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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
141/171

狂気

 ショルテのあだ名講座!


 ファニー = ファニ子

  テリ  = テリ子

  ベリー = ベリ子


簡単ですね。

 白く、白く、白いダンジョン。信用するに足らない無色の廊下を、訳の分からぬまま4人は歩く。


 視路は白み、甚だ白々しき私論の上の死も、つまり飢えの詩――デタラメな呪文が、ショルテの頭で構築される。


 どこにも使い道のない言葉だった。




「ねぇ、おにいさん」


「ンだよテリ子」


「ダンジョンってふしぎだね。こんなばしょ、ここにしかないとおもう」


「こんな場所ってのァ、この途方もねぇ廊下のことを言ってんのか? ハッ……不思議ってよりは、不気味じゃねぇのか」




 好奇心を疼かせるテリに対して、彼は皮肉気な言葉を返す。


 その胸中は、テリの純粋な眼差しが忌々しく、どこか羨ましくもあった。


 なにか深奥をくすぐる様な、汚れの無い輝き。




(こんなガキになにが分かる?)




 子供というだけで、彼は少女たちを見下している。


 しかし、それと同時に羨んでもいる。


 2つの相反する感覚は、彼の表現を捻じ曲げていた。




 大人というよりも、なんだか拗ねた子供を想起させる態度。


 身体の大きな青年を見ていると、テリはやっぱり不思議な気持ちになる。


 もちろん、大人にだってたまに子供っぽいところがあるのは知っている。実際、テリの姉は1人で眠れない。


 けれども、これほどあからさまに陰湿な様子を伴って、如実に幼さを内包する人は知らなかった。




「おっちゃん! おんぶして!」


「黙って歩けよ、甘ったれが」


「おっちゃんー、てきー」


「そうだな。テメェの味方なった覚えは無ェ」




 その特徴は、ファニーやベリーとの掛け合いにもよく表れていた。


 なんとなく偉そうではあるけれど、上から目線の人とは違う感触だ。


 口は悪いが、少なくとも年齢で上下の決められた接し方ではない。


 そういう彼の性格を、テリはダンジョンよりも興味深く観察していた。




 彼を気に入っているのは、姉に似て聡明なテリだけではない。


 ファニーもなんとなく、ショルテのおかしな顔つきを知っていた。


 なんだか寂しそうなくせに、あえて人を嫌うような振る舞いをする彼。


 そういう不合理な一面を、少女は深く考えずに捉えていた。




 ちなみに、ベリーは別にそういう考察みたいのはない。


 女の子しかいない楽園に、変な男が混じるのは邪魔であると考えていた。


 ゆえに敵である。即刻、退場して欲しいのである。




「てきー」


「うるせぇボケ」


「そういういいかた、ダメ」


「あんだよ。お前は俺の母親にでもなったのか?」


「はーい! ファニーもダメだとおもうよっ?!」




 テリに便乗して注意すると、ファニーは拳骨を喰らった。


 眼玉が飛び出るほど――




「痛いっ!?」




 ので、自分だけにダメージを与えるショルテへ、彼女は抗議の視線を送る。


 しかし、ショルテはまったく無関心であった。




 ――そうして、名も無き冒険者パーティはひたすら歩いた。


 白い廊下はただ続いて行く。


 なぜこれほどまでに長いのか、その理由さえ悟らせること無く。




 棺を開いて、魔物や魔道具を発見するだけの、単調な探索だった。


 ショルテの睡魔は復活して、彼は口を大きく開けた。


 青年のあくびに続いて、ファニーもフニャフニャのあくびをした。


 2人のシンクロを眺めたテリは、ちょっとだけ笑う。


 密やかに笑んだ少女見つけて、ベリーも「ぶひー」と鳴くのだった。




 かくして、彼らが経過の分からぬ地点へ着き、気怠い疲労を感じ始めた頃。


 今までの魔物とは違う、怪しい人影を見つけた。


 それは魔物の影を転がして、仁王立ちしている。




「……なんだありゃ」




 ショルテが呟くと、ファニーが指差す。




「なんだありゃ!? えっ!? しってるの!?」




 誰も知っているなんて言ってないのに、彼女は博識な人物の方へ振り向いた。


 視線の着地点はベリーであった。




「んー、んーとねー……なんでこっちみるのー?」


「さあね!」




 ベリーが首を傾げると、彼女はすぐに視線を戻す。


 その背後で、ベリーがもっと深く首を傾げた。




 ショルテが眼を凝らすと、人影はどうやら剣を持っている様だった。


 歩いて距離を詰めながら、だんだんと正体に迫っていく。


 次に眼についたのは、冒険者らしい硬質な装備と、女性らしいヘアースタイル――




「……クソが」




 そこまで観察を終えて、彼は確信した。


 人影の正体を完全に見切ったのだ。


 それは女で、それは剣士で、それは……




「ふふ……目玉を抉っても生きているのね。それじゃあ、次はこっちを刺してみようかしら」




 それは人間ではない。


 姿形だけが人を成している、どうしようもない化け物。


 ショルテが最も会いたくなかった者――女剣士・メルチだった。




 彼女は得物の剣によって、身動きが取れぬように跨った魔物を、何度も悪戯に切り刻んだらしい。


 魔物の身体には、無残な菱形ひしがたの穴が無数に開いている。


 見るも残酷な行為に耽る彼女は、その顔に恍惚を浮かべて笑っていた。




「呼吸かしら? それとも皮膚? でも、皮膚はもう爛れてしまっているみたいだし……ふふ、どうして頭だけが弱点なのかしら。もしかしてあなたは、頭さえ残しておけば、どの部位を失っても生きていけるの?」




 呻く魔物の声は、心なしか命乞いのような悲痛さを含んでいる。




 あまりにも耐えがたい光景。


 ファニーは刹那、涙をこぼした。




「……ファニ子」


「――」




 彼女は声さえ発さないで、ただ泣いた。


 浮かべる表情はどこまでも透明で、茫然自失と表現するのが相応しいような、理由の見当たらなさ。


 ただ、少女が悲しくて泣いたことは、誰の眼にも明らかだった。




 白いだけの廊下に雫が跳ねた時、ショルテはとても不愉快な感情を抱いた。


 一瞬でメルチに対する殺意が膨れ上がり、生理的な嫌悪が動機となる。


 彼の手は、彼が意識せずとも、メルチの胸倉を思い切り掴んだ。




「メルチッ!!」


「うっ!? ……まあ、ショルテ」




 女剣士は青年と眼を合わせて、きょとんとした表情を浮かべる。


 その後で、付け加えるように演技的な笑みを浮かべた。




 彼女のいつも通りの下らなさを眼の前にして、レンジャーの憎悪はさらに沸き立つ。


 「この女は、生きてちゃならねぇ」。彼の心は強く叫んだ。




「答えろよ……! なにが目的で、こんな下らねェことをする!?」


「……? 今日はなんだか、いつもより怖いのね」


「あの時からテメェは!! なにも変わっちゃいねぇのかよッ!!」




 倦怠の中で抑え込んでいた感情が、たった1粒の雫によって解放されていた。


 透明と白が跳ねて混ざって、赤黒い泥濘の奥に隠された、熾烈な情動を呼び起こす。


 今まで彼が隠してきた、どうしようもない憤り。本来あって然るべき表出が、この場で行われているのである。




 いきなり怒鳴られて、取り乱した言葉をぶつけられて、メルチは困ったように笑う。


 彼女の顔は少し引き攣っていて、口端の吊り上がりには困惑も含まれていた。


 しかし、こうして彼に殺意を向けられるのはいつものことだ。それゆえ、いずれ感情が過ぎ去るのを待って、心にもなく笑っていた。




「あの時って、多分……あの子が……」


「――とぼけるのも大概にしろ、この人間もどきがよォ……!!」


「まあ。酷いわ」


「人形みたいに笑ってんじゃねェッ!!」


「ごめんなさい。許して」




 なにが悪いのかも分からないで、メルチは謝る。


 試しに笑みを消してみても、青年の表情が緩まないため、また笑った。


 傷心も受け入れられないと知っていて、彼女は半ば呆れていた。




 ショルテは仲間の死を思い出して、怒りを抑えきれなかった。


 ダンジョンへの忌々しさと、メルチという人間失格に対する殺意が、完全に混同されていた。




 ――どうしてこの女が生きていて、アイツが死ななけりゃならなかったんだ?


 感情は理性を越えて、時に望みと現実を曖昧にさせる。


 彼の求める少女が死んだのは、メルチが悪いわけではないとしても。




 その時。


 ふと差し込まれた、震える声。




「お、おにいさん……! ふっ……もう、やめてよぉ……」




 今にも消え入りそうな小さな声を、ショルテは確かに聞いた。


 振り向くと、テリが泣いていた。ファニーよりも確実に、もっと弱弱しく。


 少女を見た時、彼は自分の罪を認識した。




(……これじゃ、俺もメルチと同じ……)




 そう考えた瞬間に、それまで怒っていた青年の顔は、絶望に染まる。


 そのまま怒る力を失くして、3人の少女へ呆然と眼を向けた。




 大人しく涙を流すだけの、哀しいファニーとテリ。


 その2人の横で、ベリーだけは――




「……くひひ」




 頬を紅潮させて、少女とは思えない卑屈な笑みを浮かべていた。

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