分かりあうこと
分かりあっていたい。
実際問題、ダンジョンは広すぎる。それを網羅する円など、描けるはずもない。
魔法陣として必要なのは、あくまでも月と最低限の十字架、そして月の光を反射する光の絨毯である。
よって、少女らは細心の注意を払いながら、限定的な領域に円を描くことにした。
まずは棺を移動させて、円の中に収まるようにしておく。
月が陣の中心に来るように配置した。
さて、魔法陣にとって対称性の維持は重要であるため、円もできる限り綺麗な方が好ましい。
……のだが、最初に出来上がったそれは、そこかしこがグラグラで、とても正円とはいえなかった。
「かけるわけない」
「えっとー……手がねー、ズレるよー」
フリーハンドで正円を描くことは難しい。
これを解決するためには、どうやら工夫が必要らしかった。
ファニーは唸り、打開策を見つけようと苦心する。
「どうすりゃいいの!」
月に語り掛ける彼女は、頭をフル回転させていた。
傍から見るとお気楽に見えるが、思考速度は尋常ではない。
集中している少女には、他の一切の事象は情報未満である。
「いつもはスクロールをまわすんだけど……」
スクロールに円を描く場合は、まずペンを一点に固定し、手首の端でスクロールを押さえる。
そうして軸を固定した後、スクロール自体をクルクル回して、正円に近いものを描くのだ。
この方法を取ると、完璧な対称ではないものの、道具要らずなので便利。速描には必須の技術。
しかしながら、今回はその方法を取ることが困難である。
地形そのものを回すことは、なにか超越的なエネルギーでも扱えない限り、まず不可能だ。
であれば、始めに軸を作って、その位置との相対により前進するペンを作るのは?
とはいえ、一から作っていては時間が掛かり過ぎるだろう。最後の手段ならいざ知らず、他に解があるのなら、そちらを優先したい。
そもそも、月はゆっくりと動いている。あまり時間を取り過ぎると、どんどん移動してしまい、円の中に収まらなくなる。
そういった諸々の事情から、最大限に手軽かつ迅速な正円描写が必要とされた。
結果、ファニーはようやく閃いた。
「えっと、えっと、えっと、いまからはなすけど、えっと」
「だいじょうぶー?」
「おちついて」
「ちょっとまって!」
閃きなので、言語化するのに時間が掛かるのだ。
足をバタバタさせながら、少女は伝えるべき作戦をまとめた。
「まほうの、バーーッてひろがるやつ、あるじゃん?」
「なにそれ?」
「だからぁ……こう、ぶわーってなるじゃん?」
「ぶわー?」
ぶわーってなるやつの正体を、掴みあぐねる仲間たち。
もどかしさを堪えつつ、彼女は懸命に説明を続行した。
「あの、まほうつかったときに? でるやつ?」
「まりょく」
「まりょくっていうかっ、あれ……! あ、エンになってでてくる……!」
「えっとー。水たまりに雨がおちたらー、円になるよねー」
「あぁっ、それっ! だから、それが、まほうにもあるじゃんか!」
「どういうことなの」
「な、なんでわかんないん?」
「う……せ、せつめいがヘタだからでしょ」
伝わらなければ伝わらないほど、メンバー間の空気がギスギスしてしまう。
彼女はつまり、魔法が発動することによって拡散する、衝撃波のことを言っている。
それに“衝撃波”という名前が付いている事実を知らないゆえに、こうして苦しんでいるのだった。
「ヘタじゃないしっ! ファニーはけっこう、くちはうまいんですけど!」
「じゃあ、ファニーは『バー』とか『ぶわー』でわかるの? わたしがいいたいこと、わかるの?」
「わかるよっ!」
「じゃあためしてみる? ばー!」
「……?」
「いま、わたしはなんていったでしょう」
「……??? 『ばー』って、いった……」
「………………」
「えぇ、テリちゃん? ……だって、そうとしかきこえないし!」
「『ばー』っていったかもしれないけど、そういう……!! そういう……そのままっていうか、そんなこときいてないじゃん!」
「え?? なにがしたいんすか、テリちゃんは! ばーはばーじゃん! ばーっていわれて、『なんていったでしょう』ってきかれたら、ばーっていうじゃん!?」
「だいたい、さきにばーっていったの、ファニーのほうでしょ! 『わかるよ』っていったじゃん!」
「ばーっていったのはわかるよっ!? まちがってないとおもうんですけど!!」
「まえからおもってたけど、なんでそんないいかたするの? 『ですけど』っていうの、やめたほうがいいよ」
「なっ、なにそれ?! イミわかんないよっ!!」
「ファニーってなんか、しゃべりかたヘンだとおもう。そんなことばづかいじゃ、わかるわけないよ」
伝達の齟齬によって、2人は口論になった。
その果てに、テリがファニーを傷つけてしまう。
「テリちゃん、ひどいっ……」
「――あっ……ご、ごめん」
少し涙目になるファニーを見て、テリはすぐに謝った。
言い過ぎた事を自覚した彼女の心は、小さな針に刺されたような痛みを感じた。
「…………」
謝罪されても、ファニーは黙って下を向く。
自分の話し方について言われた時、彼女はとても嫌な気持ちになった。
素の言葉を変だと言われて、しかも仲良しのテリに言われて、かなり傷付いていた。
「…………ごめんね、ファニー。わたし、れいせいじゃなかった」
「……」
「ファニー……」
何度謝られても、すんなり許してあげる気にはなれない。
傷付いた気持ちを消化するには、まだ時間が掛かる。
表面上だけでも仲直りを装うとか、そんな逃避的解決の手段も、幼い少女にはできるはずもなかった。
微妙な距離を隔ててしまった両者。
そんな状況を見兼ねて、ベリーが彼女たちの仲裁役に乗り出す。
「ダイジョーブだよー、ファニーちゃんー」
「……ベリー?」
「テリちゃんー、ホントはおもってないでしょー? ファニーちゃんがヘンなんてー」
「う、うん! つい、カッとして、いっちゃっただけ……! おもってない!」
「そうなの?」
「そうだよ……! わたし、ファニーのこと……その……」
「テリちゃんはー、ファニーちゃんのことー、すきだもんねー」
「ベ、ベリーっ!」
ベリーのフォローによって、ファニーは少し気を取り直す。
(そっか……テリちゃんが、ホントにそんなこというわけないっ!)
彼女はそう考え直して、テリの謝罪を受け入れることにした。
いつも通りの元気な笑みを浮かべると、仲直りのための言葉を――
「ウグギャァアアアッ!!」
――伝えようとした。
が、そうすることはできなかった。
あろうことか、このタイミングで魔物に襲われたため。
「え」
3人は反応することもできず、脅威が迫るのを見つめた。
脅威は口を開け、その中に黒い魔法球を生成すると、間髪入れずに撃ち出す。
鳴り響く衝撃音。
それと同時に、少女らの姿は、その場から消え失せた。