陣は技術だ。


 魔法陣は解釈によって展開され、魔法が発現した後も、陣そのものが記録として残る……これはつまり、石板に刻まれた文字のような歴史性を持っているわけだ。


 対して詠唱は、その瞬間に表現される性質のものであり、記録はされない。


 詠唱とは、いわば話し言葉のようなもので、その本質は『教科書的な式の省略』にある。つまり効率化、行為として実際に扱う方法だ。


 行為という以上は、当然ながら再現性を持たない。行為は必ず心理と論理の総合に基づいて表現され、この心理なる分野には悉く再現性がない。よく魔法学で言われるpathosとは、……」




 学者の著作を朗読しているかのような、お堅い説明が続く。


 教師らしいといえば聞こえはいいが、座って聞いている方は頭が痛くなる調子だ。


 もちろん、ベリーも例外なく――




「ぐぅ」




 寝た。ファニーと同じになった。


 唯一、頑張って聞いているのはテリである。




(な、なにいってるかわからない……)




 耳に入ってはいるのだが、それが理解にまで及んでいない状態だった。


 あまりにも堅苦しい言葉が並び、それが矢継ぎ早に頭へ飛び込んでくるのだ。


 まだまだ幼い少女に、こんな話が理解できるはずがないのである。




 生徒を置いてけぼりにした、あんまり良くない授業が続く(シュタインは関心して聴いているが)。


 そんな中で突然、事務所の扉がまた開いた。




「――おや」




 2人目のゲストを呼んだ覚えはなく、キョウガは首を傾げる。


 やって来たのは、酔いどれアーチャーことトーマスだった。


 飽きもせず、どっかのパーティをクビになって、ヤケ酒をした後らしかった。




「うぃ~、やってるかぁ~」


「なにかね、酒臭い」


「おいトーマス! 今は授業中だっつの!」


「あぁ? シュタイン、おめぇに授業なんてできねぇだろぃ?」


「なっ……余計なお世話だ、コノヤロー」




 彼は事務所に入って来るなり、空いていた席に座る。


 そして、テリに煙たがられているにも関わらず、大きくゲップをする。




「おいやめろ、なにしに来たんだお前は」




 友人として、シュタインが彼を退場させようとした。


 だが、無理やり手を引いても立ち上がらないトーマスである。




「酔い醒ましにベンキョーするぜ」


「迷惑だよ! 帰れ!」


「んだよ、つれねーなシュタイン。いつもは奢ってくれんのになぁ」


「ここは酒場じゃねーぞ、バカタレ! だいたいお前、暇そうにしてっけど、アレはどうなったんだよ」




 アレと言われて、酔いどれアーチャーは首を傾げた。


 おっさんの疑問げな様子は可愛くないが、シュタインは答えてやる。




「ミッションもらったんだろ、お前。自慢してたじゃねーか」


「あっ!? そうだ、すっかり忘れてたぜぇ!! ガッハッハッハ!!」


「『すっかり忘れてたぜぇ!!』で済まされる話じゃねーだろ、アホ……」




 そう。実はトーマスは、過去に冒険者ギルドからミッションを貰っていた。


 ミッションとは、すべてに優先すべき危機的な事態が起こった時、力を持つ冒険者に向けて発令するものである。


 それを大分前に承っておきながら、肝心の任務に一切着手していない彼だった。




「内容知らんけど……まぁほら、頑張ってこいや」


「おうよ!! テレサ嬢に内容聞いてから行くとするかぁ!!」


「覚えてねぇのかよっ!」




 シュタインのツッコミもなんのその、彼は酔いから覚醒して、活発な様子で受付へ走って行った。


 すると、それと入れ違いに、今度は3人ほどの冒険者が入って来た。




「すみません、キョウガさんいますか!?」


「おや、随分と忙しないねぇ。次はどなたかな?」




 苦笑しつつ、キョウガは彼らに返事をする。


 彼女に呼びかけた少年は、肩に背負ったある人物を指で示した。




「この人を治してあげてください!」


「――これは、ウィンド……なにかあったらしいね」




 一転、キョウガは先生の立場を降りて、治療術師としての顔になる。


 授業は中止され、代わりに治療が始まるのであった。

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