鳥・その2
千代千代
竜騎士マゼンタ。彼女の趣味は家事である。
生活の中に少しでもだらしない箇所があったら、すぐさま行動を開始する。
例えば今、家の床に僅かでもホコリが舞えば……
「あらぁ、お掃除しなくちゃ!」
と、掃除用具をテキパキ用意するのだ。
今日も今日とて、彼女は元気に箒を操っていた。
その姿は、さながら絵本の魔女のようである。クラスは竜騎士だが。
彼女が床を掃いていると、食卓の隣にぶら下がる、あるカゴが眼に留まった。
カゴの中には一羽の鳥が、木の橋の上でジッとしている。
鳥はそのまま動かずに、マゼンタを見つめ返していた。
「うふふ」
彼女は優しく微笑み、鳥へ手を振った。
相手は獣ゆえ、反応はない。
それでも、彼女は満足した様子で、掃除を再開する。
「おそうじ、おそうじ~♪」
心地よいリズムをサッサと鳴らしながら、鼻歌を歌うのだった。
――鳥の名は……まだ名はない。種族名は“カラドリウス”。
白い毛に包まれた清らかな身体で、2枚の翼を素早く翻す。
黄色いクチバシを半開きにして、小さく丸い眼で彼が眺めていたのは、未知なる生物の姿であった。
とはいえ、その像は鮮明ではない。
生まれた頃、彼の見る景色は緑が多かった。
色だけで認識していた世界は、日々の瞬きを経て、だんだんと輪郭を現した。
最初に彼を見つめていたのは、どことなく彼に似た存在だった。
今、視界の中で鳴く大きな生物は、彼とはかけ離れた存在だった。
どこか懐かしい木の橋の上で、彼はただ、世界を観察していた。
~~~~~~~~~~
カラドリウスが曖昧な視界を見つめていると、いくつかの像が群れているのを見つけた。
どうやら、生物が集まって、なにかをしているようだった。
「じゃあマックス、私はエサを作ってくるね!」
「おう。なるべく柔らかくしてくれよな」
「任せてっ!」
知らない言葉で話して、声の高い者はどこかへ去っていった。
カラドリウスには、その内容はまったく分からない。
だが、両生物が敵対関係にないことだけは理解できる。
去っていった方に比べて声の低い生物は、その場に残ったようだ。
その者は、しばらくそこに居た。
なにをしているかは、ぼやけた視界によって定かではない。
しばらく経つと、また生物の声が聞こえた。
カラドリウスにとっては、聴き分けのできない鳴き声だった。
すると、動かずにいた生物が視界から外れる。
「よ、マックス。遊びに来たぞ」
「ウォッチ……今日は帰れよ、忙しいから」
「は? 嘘つけ。お前さっき、本呼んでただけじゃん」
なにやらペラペラと喋って、生物たちは再び視界の中へ入ってきた。
奇妙にも、この生物の鳴き声は、解釈できないわりに多彩な響きを持っていた。
どこか心地よく、どこかヘンテコな、理解にまで至らない音の連続。
それによって意思疎通をしている様子は、なにか独特の異様をカラドリウスに感じさせた。
「仕方ねーな……オセロするか」
「いや、帰れよ」
「1回だけ! これやったら帰る!」
「ったく、迷惑なやつ」
両生物は対立したのか、左右に分かれた。
これから始まるのは対決なのだろうと、カラドリウスにも直感できた。
同種族での対決ならば、メスの奪い合いであろうか。おそらく、声の高いのを奪い合っているのだ。
カラドリウスは翼を1度だけ翻し、またジッと対決を眺める。
そこで行われているのは、取っ組み合いではないらしい。
彼は首を突き出して、もう少し光景の鮮明さを求めた。
すると、なぜか辺りの景色が晴れた。
彼は首を傾げて、木の橋を羽ばたいて降り、最大限まで景色に寄る。
やはり景色は、殊更に晴れた。
おもむろに鮮明になった景色の中で、彼は様々なことを知覚した。
生物たちが行っている対決らしきものが、終始威嚇に徹していること。
周りを見ても、やはり緑色がない。ここは自分の生まれた場所とは違う。
知覚の最中で、カラドリウスはさらに鮮明な景色を得た。
それは、対決の様子が一瞬でブレて、あらゆる経過を省略し、決着している様子であった。
片方の生物は項垂れて、もう片方は無骨な翼を振り上げている。
「――難しい局面だぜ」
「マックス、早くしろよな」
決着の風景は一瞬で掻き消え、再び対決の渦中へと戻る。
今しがた聴いた奇妙な鳴き声によると、どうやら項垂れていた方が“マックス”らしい。
マックス。それは生物の名であろうか。
自分の名さえ知らないカラドリウスは、新たな諸々の刺激に首を傾げるしかなかった。
そこへ、見覚えのある色と声がやって来た。
どうやら、あれが奪い合っているメスらしい。
「あれ、ウォッチ! いつの間に来てたの?」
「……え!? レイア、なんでここに!?」
彼の生物において、顔に位置するであろう部位は、非常に滑らかに変化する。
改めて認識すると、どうやら鳴き声のみで意思疎通を行っているのではなさそうだ。
空も飛べそうにない彼らの翼さえも、漏れなく意思疎通のために扱われているように見えた。
「マックス、お前もしかして……早く帰れってのは」
「いや、別に? レイアが来てるのに、お前が居たら邪魔だから帰れとか思ってないぜ?」
「思ってただろっ!」
彼らは翼や顔でなにかを通達していたが、次の瞬間には、おなじみの戦闘を始めた。
今まで静かな勝負だけを行っていた生物たちは、ここで初めて取っ組み合った。
やはり、こういった戦闘はメスの前で行われるのが常なのであろう。
「レイアに会わせないようにしただろ、このヤロー!」
「うるせぇっ、オセロだけしに来やがって! ヒマか? ヒマなのか!」
「や、やめてよ2人とも! ほ、ほら、まだオセロの途中でしょ?」
カラドリウスが戦闘を眺めていると、またも景色がブレた。
しかし、今度の映像は対決の結果ではない。
なにかは不明だが、マックスとメスが向き合って、なにごとか話している。
『実は俺、レイアのことが好きなんだ。恋人になってくれ』
『ごめんね、マックス。私、キミのことをそういう風には見れないよ』
『え…………』
『こんなこと言っておいて、図々しいとは思うけど……これからも友達として仲良くして欲しいな』
マックスがまた項垂れるところで、映像は途切れた。
引き戻された視界には、また静かな威嚇対決を行う彼らが居た。
カラドリウスは直感した。
マックスという生物は、メスを我が物にできなかったのだろうと。
まあ当然だ。対決に負けているのだから、その資格はない。
対決の結果も、求愛の結果も、カラドリウスはすべて見通してしまった。
そのため、彼は眼前の緊張した光景に、一切の関心を失った。
喉の渇きを潤すため、彼は池の水を飲み下した。
エサは砕いた粟




