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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
162/171

生気

 メルチはとてもご機嫌で、楽しそうにニヤニヤしていた。


 なんといっても、ショルテと久しぶりに協力しているからだ。




 宮殿の先に進んで行く2人は、スライムを何匹も倒していく。


 時にお互いの死角を補いあって、仲間としてダンジョンを攻略していった。


 ――そのうち彼らは、ボスの気配が漂うエリアへと着いた。




「ここがボス地点か」


「そうみたいね」




 ショルテはニヤニヤ笑って、禍々しい雰囲気を嗅いだ。


 そして、なんとも気軽な動作で中に入っていく。


 彼の弛緩を認めつつ、メルチもその背中へ続いた。




 宮殿の大広間は、初めて青い花を見た空間に酷似していた。


 その奥で、なにやら花を愛でる人影がある。




 謎めいた影の正体は――美しい女であった。


 彼女は知性的な眼差しで、2人の侵入者を見た。




「あらら? 遊び相手が来たみたいね?」




 口元に手を当て、クスクスと笑う。


 侵入者を興味深げに眺めて、彼女は品定めをした。




「なかなか若い子たちだし……あらら、よく見たら前にも見た事がある子達ね」




 魔女は2人を見ている間に、自分の記憶を探り当てたようだ。


 だが、ショルテは訝し気な眼をして、含み笑いを浮かべながら言葉を返す。




「お前とは初対面だがな、魔女」




 ショルテは魔女を見た覚えは無いし、間接的に出会ったこともない。


 魔女はまたもクスクス笑って、ショルテへ上目遣いを向ける。その視線は高圧的だ。




「あなたにとってはそうでしょうね。だけど、あたしは見た事あるのよね」


「なんだと?」


「ほら、前に来たことあったでしょ? あたしの養分になった女の子、連れてきてくれた人たちよね?」


「――お前…………」




 ショルテは彼女の言葉を聞いて、一瞬で合点がいく。


 つまり、このダンジョンでラウラが死んだ原因は……他ならぬ、この魔女のせいなのだと。




 彼はボウガンを構え、照準を魔女の首に合わせ、即座に撃つ。


 それは見事に命中した。けれど相手には、特にダメージを受けた様子はない。


 攻撃が通らなかった事実に、青年は眼を見開く。




「いったーい! なにするの!」




 魔女の怒りが眼に入ったが、彼にそんなことを気にしている余裕は無い。




「ダメージがない、だと…………?」


「いきなり攻撃してくるなんて、酷いわね!」




 魔女はプンプン怒って、青年に抗議する。


 しかし、青年は驚いて、相手の言葉を聞いていなかった。


 動揺を抑えつつ、彼は再びボウガンを構え、今度は連射攻撃を試みる。




「だ・か・らぁ……痛いって言ってるでしょうが」




 無数の矢が直線状に連なって、魔女を貫くべく推進する。


 それに対し、魔女は手を前に差し出すと、氷の障壁を創成した。


 障壁に阻まれ、撃ち出された矢はすべて弾かれてしまう。




「バカな……」


「あはは! もしかしてあたしが嫌いなの?」


「クソ…………!!」




 苛立ったショルテは、より素早い攻撃を繰り出そうと、勢いよく魔女へ接近した。


 至近距離から技を繰り出せば、回避も難しいだろうと考えたのだ。




 ボウガンを前へ持ち上げ、乱れ撃ちを実行する。


 が、魔女はなんの態勢も取らないまま、ショルテの接近攻撃をいなした。


 思惑がまったく外れて、彼は余計に苛立つ。




「なぜだ!?」


「コントロールが悪いのねぇ」


「クソがぁ……っ!! おい、メルチ!」




 彼は咄嗟にメルチを呼んで、加勢するように号令を掛ける。


 名を呼ばれたメルチは、自らの剣を鈍く光らせて、魔女へ接近した。


 神速の剣捌きによって斬りかかるが、魔女は彼女の攻撃さえも指一本で受け止め、ダメージを回避する。




「あなたも若いみたいね、剣士ちゃん」


「…………何者かしら、あなた」


「あたしとしては、あなたたちの方へ質問したいくらい!」




 魔女は攻撃を返すことも無く、雑談に興じる。


 そうして自己紹介を始めた。




「私は魔女。カリアッハ・ヴェーラよ」




 ショルテはその名を聞いて、自らの記憶を素早く探る。


 カリアッハ・ヴェーラ。魔女の名は確かに覚えがあった。


 氷の属性を持つ魔女で、若い人間の生気を吸い取り、自らの若さにするという。


 犠牲になった者は、身体に氷の花を咲かせ――




「氷の花を…………やはりお前が、ラウラを殺したのかッ!!」




 記憶はまさしく合致した。


 すべての元凶は、この魔女なのだと確信した。




「あの子はラウラっていうのね。あたしもよく覚えてるわ……侵入者は少ないからね、この場所って」


「殺すッ!! お前は絶対に殺すッ!!」




 倒すべき敵を知り、ショルテは復讐に燃えた。


 彼はボウガンを何度も連射して、魔女へ攻撃を試みる。


 しかし、魔女は指一本でそれらを捌いて、あくびをする。




「なにを怒っているの? こんな退屈な攻撃、意味ないわよ」


「殺してやるッ!!」


「あはは、殺せるワケないじゃない……面白くない冗談ね」




 彼の撃つ矢に混じって、メルチも加勢に入った。


 素早く剣を振って、魔女へ攻撃を仕掛ける。


 矢を捌きながらでも、魔女はその剣閃を止めてしまえた。




「あら? この子の方が強いみたいよ?」




 魔女は自らの爪が欠けたのをふと見て、2人の実力の差を測った。


 それは間違っていない。ダンジョンに長く潜っていなかったショルテの実力は、全盛期に比べて衰えている。


 それに対し、メルチは毎日のようにダンジョンへ潜っている。差が開かない理由はなかった。




 ショルテは魔女の話も聞かず、近距離から速度最大の攻撃を連打した。


 レンジャーとしての適切な間合いさえ捨てて、ただ殺意に身を委ねて戦う。


 それなのに、攻撃は一度も通らない。




「もういいじゃない、なにこれ? ずっとこんなこと続けるの?」


「殺すッ!!」


「…………ムリだって、言ってるでしょっ」




 魔女は眉を顰めると、それまで戯れていたショルテに対し、初めて攻撃を行った。


 おもむろに氷の刃は生成され、魔女の指先による命令で飛んでいき――それは、ショルテの身体を貫いた。




 大量の血液が体外へ排出され、ショルテは吐血した。


 身体のコントロールを一瞬にして失い、無力にも地面へ落下した。




「あはは! しつこいから、あなたは殺すことにしたわ」


「――ぐふっ…………!!」




 魔女の高笑いの中で、彼は背中からへ倒れる。


 生命の灯火が消える場面が、そこにあった。




「ショルテ?」




 呟くような声量で、メルチは言った。彼女は、青年の姿をスローモーションで捉えた。


 目の前で倒れた仲間の姿を、うまく理解できなかった。


 しかし、ごくわずかに時間が経って、ショルテの血液が地に溢れた瞬間――大声を上げた。




「…………ショルテっ!!!」




 彼女はすぐに仲間の近くへ駆け寄り、その身体を抱き上げる。


 彼女の腕の中で、青年は小さく笑った。




「……へっ、死んじまうのか、俺」




 彼は自らの腹部から流れ出す血を見ると、そう確信した。


 殺意ばかりだった瞳は、静かに冷静さを取り戻していく。




「あなたが死ぬなんて、ありえないことよ」




 メルチは薄笑いを浮かべていたが、その眉の動きは悲壮で、ほとんど笑えていない。


 そんな人間らしい彼女の表情を、ショルテは漫然と見た。


 その刹那、鈍い頭で考える。




(ああ、メルチは人間でもあったっけ)




 そこにあったのは、メルチの人間らしい部分だった。


 彼女にだって心がある。ショルテはそれを、ちゃんと知っていた。


 あの時見たメルチの表情が、鮮明に物語っていたことである。




『ふふ、なんだか、えぇと……どうもありがとう』




 そう言って、ヘタクソに笑った彼女の、慣れない気持ちに気付いていた。




 ショルテは出血を酷くして、自分の死を悟る。


 息絶える前に、メルチへ一言だけ口添えた。




「死ぬな、メルチ」




 それだけ残すと、彼は静かに眼を閉じた。




 メルチは彼の身体を揺さぶって、彼の意識を取り戻そうとする。




「嘘よ…………起きて、ショルテ……?」




 もはや下らない笑みを浮かべる余裕などなく、今にも崩れそうな表情になる。


 揺さ振り続ける青年の瞼は、いつまで経っても開く気配がない。


 そのうち、彼の体温さえも徐々に冷えていく。




 メルチは彼の死を知った。




「…………生きて、って? あなたは本当に、そんな風に言ったの?」




 最後に彼が放った言葉が、彼女には信じられなかった。


 どうしてそんな風に言ったのかさえ、見当がつかない。


 しかし――




「さあ、久しぶりにおいしい食事ね。あはは、若いっていいわねぇ」




 目の前に存在する魔女の実力は、彼女の力を越えている。


 どのように戦闘したところで、彼女が魔女に勝てる可能性は限りなく低い。


 一撃でも喰らえば死んでしまう。




(――死ぬのは、イヤ…………)




 メルチの頭の中に、その言葉が過る。


 そして、彼女は身を翻し、魔女の前から逃げ出した。


 脱兎の如く去っていく侵入者を見て、魔女は慌てて攻撃を実行する。




「…………あ、待ちなさい! あなたも食べるんだからね!」




 氷の刃を創成し、即座に撃ち出す。


 背中に迫った脅威を、メルチは素早く弾いた。


 彼女の剣は薄い刃を欠けさせて、氷の直線軌道を変更させた。


 そうして、素早くエリア脱出し、彼女は魔女の下から逃げ去った。




「……ふぅん、残念。でも面白い子だわ」




 魔女は少し残念そうに溜め息を吐いたが、その後で小さく笑う。


 去っていった剣士の背中を思い出しつつ、食事を開始した。




「若い……というと嘘になるわね。でも、おじいさんではないから良いわ」




 死んだ青年の姿をそう評すると、彼女はその身体へ噛り付く。


 そして、ゆっくりと舌鼓を打ちながら、すこしずつ生気を取り出すのだった。




 やがて青年の身体には、氷のように透明な青い花が咲く。


 彼の浮かべる表情には、もはやなにも残っていない。


 ただ、安らかな眠りを体現しているのみだった。

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