躁
躁……(無関心)
過去への執着を投げ捨て、次のエリアへ行くショルテ。
喪失と使命から逃げ、好奇心だけに従っていた。
この先に広がる景色はどんなものか……そんな少年じみた考えで、憂いなく歩く。
メルチは小さく笑い、彼に問かけた。
「なんだか楽しそうね」
ショルテの表情は普段と違い、とても生気に満ち溢れていた。
いつもの死んだ眼は形跡もなく、彼の身体から滾々とエネルギーが湧き出ているのだ。
そういう彼を見て、メルチも心底嬉しそうに、口元をヒクヒクさせる。
「またショルテと冒険できて、嬉しいわ」
彼女は自らの剣を愛撫しながら、しっとりとつぶやく。
思い出の中にある懐かしい宮殿の景色が、また別の一面を見せている。
ダンジョンが好きな頃のショルテが戻って来て、止まっていたパーティの時間が動き出したようで……これ以上の喜びは、彼女の中になかった。
しかし、本当に戻って来たのだろうか。
青年の瞳には確かに輝きがある。だが、仄暗いその眼光は、希望の類を含んでいない。
今までの反動のような溌溂さは、返って先行きを不透明にしている。
「メルチ……ダンジョンってのァ、たのしーよな……」
「ふふ」
「ふはは」
2人は笑みを絶やさずに、とても楽し気に宮殿を進んで行く。
ショルテは前しか見ていないし、メルチはショルテしか見ていない。
関心のあるものだけを、なにも考えずに見つめ続けている。
――宮殿を進んで行った先には、またも青い花が群生していた。
透き通った花弁は不明な光を浴び、滑らかに輝く。
それを見たショルテは、笑いながらボウガンを取り出した。
「目障りなんだよ、ボケ」
手慣れた様子で矢を込め、即座に花を撃ち抜いた。
見事に茎へ命中した鏃は、花のか弱い胴体を軽く千切った。
その調子で、他の花に対しても同じように乱射する。
眼に映ったものから順に、狂ったように殺していった。
そうすることで、青年はだんだん爽快な気分になった。
「おらおらっ」
「……ショルテ。なにが楽しいの?」
「ハハハッ、お前もやれよ!」
彼はメルチも誘って、道中に咲く花たちを、ひたすら撃ち抜いて行く。
無駄撃ちに他ならない行為を楽しむ姿は、メルチの眼にはかなりヘンテコに映った。
でもとりあえず、彼女は言われた通りにやってみる。
花の頭から剣を振り下ろして、真っ二つにしてみた。
「……こうでいいの?」
彼女はショルテの顔を伺って、行為の正確さを問う。
「あぁ!? いちいち聞くな!! やっとけ!!」
ショルテはロクな返事をしなかった。
まったく意味が分からないが、彼の言う事なので、女剣士は黙って追従してみた。
リーダーの命令には、基本的に従うべきであるために。
「くらえっっ、乱れ撃ちっっ」
とうとう必殺技までくりだしながら、笑顔のレンジャーは無駄撃ちを続ける。
花の散る音と青年の笑い声だけが、広い宮殿の中に反響していた。
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ダンジョン内には魔物が存在しないように見えたが、しばらく進んで行くと、徐々に現れ始めた。
花と同じ青色をしたスライムが、小さな体を震わせて、侵入者に襲い掛かる。
が、こと接近戦に関して言えば、スライムの戦闘能力は低い。ついでに知能もない。
メルチの剣が、飛び掛かって来たスライムの身体を斬る。
核を壊されたスライムは地面に跳ねて、そのうち水となった。
「スライムね」
「ハ、ハハ」
未だ笑みを絶やさずに、2人は襲い来る魔物に対処した。
弱い魔物ではあるが、身体にくっつかれると厄介であり、窒息させられる危険性もある。
困難な相手でなくとも、油断をすることは許されない。
「散れっ!!」
が、ショルテは完全にどうかしてしまっていた。
スライムを撃ち、花を撃ち、スライムを撃ち、花、スライム、花、花、花……
無駄撃ちを交えて、めちゃくちゃな優先順位でボウガンを乱射する。
近付いてきたスライムを無視してまで、花を撃つ始末だった。
「ショルテ、どうして花を撃つの? 今はやめておいた方が……」
彼の身体へスライムが飛びつく前に、気付いたメルチが倒す。
そうしつつ、彼女は相方を心配して忠告した。
「うるせぇ、お前も花を…………花を、ハハハ……あー……?」
ショルテは焦点の合っていない眼を泳がせて、ボウガンをメルチへ向けた。
そしてあろうことか、呆けた顔で彼女へ矢を放つ。
反応速度が異常なメルチは、不意打ちの一撃を即座に避けた。
「まあ……」
「とにかく、邪魔すんじゃねぇー」
大抵のことには動じないメルチも、いきなり攻撃されると困る。
とにかく、ショルテが正常な判断をできない状態であることは、彼女にも分かった。
なぜそうなったのかは、正直よく分からないが。
「ラウラ…………俺は……! これが見たかったんだ!!」
乱れ撃ちの結果、同時に散る花たちを視界に捉えて、レンジャーは叫ぶ。
その大声にスライムたちが反応して、10匹ほどの個体が彼に襲い掛かった。
支離滅裂で無防備な彼に、対処できる数ではない。
「ハッハッ!! ハッ!!」
「ショルテ!」
スライム(と、どうでもいい花)を駆除していたメルチだが、仲間のピンチに気付いて、相手を変更する。
彼女はショルテに死んでほしくはないから、自分の身体に張り付こうとした個体を無視してまで、彼を助けにいった。
速く鋭い剣閃が、スライム達を一瞬で裂く。
ショルテは九死に一生を得るが、次に危険なのはメルチの方だった。
「…………あら。これは……」
もぞもぞと、自らの腕を這いあがって来るスライム。
剣を持っている方の腕へ飛びつかれたため、うまく対処できない。
スライムが通った皮膚が、凍るように冷たくなっていく。すると次第に、腕が麻痺したような感覚に陥った。
「…………」
いつもの薄笑いを消して、彼女は真剣な表情でスライムを取ろうとした。
だが、無事な片手で引っ張ろうとして触ると、今度はその手がダメージを受けてしまう。
冷たすぎる氷の身体に触れることは、素手では不可能だった。
――腕を這われるうちに、凍結の痛みが首にまで伝ってくる。
顔に到達されてしまえば、窒息させられて死ぬ。口の中に侵入されても危険である。
そう分かっている女剣士だが、部分的に痺れた身体では抗うことができなかった。
彼女は冷静に、自らの死を感じた。
「おらぁぁっ!!」
シェルテが1本の矢を放つ。
それは真っ直ぐ、至近距離にいるメルチへと向かっていった。
そして、メルチの身体を這うスライムに命中した。
核を破壊されたスライムは、見る間に水と化した。
矢はスライムの身体を貫通し、メルチの皮膚までも貫いた。
「うっ……」
痺れた腕に激痛が走り、彼女は苦悶の表情になる。
だが、痛みなどどうでもよかった。
「大丈夫かよ、メルチ」
「…………!!」
彼女が驚いたのは、ショルテに助けられたことだ。
青年は過去、メルチに何度も言った。『お前なんて死んでも構わない』と。
「ど、どうして…………どうして私を助けてくれたの…………?」
過去の発言との矛盾に対し、彼女はこう問わざるを得なかった。
ショルテは平気な顔で、メルチのような乾いた笑みを浮かべて、
「仲間は助けあうもんだろ」
そう言ってのけた。
彼の瞳は、メルチの腕から垂れてくる血を眺めていた。