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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
146/171

魔法陣の作り方

天才は辛い。

 マギカ・ショップには、お目当てのまっしろスクロールが存在した。


 というわけで、ファニーたちは魔法陣を手に入れ、棺のダンジョンへ戻って来たのである。




「みんなのおかげだよぉ」


「ちがうよー、ファニーちゃんががんばったんだよー」




 実を言うと、彼女らはお金を持っていなかった。


 そのため、その場で資金を稼ぐことを余儀なくされてしまった。


 どのような手法を取ったかといえば――




『むかーしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました』


『おばあさんー! いど水ー、くんでくるねー!』


『おねがい、おじいさん』




 イチかバチかの即興劇である。


 3人はネアの戯曲から着想を得て、この劇を往来で披露した。


 その結果、なんとかスクロールに手を出せるレベルまで稼ぐことができたのだ。




「あのげき、レベルたかいとおもう」




 テリも太鼓判を押すほど、彼女らの出し物は優秀であった。


 初めてやったにしては、驚くほどのチップである。


 自分の才能が認められたようで、少女はちょっと嬉しい。




「カワイイねー、すごいねーって」


「そうそう! おばちゃんがアメくれたりっ!」


「おきゃくさんは、おじいさん、おばあさんがおおかったね」




 主な客層は、孫の遊びを見るような気分で集まった老人である。


 何人かのブルジョアが、豪勢にチップを弾んでくれたのだった。


 小さな子が頑張る姿は、街の人々の心を癒したのだ。




 ともかく、ファニーは手に入れたスクロールを広げた。


 そして、ぐるりと大きく円を描く。


 その行為について、上から覗き込んだテリが問う。




「なにしてるの?」


「さいしょのえん!」


「えん?」


「うん。これがないと、まほーじんかけないんだ」


「そうなんだ……」




 手慣れた様子で魔法陣を作るファニー。


 その手つきを物珍しげに眺めながら、テリは関心を抱く。


 魔法陣の作り方なんて知らなかったな、と。




 そもそも、知っている人の方が少ない。


 魔法陣を描く工程について、大まかに説明しよう。




 魔法陣を作成する時、まず始めに見当を付けるべきは“陣の大きさ”だ。


 この陣の大きさ如何で、実用となった時に入力すべき魔力量が変わる。




 魔力の使用量は、陣の単純な大きさに比例するものである。


 図形の多さや複雑さでは決まらない。


 そのため、サイズ以上の入力は通らないし、サイズ以下の出力も不可能となる。


 つまり、先に構造をシュミレートしておく必要があるのだ。




 次に図形。図形はコードという体系によって、ある程度まで最適化さている。


 普通はコードに則って、制御に必要な組み合わせを用意しておく。


 後述するが、魔法式は制御の後に加筆する。非常に煩わしい手順だ。




 次に図形の大きさ。もちろん、陣に収まる大きさでなければ話にならない。


 さらに一般的には、図形同士が重なる描き方を避けるべきだとされている。


 図形の重複があると、システム同士が干渉し合うため、暴発のリスクが高くなるのだ。陣という狭いスペースに対して、如何に各図形のバランスを取るか。描き手の腕前が試される。


 加えて、魔法陣の構造は、左右に入力される魔力の割合が均等である方が好ましい。図形のみに関して言及するなら、操作系統の図形と調節系統の図形とが横並びになる陣には必要な特性だ。が、後述する魔法式の性質上、結局のところ図形はあまり関係ない。


 それゆえに、ほとんどの陣は左右対称になるよう作られている。あくまでも暴発を防ぐための最適な処置であって、対称でないと使用に耐えないというのは否。が、わざわざ対称ではない陣を描く意味は無い。




 ここまでのことに気を遣って、最後に魔法式を書き込む。


 これを書き込む場所を確保するために、陣の中には2重かそれ以上の円が描かれる。


 そうして区切った枠の中、内部には図形を描いて、円の縁には式を書き込むというワケだ。


 ここで重大なのは、やはり魔法式の内容である。あまりにも長いと書ききれないので、当然ながら最適な式を作る必要がある。


 また、式同士もやはり干渉しあう危険性を孕んでいるため、式が2つ以上必要な場合は、それぞれ別の場所へ書かなければならない。


 さらに、ここでも対称性の保持が必要だ。片方の演算速度が上がり過ぎると、数値が正しく処理されないこともあり、式自体が破綻する。そのため、左右のバランスには細心の注意を払わなければならないのだ。




 こうして、魔法陣はようやく完成する。


 ここまで緻密に作って、使用できる回数は一回きりだ。連続使用ができない理由としては、入力された魔力から発生する微振動――いわゆる“pathosパトス”によって、陣内部の演算をリセットできないことが挙げられる。


 人間が使用する以上、pathosを発生させない入力は、理論上不可能である。


 つまり、残留したpathosを取り除くか、pathosによる演算のズレを考慮して使用する他に、連続使用の方法はない。


 現在の魔法学において、pathosは蓋然的な要素として扱われているため、魔方陣の非反復性を解決することは困難だという。




「できたー!」




 元気な声と共に、少女はペンを放り出す。


 ベリーはそれをキャッチして、先を口に当てながら言った。




「見せてー」


「ほらよっ! てやんでー!」


「わー!」




 ファニーが颯爽と見せてくれた魔法陣は、少女の予想を遥かに超えた緻密さだ。


 なにが描いてあるか全然分からないものの、様々な図形が綺麗に整頓されて、円の中に収まっている。


 芸術品としての幾何学模様に、少女はとても感動した。




「ツキとジュージカはここ! それで、これをセーギョするために、ここのグルグルがあってねぇ……」


「あははー、なにも分かんないー」


「え? あ、そっか! ベリーはベンキョーしてないもんね!」


「……」




 ファニーらしからぬ知的さは、テリを心服させた。


 この子、本当は凄く賢いんだな――と、無意識に見直したのである。


 テリにとって、類稀な知性は尊敬に値する要素なのだ。




 彼女の中で、ファニーの存在は一段上のランクへと上がった。


 それと同時に……自分を越えた知性に対して、小さな嫉妬も抱く。


 姉に似て嫉妬深い少女である。




「ファニー」


「ふえ、どしたのテリちゃん」


「わたしも、まほうじんかきたい」


「えっ」




 急な彼女の申し出に、ファニーは戸惑った。


 そして、申し訳なさそうに言う。




「いやいや、やめといたほうがいいよ……いいことないよ……」


「なにそれ?」




 魔法陣という分野で負けている事実が悔しいため、彼女は今すぐにでも描きたかった。


 しかし、ファニーは予備のスクロールを渡そうとしない。


 どうして描かせないのかと、少女は憤慨した。




「かかせてよ」


「そんなぁ……テリちゃん、つらいよ?」


「なにが? なにいってるの?」


「すっごい!! つかれるもん。つかれたくないでしょお?」


「つかれてもいい、やるもん」




 そう言うや否や、テリはファニーの予備スクロールを奪い取る。


 「あっ! そんなっ」というファニーの悲鳴も無視して、彼女はダンジョンと向き合った。


 どうやら、魔法陣はダンジョンに向きあって描くものらしいので。




「……」




 ファニーの言っていた通り、まずは円を描く。


 そして、なんとなく直感で図形を描き足していった。


 すると、そこでファニーのダメ出しが入る。




「ちがうちがーう! なにそのズケー!? そんなにおっきくしたら、かさなるでしょーがっ!」


「え、えっ? なに?」


「それじゃシンメトリーにもならないし、もうかけないよねっ!! やりなおし!!」


「な、なな、なに? なんなの……どうしたの」


「どーしたもこーしたもあらへんでっ!」




 ――急に覚醒したファニーは、その後も延々とダメ出しを行った。


 テリはやり直し地獄にハマり、蓄積余儀なくされる疲労の中で後悔した。




 テリは魔法陣に対し、そして鬼教官のファニーに対し、かなりトラウマを持ってしまった。




「もうイヤ……」


「イヤでもかかんかいっ、まほーじんのせかいは、あまかァないんじゃいっ!」




 悲運なる天才の苦悩は、こうして発露する。

イヤでも書かんかいっ!

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