占星術
ぬいぐるみってクレイジーです。
「ケビン様、御用はおありですか?」
「いや、今はいい。オディールは休んでいてくれ。」
「かしこまりました。」
ケビンという青年は、冒険者である。
クラスは占星師で、予言の的中率が恐ろしく高いことで有名だ。
そんな彼に仕えるメイドのオディールは、主人のことを愛していた。
しかし、彼女は自らの愛をケビンに囁くような行為を良しとしなかった。
自らの身分はメイドであり、主人と結ばれようなどと考えることは思い上がりだ。
その考えのもと、彼女はケビンに一切手を出さなかった。
「………」
「では、失礼致します。ケビン様。」
「ああ。」
占星術の精度を高めようと、なにやら奇妙な動作を行うケビン。
そんな彼の邪魔にならぬよう、部屋に引っ込むオディール。
彼らの関係は、メイドの内面の事情を知らない者には、ただの主従に見えた。
しかし、いくらオディールが誠実な性格であっても、我慢には限界がある。
オディールは自分に与えられた部屋に帰り、小さなテーブルのまえに座ると、そこに置かれた本を開いた。
「ケビン様は今日も優美な視線をしていらっしゃる。エロティックですわ。」
彼女はペンを手に取ると、開かれたページにとんでもないスピードで筆を走らせる。
ケビンとの生活を記録するため、オディールは細かく日記を書いているのだ。
「我がご主人様の視線、天衣無縫の叙情性ですわ。いかなる文豪も文字に出来ない、極彩色の抽象性を帯びていますわ。」
なんだかよく分からないことを呟きながら、彼女は思いついたことを片っ端から書いた。
数学者の数式メモのように雑然とした記録をつけると、彼女は次の仕事に取り掛かる。
「さ、今度はぬいぐるみのお手入れをしませんと!」
彼女が洋服タンスを開けると、中からは洋服ではなくぬいぐるみが現れた。
それは等身大のケビンの人形であった。
「ああ、いつの間にかこんなところが解れている…昨日、酷使し過ぎたのですわ!」
人形を酷使するという、想像しがたい事をサラッと言ったオディール。
どのように使っているのか、という点に関して、語り手の立場から言えることはない。
こちらとしても、語りたい部分と語りたくない部分がある。
この状況に関して言えば、もちろん後者だ。
「オディール!」
「はっ!ケビン様が私をお呼びですわっ!!」
彼女がケビンを編み直していると、少し遠くからケビンの声がした。
本物の声を聞いたオディールは、人形を慌ててしまうと、急いでケビンの元へ駆けた。
「お呼びでしょうか、ケビン様。」
ケビンの待つ部屋の扉を開けた途端、いつも通りのクールな使用人を装うオディール。
ケビンはなにも気付いてはいない。
「相変わらずとんでもないスピードだな。ご苦労。」
「主がお呼びになられたのですから、当然の事です。」
「それほど肩に力を入れて仕える必要はない。もう何年も生活を共にした仲だろう?」
「…はい。お優しい心遣い、ありがとうございます。」
「ふふ、その素直で清楚な面も、お前の良い所だ。」
ケビンはオディールを高く評価していた。
というよりも、もうほとんど彼女を信用しきっていた。
彼女はずっと自分の傍で仕えてくれるのだと、根拠もなく思っているのだった。
「用と言う程ではない。お前が良ければだが…少し、占星術に付き合ってくれないか?」
「かしこまりました。では、私はなにをすれば…」
「ただそこに座って、俺の質問に答えてくれればいい。」
「…それだけ、ですか?」
あまりにも簡単な内容だったので、生真面目なオディールは少し驚いた。
そんな彼女の様子を微笑ましく感じつつ、ケビンは占星術の準備を進める。
椅子に座ったオディールは、なんだかそわそわしていた。
(ご主人様、一体何をされるおつもりなのでしょうか。私の心を見透かされる、なんてことは?)
そんな不安を抱えながら、彼女は質問を待つ。
ケビンは準備を終え、まず最初の問いを投げかけた。
「魔獣の捕らえられた檻があるとする。その檻の中に立っているのは誰だ?」
彼は、なにかを捏ねているかのように、手を奇妙に動かしながら、オディールを見る。
オディールはその質問に、素直に答えた。
「テレサ様です。」
「…テレサ?そ、そうか。」
テレサとは、ケビンと同じパーティに所属する女剣士だ。
その回答がどのような意味を持つか定かではないが、ケビンは少し動揺した。
「で、では次だ。先程の魔獣の背に乗っているのは?」
「アバトライト様です。」
「ふむ。そうか。」
アバトライトは、ケビンと同じパーティに所属するパラディンの男だ。
ケビンは納得したような表情を見せると、最後の質問に移る。
「では、檻の中を外から見物しているのは誰だ?」
「私と、ケビン様です。」
「…ふ、二人か?」
「申し訳ございません、なにか至らぬ点がございましたでしょうか?」
「いや、いい。では占星の結果を教えよう…」
ケビンは一番目から順に、回答の持つ意味をオディールに説明した。
それによれば、一番目に挙げた人物は嫌いな人であり、テレサはオディールの嫌いな人という結果になった。
そして二番目は、尊敬する人…つまり、アバトライトだ。
三番目は、興味の無い人物である。
「オディールは私に興味がなかったのか…そうか。」
「いえ、あの、ケビン様…これは、なにかの間違いでは?」
「…そうかもしれない。少し結果がおかしかったからな。」
「ええ、きっとそうですわ。お役に立てず、申し訳ございません。」
「いや、いい。俺もまだまだ、修行を積まなければな。」
実際のところ、オディールはテレサが嫌いであった。
実は、ケビンに色目を使う下賤な女だと思っていた。
アバトライトに関して言えば、ただ魔物に乗っていそうだというイメージから、適当に挙げただけであるが。
(ケビン様と動物園に行きたいですわ。)
三つ目は、彼女の願望の表れである。
間違いと言えば間違いであったが、彼女は別に嘘をついたわけではなかった。
(オディールは良い従者だが、俺には興味がなかったのか。これは寂しいな…)
それとは知らず、ケビンは結果に落ち込むのであった。
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