鳥
その2があるタイプの話。
人と魔物の関係は、ほとんどは対立している。
しかし稀に、人の中にも魔物を愛する者がいる。
魔物使いのマックス少年は、そんな人間の1人――
「いや、魔物は敵だろ」
というわけでもなかった。
魔物使いだからといって、魔物に対する価値観が一般人と違うとは限らない。
それどころか、彼は普通に魔物を殺せる。冒険者であるため。
けれど、腐っても魔物使いだ。いや、勝手に腐らせるのはお門違いだ。
他のクラスを取った冒険者に比べて、彼の有する魔物の知識は豊富である。
魔物の生態はもちろんのこと、棲息するダンジョンや身体的特徴など、様々なことを知っていた。
そういう彼を見込んで、ひょっこり頼みごとをしてきたのが、あるパラディンの少女。
名をレイアという。元気で優しい、街の人に愛される娘だ。
マックスとその姉が住む一軒家を訪問した少女は、声を張ってこう言う。
「そんなこと言わずに、お願いっ! 私、マックスしか頼める友達がいないの!」
頻りに頭を下げて懇願する彼女は、マックスに両手を差し出し、手のひらに乗るものを見せつけた。
彼女が持っているのは、白い身体をした小鳥――“カラドリウス”という魔物の赤ちゃんだ。
話によると、親とはぐれていたそうだ。ついつい哀れに思い、ダンジョンから拾ってきてしまったらしい。
そんな事情で急に連れてこられても、マックスとしては迷惑でしかなかった。
魔物を育てるのには、育成方法くらい下調べしておくのが常識だ。
そうしないで向き合うのは、いくら相手が魔物と言えども、1つの命に対してあまりにも不誠実。
育てるからには責任を持つべきで、そう易々と受け入れることはできなかった。
「ごめん、悪いけど……その子は野生に帰してやるのが一番――」
「で、でもね、この子はホントにかわいそうなんだよ。だって、お父さんもお母さんもがいないまま、ダンジョンの中で鳴いてたんだよ? どのくらい寂しかったか……私には想像もつかないけど、見て見ぬフリなんてできなかった! ねぇ、お願いだよ~……魔物に詳しいマックスなら、この子のお世話だってできるでしょお? わ、私も手伝うから、もちろん! どれくらい役に立つか分かんないけど、マックスの助けになれるように頑張る! えへへ、なんだってするよ! うん!」
「レイア……」
野生に帰してやるのが、一番良い選択であること。
それを承諾するには、レイアは些か優しすぎた。そして、同じくらい無知で暢気だった。だが、その倍は健気だった。
少女が必死で伝えてくる、眩しいほどの善意と熱意。それを受けて、マックスは非常に困った。
難しい顔で、しばし考え込む。
すると、そこで1つ、打算を閃いた。
(レイアが手伝うってことは、コイツの世話をしてるだけで、2人で会う口実とか作り放題なんじゃね……?)
そう気付いた瞬間に、彼はニヤける。
そして、きょとんとするパラディンの少女に、魔物の価値と自分の勝ちを確信した。
彼はすぐに手のひらを返して、魔物を預かることに決めた。
「まっかせなさい。俺が責任を持って世話してやる」
「ほ、ホント!? ありがとぉ~、マックス~……!」
「その代わり! これからは毎朝、俺の家へ来るようになっ」
快く首肯を示し、「うんっ!」と嬉しそうに笑うレイア。
そんな少女を見て、少年はさらにだらしなく、口の端を持ち上げた。
かくして、不誠実な魔物使いの少年は、幸運にも好きな人との時間を確保した。
~~~~~~~~~~
そして、魔物を預かった翌日。
「マックス~! おっはよ~!」
マックスの家へ、またも元気にやって来たレイア。
起き抜けに彼女の声を聞いて、性懲りもなくニヤニヤするマックス少年である。
さて、魔物の様子は特に変わりない。
昨日と同じように、時折『ピー、ピー』と鳴いては、小首を傾げるだけだ。
それは小鳥の仕草とまったく同一であった。
赤子の入ったカゴの中を、少女が覗き込む。
中から響く愛らしい鳴き声を聞いて、我慢できずに微笑んだ。
「か、かわいいぃ~……! リザちゃんにも見せてあげたいよぉ~」
「かわいい……」
言葉の上では追従したマックスだが、真の追従ではない。
彼の視線はレイアの方へ向いていて、それで発言したのだから。
小動物にメロメロな横顔にも愛嬌が備わっていて、彼の心を離してくれないのである。
彼は初めて、魔物になりたいと思った。あざとい魔物へ嫉妬した。
その後で、ちょっと虚しくなった。
(俺の恋敵、コイツかよ……)
肩を落とし、落胆。
そんな少年の気持ちも知らずに、レイアは無邪気に笑う。
「えへへ、やっぱりマックスに頼んで良かった! ワガママ聞いてくれてありがとねっ!」
「え!? お、おうよ……!! ったく、しょうがないヤツだぜ、レイアは。でも、困ったら俺のとこに来な……!」
「あはは! そんなこと言ったら、エンリョなく頼りにしちゃうよ~」
マックスを友達としか見ていない彼女は、冗談っぽく掛け合うのみである。
それでも、こうしてふざけるだけの時間は、少年の気持ちを弾ませた。
「ピー」
「あ」
そういう束の間を邪魔して、魔物が鳴く。
もちろん、レイアの眼はスッと魔物の方へ移った。
それは当然だが、また落胆してしまうマックス。
再びカゴを覗き込んで、レイアは首を傾げる。
「お腹が空いてるみたいだね」
物欲しそうに鳴く鳥を見て、彼女はそう考えたらしい。
マックスは首を振った。
「あー、違うよ。カラドリウス”ってのは、10日くらい餌をやらなくても全然平気なんだ」
「そ、そうなの? じゃあなんで……」
「多分だけど……」
そこまで言って、彼はじっと小鳥を見つめる。
小鳥の方も、彼を見つめ返す。
しばらくすると、再び「ピー」と鳴くのであった。
殊更に首を傾げて、レイアは問う。
「なにをしてるの?」
「カラドリウスはさ。親鳥に見つめてもらえないと、すごく不安になるんだって」
――カラドリウスという魔物は、万物の過去と未来を見通すことができる。
だが、幼児期はその能力が不安定であるため、たびたび視界がぼやけてしまうのだ。
なので、親鳥に見つめてもらうことで安心しようとする。
「コイツが鳴くのは、親鳥に見つめてもらうための合図なんだよ」
「そうなんだぁ……さすがマックスだねっ」
「いやぁ、当然だって。当然。俺は魔物使いだから」
「そういう姿勢もさすがだよー!」
カラドリウスの習性については、昨日の間に必死で頭に入れた。
すべては、こうしてレイアにイイところを見せるために。
魔物図鑑と対峙し続けた努力が、しっかり報われたのだ。
彼はレイアに背中を見せ、バレないようにガッツポーズをした。
「マックス?」
すると、急に後ろを向いたのを気にして、レイアが顔を覗き込んでくる。
彼女の顔は、おもむろに少年へ急接近した。
「うぇッ!?」
少年は顔を真っ赤にして、すかさず後方へ飛び退く。
「ど、どしたの? 大丈夫?」
「わわっ、な、なんでもねーって……!」
「えー? なにか隠してるのかなぁ」
鈍いレイアは全然気付かず、イジワルな笑みを浮かべて、また近寄って来た。
隠し事を暴いてしまおうと、かなり乗り気である。
照れているのを咄嗟に隠そうとして、マックスはカラドリウスのカゴを隔てた。
カゴの向こうに隠れた彼へ、レイアは楽しそうに笑った。
「隠しごとは良くないよぉ、マックス?」
「なんも隠してないっつの!」
「まーてぇ~!」
そうして、2人はカゴをグルグル回って、追いかけっこする。
その様子は平和で、友人同士の楽しいじゃれ合いであった。
交互に眼に映る親代わりの2人を、カラドリウスはじっと見ていた。
何度もパチパチ瞬きして、ふやけた未来で曖昧な視界を、ただ眺めていた。
その2で終わるタイプの話。




