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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
156/171

宝石

予約投稿ミスりましたぁぁぁぁ

 冒険者パーティ・『ウィンドスウィプ』。


 武闘家のウェド、治療術師のシェヴィからなる、2人組のパーティである。


 2人でのダンジョン攻略は、人数が少ない分、お互いの負担も多い。そのため、疲労の蓄積は避けられない。


 今日もなんとか攻略を終え、2人は疲れた身体と心を癒すべく、酒場に向かう。




「やっぱ酒場だな、ダンジョンの後は」


「………」


「心配すんな、シェヴィ。そんな遅くまで入り浸るつもりはねぇからよ」


「………」


「……ったく、信用してねぇな?」




 シェヴィとしては、宿に帰ってゆっくりしたいのだが――相方であるウェドの気質に合わせ、賑わう酒場へ行くのだ。


 彼女としては、豪遊も控えめに心掛けてほしいのである。


 テーブルに並ぶお肉は美味しいけれど、そんなにいっぱい食べられないし。




 ウェドはニヤリと笑うと、ダンジョンで手に入れた“ある物”を手渡す。


 受け取ったシェヴィは首を傾げた。




「それ、プチヴィーグルの瞳。女子ってこんなん好きだろ」


「………」




 どうやら彼は、少女の機嫌取りに宝石を寄越してきたらしい。


 鮮やかに澄んだイエローを眺めつつ、なんだかなぁ……と、呆れるシェヴィ。




「ホントは売るつもりだったんだが、お前が欲しいならやるよ」


「………」




 彼の言葉に、シェヴィは首肯を示した。


 実のところ、彼女はこんなんが好きだったのである。


 相方から宝石をもらって、少女は嬉しそうに微笑んだ。




 ――少女はふと、酒場へ着く前にやりたいことを思いつく。


 せっかく宝石をもらったのだから、なにかアクセサリーにして身に着けたい。


 そのため、宝石商に寄りたいと申し出た。




「………」


「ん? どこに寄りたいって?」


「………」


「ほ……せいそ?」


「………」


「ほう……えきじょ」


「………」


「おいおい、なんで貿易所に寄りてぇんだよ」


「………」


「おー、怒んなって。違うんだな、悪かった」




 シェヴィの声は極端に小さいため、聞き取るのにも一苦労である。


 意図を伝えるまでに時間が掛かるため、省略。


~~~~~~~~~~


 かくして、彼女はなんとか目的の場所へ寄ることができた。


 ウェドは先に酒場に入って、シェヴィを待つことにしたらしい。




『うーしっ、先に注文しといてやらぁ! お前はジュースだろ?』




 気合いを入れて酒場へ臨む、無邪気な相方の姿を思い出すシェヴィ。


 クスッと笑みを浮かべてから、彼女は宝石商の露店の前へ立った。




「いらっしゃい、お姉さん。どの宝石にします?」


「………」




 宝石商の少年は、メインの客層である女性冒険者に対し、非常に愛想良く応対した。


 シェヴィは小さな声を発しつつ、ウェドからもらった宝石を差し出す。





「おや? こちらは……ふむ、なるほど! かなりレアな宝石だ!」


「………」


「ふむふむ、お姉さんは奥ゆかしい声量でいらっしゃる。承りやした」




 宝石を見た少年は、少女の意図を大まかに察して、それを受け取る。




「ちょっと時間が掛かるんで、それまで宝石でも見てってくだせぇ」




 そして、加工作業に入る前の決まり文句を放って、すぐに背中を向けた。




 言われた通り、シェヴィは露店に並ぶ宝石を眺めてみる。


 色鮮やかに光る商品たちは、どれも煌びやかで、魅力的な光沢を帯びていた。


 が、シェヴィにとっては、少し大げさ過ぎる光だった。


 やっぱり、ウェドからもらった宝石が一番なのだった。




 相方からのプレゼントの価値を改めて認識していると、商人の少年が声を掛けてきた。




「どうも、お姉さん。お待たせいたしやした」




 彼の差し出した手のひらには、出来上がったピンキーリングがあった。


 予想の何倍も早い完成に、シェヴィは思わず眼を丸くする。


 少年はまた愛想良く笑うと、なんでもないように言う。




「ウチは仕事が早いんで、またよろしくお願いしやす」




 確かに、どこの職人よりも早い仕事である。


 用事があったら、またここに来ようと思うシェヴィであった。




 ――こうしてリングを手に入れた彼女は、酒場へと向かった。


 試しにリングを小指に嵌めてみたかったが、今はやめておいた。


 ウェドに見せる時、初めて嵌めてみる方が、一緒に感動できると思ったのである。




 酒場で待つ相方の反応を想像して、彼女は胸を躍らせた。


 指輪を空に持ち上げて、少し沈みかけた日に照らしてみると、薄いオレンジに染まる。


 その色彩がとても綺麗で、しばらく見惚れるのであった。




 そうして、彼女は前方への注意を怠ってしまった。


 そこで不運なことに、向こうから歩いてきた誰かにぶつかってしまう。




 ドンッ、と強めの衝撃を受け、彼女は後ろへバランスを崩した。


 咄嗟に身体をよじって、なんとかこけずに済んだものの――手が滑って、持っていた指輪を落としてしまった。




「………」




 本当に小さな声で「あっ……」と漏らした彼女は、指輪を見失ってしまった。


 こんな往来で、小さな指輪を無くすのは危険である。


 誰かに踏まれてしまうと、粉々に砕ける可能性が高いからだ。




「………」




 焦った彼女は、すぐにしゃがんで指輪を探す。


 キョロキョロと周りを見渡して、なにか光るものがないかと、視線を彷徨わせた。


 しかし、黄色は夕暮れに紛れると見えにくく、簡単に見つけ出すことはできない。




「………」




 『すみません、どなたか一緒に指輪を探してくれませんか?』と言った。


 だが、その声は小さく、人々には届かないようだった。




「………」




 それでもなんとか気付いてもらおうと、必死に声を張る。


 努力も虚しく、誰もが彼女の周囲を通り過ぎて行った。


 捜索に協力してくれる人物は、残念ながら現れそうにない。




 それならと、覚悟を決めて、孤独な捜索を続けた。


 けれども、やはり一向に見つからない。


 夕暮れが終わっていくのを背中で感じて、焦りを募らせた。


 小さな光の反射などは、どこにも現れないままだ。




 やがて陽はほとんど沈み、辺りはだんだんと暗くなっていく。


 そうなってから、彼女はようやく、暗がりで光る指輪を見つけ出した。


 急いで駆け寄り、状態を確認すると……




「………」




 指輪は割れていた。




 割れた音さえも聞こえぬまま、いつの間にか踏まれて、粉々になっていた。


 散り散りになった宝石の周りには、職人の意匠が無惨に壊れている。


 その欠片を、少女は何も言わずに集めていく。




「………」




 指輪を直すことは、おそらく難しい。


 宝石自体が砕かれてしまったため、修復は困難である。




 黙ったまま、彼女は欠片を集めきって、そっと立ち上がる。


 悲しみは後回しで、自分の不注意に強い後悔を感じた。


 ウェドになんと言えばいいのか分からない。




 一瞬、悔しさで泣きそうになっても、グッと堪えた。


 そして、酒場に行こうと振り返ると――ウェドの姿が、いきなり眼に入った。




「よ。なかなか来ねぇから探しにきたぜ」


「………」




 さっぱりした笑顔を見せて、少女に近寄るウェド。




「ん?」




 すると、彼はふと気付いた。


 相方の気落ちした表情と、その手のひらの上に置かれた残骸に。




「……シェヴィ、これは」


「………」




 彼が質問のために声を掛けると、シェヴィはすぐに頭を下げた。


 そして必死で口を動かす。ウェドに事情を伝えるため、彼女は聞こえない声で喋った。




「…………ばかやろう」




 ウェドは一言、そう呟いた。


 聞いたシェヴィは、申し訳なさそうに俯く。


 ウェドが怒るのは当然だ。せっかくあげた宝石が、資金にもならずに壊れてしまっているのだから。




 ――そう考えていたのは、シェヴィだけだった。




「宝石のことなんざ、どーでもいいんだよ」




 彼女の頭に優しく手を置いて、ウェドは眉を顰めた。


 そして、言葉を続ける。




「お前が変な連中に絡まれたんじゃねーかって、心配したんだぞ」


「………」


「へへ、無事で良かったぜ」




 野性的な笑みを浮かべて笑うウェドを、シェヴィはポカンと見つめた。


 そうして見つめた瞳の奥から、温かな優しさを受け取った。




 一度は堪えた彼女の涙は、今度は堪える間もなく流れ出た。


 少女の涙を見て、その理由が分からないウェドは慌てた。




「お、おいおい! なんで泣くんだよ!」


「………」


「って、泣きながら笑ってやがる……」


「………」




 ウェドに会って、最初にシェヴィが言うつもりだった一言は、「ごめんなさい」である。


 しかし、実際に出た言葉は、それとは真逆の言葉だった。




「………」


「シェヴィ……泣いても笑っても声は小せぇのな」


「………」


「あー、膨れるなよ! 顔の忙しいヤツだな!」




 今、声が聞こえなかったとしても、少女の気持ちは消えない。


 彼女が相方からもらった宝石は、もう一つ、心の中で煌めくのだった。

19時で統一してたのに

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