面倒
廃人。または幽鬼。はたまた人間か。
東雲に陰る街を、恨めしい歩調で歩く青年。
冒険を忌み嫌う冒険者・レンジャーのショルテである。
今朝は寝不足で、彼の体調はすぐれない。
そのため、肉体的な疲労をそれなりに求めて、街へ繰り出した。
起きている人は少数だ。生物の気配がない街は静かである。
「――そろそろ金が無くなる……」
ぼんやりと景色を眺めていると、まだ開いてない喫茶店の看板があった。
そこから連想して、所持金が不足していたことを思い出す。
至急ではないにせよ、多少は仕事をしないと生活できなくなってしまう。
冒険者の仕事といえばクエストだ。
そして、割の良いクエストといえば討伐依頼だ。
さらに、最も安定して稼げるのは、中級モンスターあたりを狩るタイプだ。
「はあ、面倒くせぇな」
冒険者のくせにダンジョン嫌いな彼は、大きな溜め息を吐いた。
はっきり言えば、ダンジョンになど潜りたくないのである。
『面倒くせぇ』とは言うものの、攻略がダルいのではない。ただ、記憶が見せる幻が、彼を死にたくさせるのだ。
彼が噴水広場を通る時、無人のベンチが眼についた。
生活のことを考え気重くなると、休憩所が魅力的に思えてくる。
かくして彼は、やれやれとベンチに座った。
「チッ。コーヒーでもありゃ、ちっとはマシなんだが……」
まだ噴水が作動していないため、些か殺風景な広場。
ちなみに、噴水へ勝手に水を入れたら牢屋行きである。
素人が弄らなくても、時間になれば魔導師が水を入れに来るのだ。
魔導師さん、一体いくら貰ってんの? とか考えるショルテであった。
夜明け前の風は肌寒いが、思わず身を縮めるほどの厳しさはない。
何も考えずに呆けていると、小さなあくびが出た。
まるで老人のような所作で、ゆっくりとベンチに横たわる。
「……ん?」
すると、なにやらベンチの下から音が聞こえる。
耳を近付ければ聞こえる程度の、とても小さい音。
スー、スー……安定したリズムで、それは繰り返されていた。
空気が抜けるような、不可思議なリズム。
わずかに気になって、ショルテはベンチの下をそっと覗いた。
その結果――
「……はぁっ!?」
死角に隠されていた事実に驚愕し、思わずベンチから転げ落ちた。
彼の見たもの、それは――身を寄せ合って眠る、3人の少女である。
「なんだ、このガキどもは……? こんな隙間によく入れたもんだ……」
少女たちは寒さを凌ぐために、一つに固まって眠ったのだろう。
雨や風避けの屋根にベンチを使うことも、なかなか機転が利いている。
が、それにしても狭そうであった。
引き攣った笑みを浮かべつつ、ショルテは3人の姿を観察した。
そんな時、その内の1人が眼を覚まし、寝ぼけ眼で彼を見る。
「ん……」
眼を擦りながら、彼女は小さく声を洩らした。
そして、身動きも取れ無さそうなベンチの下から、器用に出てくる。
夜明けの薄い光を浴びると、大きくノビノビした。
「うーん! きょうもいいてんきですね、おっちゃん!」
彼女が空を見上げると同時に、朝日がキラキラと差し込む。
なぜか神秘的な光景を目の当たりにしながら、ショルテは確認した。
「おっちゃんってのは俺か」
観察されていたことを訝しむでもなく、少女は自分に話しかけてきたのだ。
その事実から、ショルテはなんとなく予感している。このガキはアホだと。
質問を受けて、少女は小さく首を傾げた。
「おっちゃんのほかに、おっちゃんはいないじゃん。なにいってんの?」
なんかナマイキな少女である。
ショルテは確信した。このガキはロクな大人にならねぇと。
少女はショルテから視線を外すと、一緒に寝ていた子たちを起こした。
「おーーーーーきーーーーーーーーーーーーーろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
うるさい。
彼女の呼び声に、残る2人の少女は顔を顰めて眼を開けた。
「なんなの……」
「むにゃ、ファニーちゃんー……あさなのー?」
「そ! あさだよ! テリ、ベリー!」
ニコっと笑ったファニーは、起きてきた2人の手を取ってベンチから引き出す。
その後、改めてショルテに向き直ると、間髪入れずに言った。
「おっちゃん、ぼうけんについてきて!」
「は?」
「なかまたりないからっ!」
「…………」
なんのことやら、全然分からないショルテ。
とりあえず、この元気な少女がファニーという名であることは理解したが。
彼がちらりと見ると、さっきテリと呼ばれた女の子は、訝しげな眼をしている。
もう片方のベリーと呼ばれた女の子は、少しだけ眉を顰めていた。
「それじゃあシュッパツ・シンコー!」
「おい、ふざけんな」
状況を掴む暇もなく、ファニーはさっさと歩き出す。
服の袖を掴まれて、ショルテもなぜか連行された。
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どこかへ向かう道中、ショルテは少女たちの素性を知ろうと、色々と質問をした。
とはいえ、ファニーとベリーはあんまり話にならない。
必然的に、彼はテリに事情を聞くのであった。
「俺は冒険者のショルテだ、これがライセンス」
「ほんもの?」
「ニセモノの作り方なんざ知るかよ、こんなもん」
「ふーん」
とりあえず自分の身の上を明かし、少女に信用してもらう。
その後で、彼女たちについて詮索した。
――結果的に分かったのは、彼女らが家出娘だということ。
どうやら全員、昨日たまたま知り合っただけの仲らしい。
そして脈絡もなく、今からダンジョンに行くらしかった。
普通に考えたら、ここは大人のショルテが少女たちを叱る場面だ。
ちゃんと家に帰って、ご両親に謝りなさい……みたいな説教をして帰らせるところ。
しかし生憎、彼にそんな教師じみた一面は無かった。
「おこらないの?」
テリが聞くと、彼はニヒルに笑って言う。
「大人がみんな子供の面倒を見るとでも? お前らみてぇなガキのお守りなんざゴメンだぜ」
ぶっきらぼうな物言いから、見下すような視線を少女へ降らす。
奇妙な態度を取る彼を見て、テリは少しだけ驚いた。
「おにいさんって、わるいひと?」
「さあ、どうかね。知ったこっちゃねぇよ」
投げやりな返事をするショルテに、彼女は少しだけ興味が湧いた。
こんな大人も居るんだと、珍しいものを発見したような顔をした。
人数補強のためファニーに連行され、テリからは珍獣扱いのショルテ。
彼は帰ろうと思えば帰れたが、気まぐれなのか、少女たちの為すがままになっていた。
これからダンジョンに行くのだと聞いて、ちょっと好奇心が疼いたことも否定できない。
(1人でダンジョンに入る気にゃならねーんだよな……)
適当に素材集めも兼ねて、しばらく子供たちの様子を見ることにする。
純粋な眼差しを浴びせてくるテリから眼を逸らし、シケた面を間抜けに弛ませて、眠気に抗う彼だった。