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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
生活の章
15/171

占星術

ぬいぐるみってクレイジーです。

「ケビン様、御用はおありですか?」


「いや、今はいい。オディールは休んでいてくれ。」


「かしこまりました。」




 ケビンという青年は、冒険者である。


 クラスは占星師で、予言の的中率が恐ろしく高いことで有名だ。


 そんな彼に仕えるメイドのオディールは、主人のことを愛していた。




 しかし、彼女は自らの愛をケビンに囁くような行為を良しとしなかった。


 自らの身分はメイドであり、主人と結ばれようなどと考えることは思い上がりだ。


 その考えのもと、彼女はケビンに一切手を出さなかった。




「………」


「では、失礼致します。ケビン様。」


「ああ。」




 占星術の精度を高めようと、なにやら奇妙な動作を行うケビン。


 そんな彼の邪魔にならぬよう、部屋に引っ込むオディール。


 彼らの関係は、メイドの内面の事情を知らない者には、ただの主従に見えた。




 しかし、いくらオディールが誠実な性格であっても、我慢には限界がある。


 オディールは自分に与えられた部屋に帰り、小さなテーブルのまえに座ると、そこに置かれた本を開いた。




「ケビン様は今日も優美な視線をしていらっしゃる。エロティックですわ。」




 彼女はペンを手に取ると、開かれたページにとんでもないスピードで筆を走らせる。


 ケビンとの生活を記録するため、オディールは細かく日記を書いているのだ。




「我がご主人様の視線、天衣無縫の叙情性ですわ。いかなる文豪も文字に出来ない、極彩色の抽象性を帯びていますわ。」




 なんだかよく分からないことを呟きながら、彼女は思いついたことを片っ端から書いた。


 数学者の数式メモのように雑然とした記録をつけると、彼女は次の仕事に取り掛かる。




「さ、今度はぬいぐるみのお手入れをしませんと!」




 彼女が洋服タンスを開けると、中からは洋服ではなくぬいぐるみが現れた。


 それは等身大のケビンの人形であった。




「ああ、いつの間にかこんなところが解れている…昨日、酷使し過ぎたのですわ!」




 人形を酷使するという、想像しがたい事をサラッと言ったオディール。


 どのように使っているのか、という点に関して、語り手の立場から言えることはない。


 こちらとしても、語りたい部分と語りたくない部分がある。


 この状況に関して言えば、もちろん後者だ。




「オディール!」


「はっ!ケビン様が私をお呼びですわっ!!」




 彼女がケビンを編み直していると、少し遠くからケビンの声がした。


 本物の声を聞いたオディールは、人形を慌ててしまうと、急いでケビンの元へ駆けた。




「お呼びでしょうか、ケビン様。」




 ケビンの待つ部屋の扉を開けた途端、いつも通りのクールな使用人を装うオディール。


 ケビンはなにも気付いてはいない。




「相変わらずとんでもないスピードだな。ご苦労。」


「主がお呼びになられたのですから、当然の事です。」


「それほど肩に力を入れて仕える必要はない。もう何年も生活を共にした仲だろう?」


「…はい。お優しい心遣い、ありがとうございます。」


「ふふ、その素直で清楚な面も、お前の良い所だ。」




 ケビンはオディールを高く評価していた。


 というよりも、もうほとんど彼女を信用しきっていた。


 彼女はずっと自分の傍で仕えてくれるのだと、根拠もなく思っているのだった。




「用と言う程ではない。お前が良ければだが…少し、占星術に付き合ってくれないか?」


「かしこまりました。では、私はなにをすれば…」


「ただそこに座って、俺の質問に答えてくれればいい。」


「…それだけ、ですか?」




 あまりにも簡単な内容だったので、生真面目なオディールは少し驚いた。


 そんな彼女の様子を微笑ましく感じつつ、ケビンは占星術の準備を進める。


 椅子に座ったオディールは、なんだかそわそわしていた。




(ご主人様、一体何をされるおつもりなのでしょうか。私の心を見透かされる、なんてことは?)




 そんな不安を抱えながら、彼女は質問を待つ。


 ケビンは準備を終え、まず最初の問いを投げかけた。




「魔獣の捕らえられた檻があるとする。その檻の中に立っているのは誰だ?」




 彼は、なにかを捏ねているかのように、手を奇妙に動かしながら、オディールを見る。


 オディールはその質問に、素直に答えた。




「テレサ様です。」


「…テレサ?そ、そうか。」




 テレサとは、ケビンと同じパーティに所属する女剣士だ。


 その回答がどのような意味を持つか定かではないが、ケビンは少し動揺した。




「で、では次だ。先程の魔獣の背に乗っているのは?」


「アバトライト様です。」


「ふむ。そうか。」




 アバトライトは、ケビンと同じパーティに所属するパラディンの男だ。


 ケビンは納得したような表情を見せると、最後の質問に移る。




「では、檻の中を外から見物しているのは誰だ?」


「私と、ケビン様です。」


「…ふ、二人か?」


「申し訳ございません、なにか至らぬ点がございましたでしょうか?」


「いや、いい。では占星の結果を教えよう…」




 ケビンは一番目から順に、回答の持つ意味をオディールに説明した。


 それによれば、一番目に挙げた人物は嫌いな人であり、テレサはオディールの嫌いな人という結果になった。


 そして二番目は、尊敬する人…つまり、アバトライトだ。


 三番目は、興味の無い人物である。




「オディールは私に興味がなかったのか…そうか。」


「いえ、あの、ケビン様…これは、なにかの間違いでは?」


「…そうかもしれない。少し結果がおかしかったからな。」


「ええ、きっとそうですわ。お役に立てず、申し訳ございません。」


「いや、いい。俺もまだまだ、修行を積まなければな。」




 実際のところ、オディールはテレサが嫌いであった。


 実は、ケビンに色目を使う下賤な女だと思っていた。


 アバトライトに関して言えば、ただ魔物に乗っていそうだというイメージから、適当に挙げただけであるが。




(ケビン様と動物園に行きたいですわ。)




 三つ目は、彼女の願望の表れである。


 間違いと言えば間違いであったが、彼女は別に嘘をついたわけではなかった。




(オディールは良い従者だが、俺には興味がなかったのか。これは寂しいな…)




 それとは知らず、ケビンは結果に落ち込むのであった。

30話までは毎日更新

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