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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
144/171

戯曲

射干玉の戯曲。

 冒険者ギルド。


 ロビー。




 手を繋ぎ、小さなまぶたを優しく撫でて、窓の無い部屋で眠る。


 それだけのことを、世界が終わるまで繰り返したかった。


 とめどなく頬に伝う雫が、ネアの声を曇らせた。




「どうして…………どうして、テリはっ……」




 彼女の妹は、ある正午過ぎに家出をしてしまった。


 部屋を飛び出してから、もう1日くらい経っている。


 誰かに酷い目に合わされているのではないかと、姉としては気が気ではない。




「キョウガさん!! お願いです、テリを一緒に捜索してくださいっ!!」




 泣き腫らした下まぶたを携え、ネアはとある治療術師にそう懇願した。


 しかし、治療術師――名をキョウガという。彼女は言う。




「ふむ……一寸、大袈裟とは思わんかね?」




 テリは幼いとはいえ、自分で物事を考えられる程度には成長している。


 経験値が少ないから、判断には多少、誤りがあるだろうが。


 それにしても、自分の意思で家出をしたのなら、1日・2日くらいは放っておいても構わないだろう。


 そう考えたキョウガは、焦るネアを落ち着けようとした。



「いいかね、ネア。これは無論、私個人の見解に過ぎないんだが――」


「大袈裟なんかじゃないですっ!! なら、捜索依頼を出します!」


「おい、君ね! 滅多なことを言うもんじゃあない。気が逸るのは分かるけれど、まあ聞きたまえよ」




 さっさと受付に依頼を通しに行くネアを、治療術師は慌てて止める。


 落ち着けるための言葉さえ、落ち着いて聞いてもらえない。




「放してください!! あの子がいない世界なんて、生きる意味ないんです……!!」


「縁起でもない豪語だねぇ、まったく……何度も言うが、滅多なことを言うもんじゃあない」


「テリ! ああ、テリ!」


「今の君の振る舞いは、まさに戯曲的だろうとも。ただ具合が悪いことに、この場の観客は皆、名演技を望んじゃあいない」




 いくら諭しても、妹を想う姉の気持ちは抑えられないものだ。


 ネアが守り抜くはずだった、穢れなき瞳。永遠の無垢。高遠なる微笑み。


 抱きしめるべく差し出した両手の、愛おしく開いた指の隙間から、すべて零れ落ちてしまうよう。


 底の知れない絶望の壺が、暗澹あんたんたる口を静謐せいひつに開いて、舞い落ちてゆく可憐を滑らかに啜る。




 ああ無情。


~~~~~~~~~~


「テリちゃんー、よばれてるー」


「はーいっ!」


「あなたはファニーでしょ」




 少女たちは仲良く身を寄せ合って、ロビーの様子を観察していた。


 ネアの名女優ぶりを盗み見していたのだ。




「おねえちゃん……」




 キョウガに迷惑をかける彼女を見て、テリはちょっと恥ずかしくなった。


 そのために、出て行くつもりになれなかったのだ。




「どうするのー?」


「まっしろスクロール、ゲットしないと!」


「そうだけど」




 少女たちの目的である、魔法陣の描かれていないスクロール。


 手がかりを求めた結果、キョウガに相談しに来たのだが……テリは尻込みする。




 そして逡巡の後、ファニーたちには悪いと思いつつ、彼女は身を翻してしまった。




「どこいくのー?」


「トイレでしょ!」


「ちがう……」




 足早にギルドを去る彼女を追って、ファニーとベリーも慌てて走る。


 かくして、ネアとテリは再会のチャンスを逸した。




『生まれ変わっても、どうかテリの姉でいられますように……』


『その分じゃ、生まれ変わっていない様子だがねぇ』




 感動的な演技は、少女らが立ち去った後も続いた。


 冒険者ギルドの管理者・ケビンに中止させられるまで。

ねずみ浄土。

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