表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
148/171

分かりあうこと

分かりあっていたい。

 実際問題、ダンジョンは広すぎる。それを網羅する円など、描けるはずもない。


 魔法陣として必要なのは、あくまでも月と最低限の十字架、そして月の光を反射する光の絨毯である。


 よって、少女らは細心の注意を払いながら、限定的な領域に円を描くことにした。




 まずは棺を移動させて、円の中に収まるようにしておく。


 月が陣の中心に来るように配置した。




 さて、魔法陣にとって対称性の維持は重要であるため、円もできる限り綺麗な方が好ましい。


 ……のだが、最初に出来上がったそれは、そこかしこがグラグラで、とても正円とはいえなかった。




「かけるわけない」


「えっとー……手がねー、ズレるよー」




 フリーハンドで正円を描くことは難しい。


 これを解決するためには、どうやら工夫が必要らしかった。


 ファニーは唸り、打開策を見つけようと苦心する。




「どうすりゃいいの!」




 月に語り掛ける彼女は、頭をフル回転させていた。


 傍から見るとお気楽に見えるが、思考速度は尋常ではない。


 集中している少女には、他の一切の事象は情報未満である。




「いつもはスクロールをまわすんだけど……」




 スクロールに円を描く場合は、まずペンを一点に固定し、手首の端でスクロールを押さえる。


 そうして軸を固定した後、スクロール自体をクルクル回して、正円に近いものを描くのだ。


 この方法を取ると、完璧な対称ではないものの、道具要らずなので便利。速描クイック・ドローンには必須の技術。




 しかしながら、今回はその方法を取ることが困難である。


 地形そのものを回すことは、なにか超越的なエネルギーでも扱えない限り、まず不可能だ。




 であれば、始めに軸を作って、その位置との相対により前進するペンを作るのは?


 とはいえ、一から作っていては時間が掛かり過ぎるだろう。最後の手段ならいざ知らず、他に解があるのなら、そちらを優先したい。


 そもそも、月はゆっくりと動いている。あまり時間を取り過ぎると、どんどん移動してしまい、円の中に収まらなくなる。




 そういった諸々の事情から、最大限に手軽かつ迅速な正円描写が必要とされた。


 結果、ファニーはようやく閃いた。




「えっと、えっと、えっと、いまからはなすけど、えっと」


「だいじょうぶー?」


「おちついて」


「ちょっとまって!」




 閃きなので、言語化するのに時間が掛かるのだ。


 足をバタバタさせながら、少女は伝えるべき作戦をまとめた。




「まほうの、バーーッてひろがるやつ、あるじゃん?」


「なにそれ?」


「だからぁ……こう、ぶわーってなるじゃん?」


「ぶわー?」




 ぶわーってなるやつの正体を、掴みあぐねる仲間たち。


 もどかしさを堪えつつ、彼女は懸命に説明を続行した。




「あの、まほうつかったときに? でるやつ?」


「まりょく」


「まりょくっていうかっ、あれ……! あ、エンになってでてくる……!」


「えっとー。水たまりに雨がおちたらー、円になるよねー」


「あぁっ、それっ! だから、それが、まほうにもあるじゃんか!」


「どういうことなの」


「な、なんでわかんないん?」


「う……せ、せつめいがヘタだからでしょ」




 伝わらなければ伝わらないほど、メンバー間の空気がギスギスしてしまう。


 彼女はつまり、魔法が発動することによって拡散する、衝撃波のことを言っている。


 それに“衝撃波”という名前が付いている事実を知らないゆえに、こうして苦しんでいるのだった。




「ヘタじゃないしっ! ファニーはけっこう、くちはうまいんですけど!」


「じゃあ、ファニーは『バー』とか『ぶわー』でわかるの? わたしがいいたいこと、わかるの?」


「わかるよっ!」


「じゃあためしてみる? ばー!」


「……?」


「いま、わたしはなんていったでしょう」


「……??? 『ばー』って、いった……」


「………………」


「えぇ、テリちゃん? ……だって、そうとしかきこえないし!」


「『ばー』っていったかもしれないけど、そういう……!! そういう……そのままっていうか、そんなこときいてないじゃん!」


「え?? なにがしたいんすか、テリちゃんは! ばーはばーじゃん! ばーっていわれて、『なんていったでしょう』ってきかれたら、ばーっていうじゃん!?」


「だいたい、さきにばーっていったの、ファニーのほうでしょ! 『わかるよ』っていったじゃん!」


「ばーっていったのはわかるよっ!? まちがってないとおもうんですけど!!」


「まえからおもってたけど、なんでそんないいかたするの? 『ですけど』っていうの、やめたほうがいいよ」


「なっ、なにそれ?! イミわかんないよっ!!」


「ファニーってなんか、しゃべりかたヘンだとおもう。そんなことばづかいじゃ、わかるわけないよ」




 伝達の齟齬そごによって、2人は口論になった。


 その果てに、テリがファニーを傷つけてしまう。




「テリちゃん、ひどいっ……」


「――あっ……ご、ごめん」




 少し涙目になるファニーを見て、テリはすぐに謝った。


 言い過ぎた事を自覚した彼女の心は、小さな針に刺されたような痛みを感じた。




「…………」




 謝罪されても、ファニーは黙って下を向く。


 自分の話し方について言われた時、彼女はとても嫌な気持ちになった。


 素の言葉を変だと言われて、しかも仲良しのテリに言われて、かなり傷付いていた。




「…………ごめんね、ファニー。わたし、れいせいじゃなかった」


「……」


「ファニー……」




 何度謝られても、すんなり許してあげる気にはなれない。


 傷付いた気持ちを消化するには、まだ時間が掛かる。


 表面上だけでも仲直りを装うとか、そんな逃避的解決の手段も、幼い少女にはできるはずもなかった。




 微妙な距離を隔ててしまった両者。


 そんな状況を見兼ねて、ベリーが彼女たちの仲裁役に乗り出す。




「ダイジョーブだよー、ファニーちゃんー」


「……ベリー?」


「テリちゃんー、ホントはおもってないでしょー? ファニーちゃんがヘンなんてー」


「う、うん! つい、カッとして、いっちゃっただけ……! おもってない!」


「そうなの?」


「そうだよ……! わたし、ファニーのこと……その……」


「テリちゃんはー、ファニーちゃんのことー、すきだもんねー」


「ベ、ベリーっ!」




 ベリーのフォローによって、ファニーは少し気を取り直す。




(そっか……テリちゃんが、ホントにそんなこというわけないっ!)




 彼女はそう考え直して、テリの謝罪を受け入れることにした。


 いつも通りの元気な笑みを浮かべると、仲直りのための言葉を――




「ウグギャァアアアッ!!」




 ――伝えようとした。


 が、そうすることはできなかった。


 あろうことか、このタイミングで魔物に襲われたため。




「え」




 3人は反応することもできず、脅威が迫るのを見つめた。


 脅威は口を開け、その中に黒い魔法球を生成すると、間髪入れずに撃ち出す。




 鳴り響く衝撃音。


 それと同時に、少女らの姿は、その場から消え失せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ