死
タヒ。
衝撃に紛れたファニーは、先ほどまでとは別の場所に立っっていた。
そこには花が咲き乱れていた。
花園の向こうには、大樹が一本あった。
「……ここ、どこ?」
彼女は花園を歩いた。
風が吹いていた。それは肌を通り抜けていった。
空は青かった。雲は無かった。
「テリちゃん? ベリー?」
彼女は立ち止まって、仲間の名前を呼んだ。
返事はなかった。
彼女はまた歩き出した。
どこかで誰かの笑い声がした。
天空から光の粒が舞い降りてきた。
それらは地上に接すると消えた。
風が吹いていた。
彼女は後ろを振り返った。
花園が広がっていた。
彼女は前へ向き直った。
花園が広がっていた。
「……ここ……てんごく?」
彼女は空を見上げて、眉を顰めた。
空は青かった。雲は無かった。
彼女は大樹を目指した。
仲間は見つからなかった。
周りを見渡すと、花がたくさん咲いていた。
大樹の根元に立つと、彼女は幹に触れた。
幹は茶色く、堅かった。
「なにもなくないっ?」
彼女は辺りを見回した。
仲間の姿は無かった。
彼女は大樹に生い茂る葉へ視線を移した。
葉の隙間から木の実が降った。
「ほえ!? ――いてっ!」
彼女は木の実を顔にぶつけ、鼻を手で押さえた。
彼女は地に落ちた木の実を手に持って、それを咀嚼した。
彼女は大樹を離れた。
「おいし。けど、みんないないじゃん?」
そのまま、しばらく歩いた。
風が花を揺らした。
少女の背後で大樹が揺れた。
彼女は空を見た。
雲は無かった。太陽が輝いていた。
彼女は眼を細めて、逸らして、瞬きをした。
やがて、花の上に寝転がる少女を、彼女は見つけた。
少女は彼女と同じ姿をしていた。
少女の他に、も1人の少女がいた。
2人の少女は上下に頭を並べて、対称に寝転がっていた。
2人は血溜まりの上で、眼を閉じて眠っていた。
「……テリ、ちゃん? と……ファニー……?」
彼女は眼を見開いた。
寝転ぶ少女たちは、眼を開けなかった。
血溜まりは風に吹かれて、血を被った花も揺れた。
彼女の視界に、もう1人の仲間――ベリーの姿は見当たらなかった。
彼女は2人の少女から離れた。
彼女は真っ直ぐ前を見て歩いた。
そのまま、しばらく歩いた。
(なに、ここ……? ぜんぜん……ワケわかんないよ……! おかしいよ……!)
前を見つめて歩いた。
視線を逸らさないで歩いた。
(ファニーが、あんなんなって……! テリちゃんも、あんなんなって……!! じゃあ、ベリーは……!?)
しばらくして、彼女は立ち止まった。
彼女の前には、ベリーが立っていた。
ベリーは小さく笑った。
「良かった……ベリー!」
ファニーは微笑んだ。
「――」
「……え?」
「――」
ベリーは口を動かしたが、声を発しなかった。
ファニーは聞き返した。
ベリーはまた口を動かしたが、声を発しなかった。
ベリーはずっと、そうしていた。
ファニーはダンスを踊った。
ベリーの反応は無かった。
「どうよ、このダンスっ!」
「――」
「……なんで……? なんできこえないの?」
すると、ベリーは小さなナイフを差し出した。
ファニーはそれを受け取った。
「な、なにこれ?」
彼女の質問に答えずに、ベリーは霧散した。
「え!?」
ファニーは驚愕した。
その後、手に持ったナイフを眺めた。
「なにするの、これで」
彼女はナイフを持ったまま、また歩き出した。
太陽が輝いていた。ナイフが煌めいた。
花が咲いていた。
風が吹いた。花が揺れた。
風は頬を通り抜けていった。
太陽が輝いていた。ナイフが煌めいた。
花が咲いていた。
風が吹いた。花が揺れた。
風は頬を通り抜けていった。
太陽が輝いていた。ナイフが煌めいた。
花が咲いていた。
風が吹いた。花が揺れた。
風は頬を通り抜けていった。
太陽が煌めいた。
花が輝いていた。
風の光で太陽が揺れた。
上空から光の粒が舞い落ちた。
空は青かった。雲は無かった。
花は萎れた。
太陽がくすんでいった。
雲が増えた。
ナイフが煌めいた。
花が消えた。
太陽が変色した。
光の粒が逆流した。
光の粒は束になった。
雲が落ちた。
ファニーの背後で、大樹が折れた。
「おれたよっ、きがっ!」
風が光を舞い上げた。
雲と光は融合した。
空は薄緑に変わった。
太陽が欠けた。
血の雨が降った。
雨は光に照らされた。
太陽は腐っていった。
光る雲は空を喰った。
太陽が腐乱して、残骸が錯落した。
天空が混濁して、雲粒が明滅した。
「なにがおこってますか」
ファニーは空に問いかけた。
答えは無かった。
「……」
彼女は立ち止まった。
(ファニー、さっきしんでたし。テリちゃんも、たぶん……そうだ。だから、えーと)
彼女は自分の喉元に、ナイフの先を押し付けた。
(ずっとかえれなくなるよりは、いいよねっ!)
彼女は震える手で、自らの喉元を突いた。
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ファニーが眼を覚ますと、テリの寝顔が眼前にある。
お互いの吐息が頬にかかるほど、2人の顔は接近していた。
「……テリちゃんだ」
呆然と呟いたファニーは、まだ現実感を取り戻していない。
ナイフで喉を突いたものの、痛みは感じなかったからだ。
さっきまでのことは、まるっきり夢のように思えた。
ふと気付けば、ダンジョンの外。
周りには緑の木々が、彼女を閉じ込めるように並ぶ。
「……スー……」
「あ」
テリの寝息を聞くと、彼女は確かな安心を得た。
今、自分は生きているのだと、そう実感できた。
テリの繊細な髪を、彼女はそっと指の間に通す。
そうして、伝わってくるくすぐったさを感じてみた。
「いきててよかった……ごめんね、テリちゃん」
彼女は安堵の表情を浮かべながら、眠る少女へこてりと頭を下げるのだった。




