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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
139/171

面倒

 廃人。または幽鬼。はたまた人間か。


 東雲に陰る街を、恨めしい歩調で歩く青年。


 冒険を忌み嫌う冒険者・レンジャーのショルテである。




 今朝は寝不足で、彼の体調はすぐれない。


 そのため、肉体的な疲労をそれなりに求めて、街へ繰り出した。


 起きている人は少数だ。生物の気配がない街は静かである。




「――そろそろ金が無くなる……」




 ぼんやりと景色を眺めていると、まだ開いてない喫茶店の看板があった。


 そこから連想して、所持金が不足していたことを思い出す。


 至急ではないにせよ、多少は仕事をしないと生活できなくなってしまう。




 冒険者の仕事といえばクエストだ。


 そして、割の良いクエストといえば討伐依頼だ。


 さらに、最も安定して稼げるのは、中級モンスターあたりを狩るタイプだ。




「はあ、面倒くせぇな」




 冒険者のくせにダンジョン嫌いな彼は、大きな溜め息を吐いた。


 はっきり言えば、ダンジョンになど潜りたくないのである。


 『面倒くせぇ』とは言うものの、攻略がダルいのではない。ただ、記憶が見せる幻が、彼を死にたくさせるのだ。




 彼が噴水広場を通る時、無人のベンチが眼についた。


 生活のことを考え気重くなると、休憩所が魅力的に思えてくる。


 かくして彼は、やれやれとベンチに座った。




「チッ。コーヒーでもありゃ、ちっとはマシなんだが……」




 まだ噴水が作動していないため、些か殺風景な広場。


 ちなみに、噴水へ勝手に水を入れたら牢屋行きである。


 素人が弄らなくても、時間になれば魔導師が水を入れに来るのだ。


 魔導師さん、一体いくら貰ってんの? とか考えるショルテであった。




 夜明け前の風は肌寒いが、思わず身を縮めるほどの厳しさはない。


 何も考えずに呆けていると、小さなあくびが出た。


 まるで老人のような所作で、ゆっくりとベンチに横たわる。




「……ん?」




 すると、なにやらベンチの下から音が聞こえる。


 耳を近付ければ聞こえる程度の、とても小さい音。


 スー、スー……安定したリズムで、それは繰り返されていた。




 空気が抜けるような、不可思議なリズム。


 わずかに気になって、ショルテはベンチの下をそっと覗いた。


 その結果――




「……はぁっ!?」




 死角に隠されていた事実に驚愕し、思わずベンチから転げ落ちた。


 彼の見たもの、それは――身を寄せ合って眠る、3人の少女である。




「なんだ、このガキどもは……? こんな隙間によく入れたもんだ……」




 少女たちは寒さを凌ぐために、一つに固まって眠ったのだろう。 


 雨や風避けの屋根にベンチを使うことも、なかなか機転が利いている。


 が、それにしても狭そうであった。




 引き攣った笑みを浮かべつつ、ショルテは3人の姿を観察した。


 そんな時、その内の1人が眼を覚まし、寝ぼけ眼で彼を見る。




「ん……」




 眼を擦りながら、彼女は小さく声を洩らした。


 そして、身動きも取れ無さそうなベンチの下から、器用に出てくる。


 夜明けの薄い光を浴びると、大きくノビノビした。




「うーん! きょうもいいてんきですね、おっちゃん!」




 彼女が空を見上げると同時に、朝日がキラキラと差し込む。


 なぜか神秘的な光景を目の当たりにしながら、ショルテは確認した。




「おっちゃんってのは俺か」




 観察されていたことを訝しむでもなく、少女は自分に話しかけてきたのだ。


 その事実から、ショルテはなんとなく予感している。このガキはアホだと。




 質問を受けて、少女は小さく首を傾げた。




「おっちゃんのほかに、おっちゃんはいないじゃん。なにいってんの?」




 なんかナマイキな少女である。


 ショルテは確信した。このガキはロクな大人にならねぇと。




 少女はショルテから視線を外すと、一緒に寝ていた子たちを起こした。




「おーーーーーきーーーーーーーーーーーーーろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 うるさい。


 彼女の呼び声に、残る2人の少女は顔を顰めて眼を開けた。




「なんなの……」


「むにゃ、ファニーちゃんー……あさなのー?」


「そ! あさだよ! テリ、ベリー!」




 ニコっと笑ったファニーは、起きてきた2人の手を取ってベンチから引き出す。


 その後、改めてショルテに向き直ると、間髪入れずに言った。




「おっちゃん、ぼうけんについてきて!」


「は?」


「なかまたりないからっ!」


「…………」




 なんのことやら、全然分からないショルテ。


 とりあえず、この元気な少女がファニーという名であることは理解したが。


 彼がちらりと見ると、さっきテリと呼ばれた女の子は、訝しげな眼をしている。


 もう片方のベリーと呼ばれた女の子は、少しだけ眉を顰めていた。




「それじゃあシュッパツ・シンコー!」


「おい、ふざけんな」




 状況を掴む暇もなく、ファニーはさっさと歩き出す。


 服の袖を掴まれて、ショルテもなぜか連行された。


~~~~~~~~~~


 どこかへ向かう道中、ショルテは少女たちの素性を知ろうと、色々と質問をした。


 とはいえ、ファニーとベリーはあんまり話にならない。


 必然的に、彼はテリに事情を聞くのであった。




「俺は冒険者のショルテだ、これがライセンス」


「ほんもの?」


「ニセモノの作り方なんざ知るかよ、こんなもん」


「ふーん」




 とりあえず自分の身の上を明かし、少女に信用してもらう。


 その後で、彼女たちについて詮索した。




 ――結果的に分かったのは、彼女らが家出娘だということ。


 どうやら全員、昨日たまたま知り合っただけの仲らしい。


 そして脈絡もなく、今からダンジョンに行くらしかった。




 普通に考えたら、ここは大人のショルテが少女たちを叱る場面だ。


 ちゃんと家に帰って、ご両親に謝りなさい……みたいな説教をして帰らせるところ。


 しかし生憎、彼にそんな教師じみた一面は無かった。




「おこらないの?」




 テリが聞くと、彼はニヒルに笑って言う。




「大人がみんな子供の面倒を見るとでも? お前らみてぇなガキのお守りなんざゴメンだぜ」




 ぶっきらぼうな物言いから、見下すような視線を少女へ降らす。


 奇妙な態度を取る彼を見て、テリは少しだけ驚いた。




「おにいさんって、わるいひと?」


「さあ、どうかね。知ったこっちゃねぇよ」




 投げやりな返事をするショルテに、彼女は少しだけ興味が湧いた。


 こんな大人も居るんだと、珍しいものを発見したような顔をした。




 人数補強のためファニーに連行され、テリからは珍獣扱いのショルテ。


 彼は帰ろうと思えば帰れたが、気まぐれなのか、少女たちの為すがままになっていた。


 これからダンジョンに行くのだと聞いて、ちょっと好奇心が疼いたことも否定できない。




(1人でダンジョンに入る気にゃならねーんだよな……)




 適当に素材集めも兼ねて、しばらく子供たちの様子を見ることにする。


 純粋な眼差しを浴びせてくるテリから眼を逸らし、シケた面を間抜けに弛ませて、眠気に抗う彼だった。

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