睡眠品評会
ぐうぐう。
冒険者ギルドのロビー、その一角で、5人の男女が沈黙していた。
ショルテはネアと顔を突き合わせて、自分の発言を後悔した。
――さきほど、ダンジョンで集めた素材を、ギルドの隣にある素材換金所へ売却しにいった彼。
そこで、商人にこう聞かれた。
『珍しいなぁ、あんたが素材を持ってくるなんて! どういう風の吹き回しです?』
『まあな……ちょっと、知らんクソガキと遊んできた』
『はい? どういうこと?』
伝える気などサラサラなく、何の気なしに言った言葉。
それを捕まえたのは、商人ではなく、傍から聞いていた娘だった。
『その話。詳しく聞かせてもらえますか』
『……あぁ?』
彼女は鋭い眼差しでショルテを睨みつけながらも、表面だけは笑みを浮かべていた。
――そんなこんなで、いつの間にか話し合いに持ち込まれてしまう。
しかも、同席者がなぜか2人増えていた。
彼らはそれぞれ、自らを『ジャック』『シュタイン』と名乗った。
「それじゃあ、聞かせてもらいますよ、ショルチさん」
「違ぇよ。ショルテだ」
いきなりショルテの名を間違える、そそっかしいネア。
しかし、彼女は謝りもしない。
その態度は、ショルテに多少の不快感を与えた。
「ふふ。私がメルチで、彼がショルテ」
メルチはもう一度だけ名を確認させ、妖しく微笑む。
そんな彼女にも、ネアはやはり礼を言わない。
その代わりに、非常に訝し気な視線を送った。
「で、あなた達は会ったんですよね? テリに」
名前などどうでもいいと言わんばかりに、彼女は本題に入った。
相手を誘拐犯かなにかと決めつけた、とても不躾な態度だ。
癪に障ったショルテは、おもむろに席を立つ。
「どこ行くんですか?」
「お前らの居ねェとこ」
「ダメです」
ダメです、とか言われても、そんな警告を聞く義理はない。
彼はネアへ馬鹿にするような笑みを向け、その場を後にした。
そこへまた声を掛けるのが、同席したジャック。
「待ってください……僕らはただ、彼女たちのことが心配なんです。なにか知っているのなら、教えて頂けませんか?」
彼は多少、態度を弁えているようだった。
しかし、ショルテは納得しない。態度のデカい小娘が嫌いな青年だった。
「知るか、ヴォケ。俺ァな、人助けのなんぞ興味がねぇんだよ」
またも馬鹿にする笑みを残し、立ち去ろうとする。
案の定、また引き留められた。
彼の服の袖を引っ張ったのは、メルチであった。
「……テメェ、なんのつもりだ」
「ねぇ、助けてあげましょう?」
[ざけんな」
「でも……」
彼女らしからぬ善寄りな行動である。
なにがキッカケでこんなことを言うのか、ショルテは考えてみた。
(コイツ……あのガキ共に興味でも持ったのか?)
2人は互いを見つめたまま、一言も発さない。
ショルテは見下し、メルチは上目遣いで、相手の様子を伺っていた。
しばらく経つと、ショルテの方が言った。
「ボランティアは一人でやれ」
「ショルテが行かないなら、私も行かないわ」
メルチは首を振って、彼の袖をクイクイ引く。
どうやら彼女は、またショルテとダンジョンに潜りたいだけらしい。
「じゃあ行かねぇ」
「つまらないの」
ショルテが頑なに拒否すると、彼女は寂しそうに笑いつつ、引き下がってしまった。
「お、お前らはなんなんだよ……」
一連の流れを見て、呆れたシュタインが思わずそう言う。
なんとなく行きそうな雰囲気もあったのに、普通に時間の無駄だ。
ショルテはあくびをしながら、面倒くさそうに言い捨てた。
「森の奥に、棺のダンジョンがあるだろ。そこに取り残してきた」
「取り残してきた、ですって!? なんて酷いことを!!」
「女のくせにデカい声出すな、耳が痛ェから」
「……ッ!! ショルチさん、あなたは……!!」
彼の無責任さに怒りを覚えつつも、ともかく情報を得たネアたちは、すぐに言われた場所へ向かった。
~~~~~~~~~~
広大な森に隠された洞穴は、ネア達を怯えさせるように口を開けていた。
が、そんなものに彼女らは興味が無い。
ただ、その前で倒れ伏した、2人の少女にだけが眼に映っていた。
「テリ……!?」
「ファニー!」
シュタインとネアが見たのは、額を寄せ合って眠る、ファニーとテリ。
彼女たちは幸せそうに微笑みながら、静かに眼を瞑っている。
そんな光景を見ただけでは、なにが起こったのか定かではない。
だが、確実に言えることは一つある。
「良かったぁ……っ、テリが無事で……!!」
少女たちは、ちゃんと生きていた。
ネアは大粒の涙を流しつつ、すぐにテリを抱き上げようとした。
が、同行したジャックが、そんな彼女を制した。
「ごめんね。待っておくれ、ネアさん……」
「なっ? なんですか……?」
ネアは制止に従いつつも、今にも動きたそうにウズウズする。
すると吟遊詩人は、まるで詩を吟ずるような口調で言う。
「少女たちはきっと、夢を見ているから」
愛おしげな優しい眼差しを、2人の少女へ向けながら笑った。
彼の言葉通り、少女たちの眠る姿は、まさに美しい絵画を切り取ったようだ。
その幸福な表情からは、平凡な夢など露も想像できない。
そんな美を引き離すのは、なんだか躊躇われた。
そのために、ネアは素直に頷くと、心惜しそうに引き下がる。
「この子。シュタインさんの娘さんですよね」
ネアは弱く微笑みつつ、シュタインに目線を向ける。
それを受け取った彼は、照れながら笑った。
「はっはっは……まさかウチの子が、森の精みたくなってるとは……」
娘の眠る姿があまりにも神聖なので、彼はちょっと驚いていた。
普段は涎を垂らしているし、寝相もかなり悪いため、ギャップが凄い。
なので、この美しさは、隣に眠るテリのおかげだと考えていた。
「それにしても、テリちゃんは綺麗な子だな……ネア」
反対に、ネアも美しさの根本をファニーに置いていた。
ファニーの微笑みは、なにか深遠な儚さを感じさせる、奥ゆかしいものだ。
この子にならテリをあげてもいいとか、思わずそんなことを考えるほど。
「テリは確かに可愛いです。だけど、この光景が儚いのは、きっと――ファニーちゃんが笑ってるからですね」
ネアの言葉で、シュタインはまた驚く。
が、言われてみると、そう見えるような……いや、やっぱり違う。
確かにファニーは普段と違うが――普段と違う彼女は、普段の彼女と同一人物か?
3人の大人が少女たちの眠りを鑑賞する、おかしな光景。
その変な状況に水を差したのは、2人より先に起きていたファニーだった。
「――ジャックー! なにやってるのー?」
彼女はジャックを見るなり、興奮した様子で声をかける。
探していた少女を見つけた吟遊詩人も、パッと明るい顔になった。
「ファニー! やっと見つけた……!」
「わたしのことー、さがしてたのー?」
「そうさ……! ごめんよ、僕が君と一緒に居さえすれば……!」
「ううん、いいのー! おもしろいことー、たくさんあったからー!」
ベリーは嬉しそうに笑って、ジャックが謝るのを流す。
その心中では、精細な評論を組み立てていた。
(ファニーちゃんのほほえみはもちろんだけど、テリちゃんのことをたしかめるような手つきでかみをなでる、そのたんびてきなし草が一ばんのムフフポイントだよー)
ファニーちゃんの微笑みは勿論だけど、テリちゃんのことを確かめるような手つきで髪を撫でる、その耽美的な仕草が一番の夢婦腐ポイントです。