宝石
予約投稿ミスりましたぁぁぁぁ
冒険者パーティ・『ウィンドスウィプ』。
武闘家のウェド、治療術師のシェヴィからなる、2人組のパーティである。
2人でのダンジョン攻略は、人数が少ない分、お互いの負担も多い。そのため、疲労の蓄積は避けられない。
今日もなんとか攻略を終え、2人は疲れた身体と心を癒すべく、酒場に向かう。
「やっぱ酒場だな、ダンジョンの後は」
「………」
「心配すんな、シェヴィ。そんな遅くまで入り浸るつもりはねぇからよ」
「………」
「……ったく、信用してねぇな?」
シェヴィとしては、宿に帰ってゆっくりしたいのだが――相方であるウェドの気質に合わせ、賑わう酒場へ行くのだ。
彼女としては、豪遊も控えめに心掛けてほしいのである。
テーブルに並ぶお肉は美味しいけれど、そんなにいっぱい食べられないし。
ウェドはニヤリと笑うと、ダンジョンで手に入れた“ある物”を手渡す。
受け取ったシェヴィは首を傾げた。
「それ、プチヴィーグルの瞳。女子ってこんなん好きだろ」
「………」
どうやら彼は、少女の機嫌取りに宝石を寄越してきたらしい。
鮮やかに澄んだイエローを眺めつつ、なんだかなぁ……と、呆れるシェヴィ。
「ホントは売るつもりだったんだが、お前が欲しいならやるよ」
「………」
彼の言葉に、シェヴィは首肯を示した。
実のところ、彼女はこんなんが好きだったのである。
相方から宝石をもらって、少女は嬉しそうに微笑んだ。
――少女はふと、酒場へ着く前にやりたいことを思いつく。
せっかく宝石をもらったのだから、なにかアクセサリーにして身に着けたい。
そのため、宝石商に寄りたいと申し出た。
「………」
「ん? どこに寄りたいって?」
「………」
「ほ……せいそ?」
「………」
「ほう……えきじょ」
「………」
「おいおい、なんで貿易所に寄りてぇんだよ」
「………」
「おー、怒んなって。違うんだな、悪かった」
シェヴィの声は極端に小さいため、聞き取るのにも一苦労である。
意図を伝えるまでに時間が掛かるため、省略。
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かくして、彼女はなんとか目的の場所へ寄ることができた。
ウェドは先に酒場に入って、シェヴィを待つことにしたらしい。
『うーしっ、先に注文しといてやらぁ! お前はジュースだろ?』
気合いを入れて酒場へ臨む、無邪気な相方の姿を思い出すシェヴィ。
クスッと笑みを浮かべてから、彼女は宝石商の露店の前へ立った。
「いらっしゃい、お姉さん。どの宝石にします?」
「………」
宝石商の少年は、メインの客層である女性冒険者に対し、非常に愛想良く応対した。
シェヴィは小さな声を発しつつ、ウェドからもらった宝石を差し出す。
「おや? こちらは……ふむ、なるほど! かなりレアな宝石だ!」
「………」
「ふむふむ、お姉さんは奥ゆかしい声量でいらっしゃる。承りやした」
宝石を見た少年は、少女の意図を大まかに察して、それを受け取る。
「ちょっと時間が掛かるんで、それまで宝石でも見てってくだせぇ」
そして、加工作業に入る前の決まり文句を放って、すぐに背中を向けた。
言われた通り、シェヴィは露店に並ぶ宝石を眺めてみる。
色鮮やかに光る商品たちは、どれも煌びやかで、魅力的な光沢を帯びていた。
が、シェヴィにとっては、少し大げさ過ぎる光だった。
やっぱり、ウェドからもらった宝石が一番なのだった。
相方からのプレゼントの価値を改めて認識していると、商人の少年が声を掛けてきた。
「どうも、お姉さん。お待たせいたしやした」
彼の差し出した手のひらには、出来上がったピンキーリングがあった。
予想の何倍も早い完成に、シェヴィは思わず眼を丸くする。
少年はまた愛想良く笑うと、なんでもないように言う。
「ウチは仕事が早いんで、またよろしくお願いしやす」
確かに、どこの職人よりも早い仕事である。
用事があったら、またここに来ようと思うシェヴィであった。
――こうしてリングを手に入れた彼女は、酒場へと向かった。
試しにリングを小指に嵌めてみたかったが、今はやめておいた。
ウェドに見せる時、初めて嵌めてみる方が、一緒に感動できると思ったのである。
酒場で待つ相方の反応を想像して、彼女は胸を躍らせた。
指輪を空に持ち上げて、少し沈みかけた日に照らしてみると、薄いオレンジに染まる。
その色彩がとても綺麗で、しばらく見惚れるのであった。
そうして、彼女は前方への注意を怠ってしまった。
そこで不運なことに、向こうから歩いてきた誰かにぶつかってしまう。
ドンッ、と強めの衝撃を受け、彼女は後ろへバランスを崩した。
咄嗟に身体をよじって、なんとかこけずに済んだものの――手が滑って、持っていた指輪を落としてしまった。
「………」
本当に小さな声で「あっ……」と漏らした彼女は、指輪を見失ってしまった。
こんな往来で、小さな指輪を無くすのは危険である。
誰かに踏まれてしまうと、粉々に砕ける可能性が高いからだ。
「………」
焦った彼女は、すぐにしゃがんで指輪を探す。
キョロキョロと周りを見渡して、なにか光るものがないかと、視線を彷徨わせた。
しかし、黄色は夕暮れに紛れると見えにくく、簡単に見つけ出すことはできない。
「………」
『すみません、どなたか一緒に指輪を探してくれませんか?』と言った。
だが、その声は小さく、人々には届かないようだった。
「………」
それでもなんとか気付いてもらおうと、必死に声を張る。
努力も虚しく、誰もが彼女の周囲を通り過ぎて行った。
捜索に協力してくれる人物は、残念ながら現れそうにない。
それならと、覚悟を決めて、孤独な捜索を続けた。
けれども、やはり一向に見つからない。
夕暮れが終わっていくのを背中で感じて、焦りを募らせた。
小さな光の反射などは、どこにも現れないままだ。
やがて陽はほとんど沈み、辺りはだんだんと暗くなっていく。
そうなってから、彼女はようやく、暗がりで光る指輪を見つけ出した。
急いで駆け寄り、状態を確認すると……
「………」
指輪は割れていた。
割れた音さえも聞こえぬまま、いつの間にか踏まれて、粉々になっていた。
散り散りになった宝石の周りには、職人の意匠が無惨に壊れている。
その欠片を、少女は何も言わずに集めていく。
「………」
指輪を直すことは、おそらく難しい。
宝石自体が砕かれてしまったため、修復は困難である。
黙ったまま、彼女は欠片を集めきって、そっと立ち上がる。
悲しみは後回しで、自分の不注意に強い後悔を感じた。
ウェドになんと言えばいいのか分からない。
一瞬、悔しさで泣きそうになっても、グッと堪えた。
そして、酒場に行こうと振り返ると――ウェドの姿が、いきなり眼に入った。
「よ。なかなか来ねぇから探しにきたぜ」
「………」
さっぱりした笑顔を見せて、少女に近寄るウェド。
「ん?」
すると、彼はふと気付いた。
相方の気落ちした表情と、その手のひらの上に置かれた残骸に。
「……シェヴィ、これは」
「………」
彼が質問のために声を掛けると、シェヴィはすぐに頭を下げた。
そして必死で口を動かす。ウェドに事情を伝えるため、彼女は聞こえない声で喋った。
「…………ばかやろう」
ウェドは一言、そう呟いた。
聞いたシェヴィは、申し訳なさそうに俯く。
ウェドが怒るのは当然だ。せっかくあげた宝石が、資金にもならずに壊れてしまっているのだから。
――そう考えていたのは、シェヴィだけだった。
「宝石のことなんざ、どーでもいいんだよ」
彼女の頭に優しく手を置いて、ウェドは眉を顰めた。
そして、言葉を続ける。
「お前が変な連中に絡まれたんじゃねーかって、心配したんだぞ」
「………」
「へへ、無事で良かったぜ」
野性的な笑みを浮かべて笑うウェドを、シェヴィはポカンと見つめた。
そうして見つめた瞳の奥から、温かな優しさを受け取った。
一度は堪えた彼女の涙は、今度は堪える間もなく流れ出た。
少女の涙を見て、その理由が分からないウェドは慌てた。
「お、おいおい! なんで泣くんだよ!」
「………」
「って、泣きながら笑ってやがる……」
「………」
ウェドに会って、最初にシェヴィが言うつもりだった一言は、「ごめんなさい」である。
しかし、実際に出た言葉は、それとは真逆の言葉だった。
「………」
「シェヴィ……泣いても笑っても声は小せぇのな」
「………」
「あー、膨れるなよ! 顔の忙しいヤツだな!」
今、声が聞こえなかったとしても、少女の気持ちは消えない。
彼女が相方からもらった宝石は、もう一つ、心の中で煌めくのだった。
19時で統一してたのに