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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
154/171

鳥・その2

千代千代

 竜騎士マゼンタ。彼女の趣味は家事である。


 生活の中に少しでもだらしない箇所があったら、すぐさま行動を開始する。


 例えば今、家の床に僅かでもホコリが舞えば……




「あらぁ、お掃除しなくちゃ!」




 と、掃除用具をテキパキ用意するのだ。


 今日も今日とて、彼女は元気に箒を操っていた。


 その姿は、さながら絵本の魔女のようである。クラスは竜騎士だが。




 彼女が床を掃いていると、食卓の隣にぶら下がる、あるカゴが眼に留まった。


 カゴの中には一羽の鳥が、木の橋の上でジッとしている。


 鳥はそのまま動かずに、マゼンタを見つめ返していた。




「うふふ」




 彼女は優しく微笑み、鳥へ手を振った。


 相手は獣ゆえ、反応はない。


 それでも、彼女は満足した様子で、掃除を再開する。




「おそうじ、おそうじ~♪」




 心地よいリズムをサッサと鳴らしながら、鼻歌を歌うのだった。




 ――鳥の名は……まだ名はない。種族名は“カラドリウス”。


 白い毛に包まれた清らかな身体で、2枚の翼を素早く翻す。


 黄色いクチバシを半開きにして、小さく丸い眼で彼が眺めていたのは、未知なる生物の姿であった。


 とはいえ、その像は鮮明ではない。




 生まれた頃、彼の見る景色は緑が多かった。


 色だけで認識していた世界は、日々の瞬きを経て、だんだんと輪郭を現した。


 最初に彼を見つめていたのは、どことなく彼に似た存在だった。


 今、視界の中で鳴く大きな生物は、彼とはかけ離れた存在だった。




 どこか懐かしい木の橋の上で、彼はただ、世界を観察していた。


~~~~~~~~~~


 カラドリウスが曖昧な視界を見つめていると、いくつかの像が群れているのを見つけた。


 どうやら、生物が集まって、なにかをしているようだった。




「じゃあマックス、私はエサを作ってくるね!」


「おう。なるべく柔らかくしてくれよな」


「任せてっ!」




 知らない言葉で話して、声の高い者はどこかへ去っていった。


 カラドリウスには、その内容はまったく分からない。


 だが、両生物が敵対関係にないことだけは理解できる。




 去っていった方に比べて声の低い生物は、その場に残ったようだ。


 その者は、しばらくそこに居た。


 なにをしているかは、ぼやけた視界によって定かではない。




 しばらく経つと、また生物の声が聞こえた。


 カラドリウスにとっては、聴き分けのできない鳴き声だった。


 すると、動かずにいた生物が視界から外れる。




「よ、マックス。遊びに来たぞ」


「ウォッチ……今日は帰れよ、忙しいから」


「は? 嘘つけ。お前さっき、本呼んでただけじゃん」




 なにやらペラペラと喋って、生物たちは再び視界の中へ入ってきた。


 奇妙にも、この生物の鳴き声は、解釈できないわりに多彩な響きを持っていた。


 どこか心地よく、どこかヘンテコな、理解にまで至らない音の連続。


 それによって意思疎通をしている様子は、なにか独特の異様をカラドリウスに感じさせた。




「仕方ねーな……オセロするか」


「いや、帰れよ」


「1回だけ! これやったら帰る!」


「ったく、迷惑なやつ」




 両生物は対立したのか、左右に分かれた。


 これから始まるのは対決なのだろうと、カラドリウスにも直感できた。


 同種族での対決ならば、メスの奪い合いであろうか。おそらく、声の高いのを奪い合っているのだ。




 カラドリウスは翼を1度だけ翻し、またジッと対決を眺める。


 そこで行われているのは、取っ組み合いではないらしい。


 彼は首を突き出して、もう少し光景の鮮明さを求めた。




 すると、なぜか辺りの景色が晴れた。


 彼は首を傾げて、木の橋を羽ばたいて降り、最大限まで景色に寄る。


 やはり景色は、殊更に晴れた。


 おもむろに鮮明になった景色の中で、彼は様々なことを知覚した。




 生物たちが行っている対決らしきものが、終始威嚇に徹していること。


 周りを見ても、やはり緑色がない。ここは自分の生まれた場所とは違う。




 知覚の最中で、カラドリウスはさらに鮮明な景色を得た。


 それは、対決の様子が一瞬でブレて、あらゆる経過を省略し、決着している様子であった。


 片方の生物は項垂れて、もう片方は無骨な翼を振り上げている。




「――難しい局面だぜ」


「マックス、早くしろよな」




 決着の風景は一瞬で掻き消え、再び対決の渦中へと戻る。


 今しがた聴いた奇妙な鳴き声によると、どうやら項垂れていた方が“マックス”らしい。


 マックス。それは生物の名であろうか。


 自分の名さえ知らないカラドリウスは、新たな諸々の刺激に首を傾げるしかなかった。




 そこへ、見覚えのある色と声がやって来た。


 どうやら、あれが奪い合っているメスらしい。




「あれ、ウォッチ! いつの間に来てたの?」


「……え!? レイア、なんでここに!?」




 彼の生物において、顔に位置するであろう部位は、非常に滑らかに変化する。


 改めて認識すると、どうやら鳴き声のみで意思疎通を行っているのではなさそうだ。


 空も飛べそうにない彼らの翼さえも、漏れなく意思疎通のために扱われているように見えた。




「マックス、お前もしかして……早く帰れってのは」


「いや、別に? レイアが来てるのに、お前が居たら邪魔だから帰れとか思ってないぜ?」


「思ってただろっ!」




 彼らは翼や顔でなにかを通達していたが、次の瞬間には、おなじみの戦闘を始めた。


 今まで静かな勝負だけを行っていた生物たちは、ここで初めて取っ組み合った。


 やはり、こういった戦闘はメスの前で行われるのが常なのであろう。




「レイアに会わせないようにしただろ、このヤロー!」


「うるせぇっ、オセロだけしに来やがって! ヒマか? ヒマなのか!」


「や、やめてよ2人とも! ほ、ほら、まだオセロの途中でしょ?」




 カラドリウスが戦闘を眺めていると、またも景色がブレた。


 しかし、今度の映像は対決の結果ではない。


 なにかは不明だが、マックスとメスが向き合って、なにごとか話している。




『実は俺、レイアのことが好きなんだ。恋人になってくれ』


『ごめんね、マックス。私、キミのことをそういう風には見れないよ』


『え…………』


『こんなこと言っておいて、図々しいとは思うけど……これからも友達として仲良くして欲しいな』




 マックスがまた項垂れるところで、映像は途切れた。


 引き戻された視界には、また静かな威嚇対決を行う彼らが居た。




 カラドリウスは直感した。


 マックスという生物は、メスを我が物にできなかったのだろうと。


 まあ当然だ。対決に負けているのだから、その資格はない。




 対決の結果も、求愛の結果も、カラドリウスはすべて見通してしまった。


 そのため、彼は眼前の緊張した光景に、一切の関心を失った。


 喉の渇きを潤すため、彼は池の水を飲み下した。

エサは砕いた粟

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