古参ファン
初期が一番。
街に住む普通の娘であるベリーには、大好きな詩人がいる。
その名をジャック。彼はベリーにとって大スターであった。
最近までジャックは、本当にベリーの中でだけ大スターだった。
しかし、同じく詩人であるマディと知り合ってからは、彼主催のパーティに出るようになった。
そのため、日毎に知名度はどんどん上がっている。
この日もジャックは、マディの催すパーティに参加していた。
もちろん、ベリーがスターの演奏を見逃すはずはない。
少女はデカい大人に囲まれながら、居心地悪くも会場に居る。
「……せまいー」
せまい。
街の橋近くでやっていた頃は、青空の下で彼の声が響いていたのだ。
それ思うとこの場は窮屈で、なんだか一つの部屋へ無理に詰め込まれたような気分になった。
しかし、楽しみであることに変わりはない。
たくさんの人にジャックの詩が聴かれるのは、大歓迎である。
彼の伸びやかな声に、自分だけではなく周りの人間も拍手喝采なんて、間違いなくコーフンするだろう。
少女は開演前、ジャックと直接話していた。
その時の言葉を思い出す。
『僕はいつでも、ベリーに向けて歌うから』
こんなにたくさんのお客がいる中で、自分だけが特別扱いだ。
嬉しくないわけがない。彼女の頬はにんまりと紅潮した。
「ジャックー、かっこいいー……」
小さな声で呟いて、両手の指先を絡めたり絡めなかったり。
関節と関節をくっつけるように組んで、そっと外してみたり。
回想の中で微笑むジャックに見惚れ、無意識の手癖は活発に遊んだ。
そうしていると、会場がフッと暗転する。
人々は静まり返った。
そして、ステージのみを照らすライトの下に――ジャックが現れた。
「ジャック~~!」
彼の姿が眼に映った瞬間、彼女は声を上げた。
詩人は彼女の声を聞いたのか、優しく目配せをする。
そして、言葉の代わりにリュートを弾くのだった。
~~~~~~~~~~
「あのねー! きょうのねー、えんそうねー、すごかったー!」
「気に入ってくれたかい?」
「うんー!」
演奏が終わってすぐ、ベリーはジャックのところへ駆けて行った。
ジャックは少女を歓迎して、彼女の髪を穏やかに撫でる。
「次のパーティにも出るから、また見に来ておくれ」
詩人は優しく笑うと、ベリーの頭から手を離す。
だが、少女にとっては些か早い別れだ。
まだ一緒にいたい。せっかく会えたのだから、ゆっくり話したい。
そんな気持ちから、彼女は詩人の腕をぎゅっと掴む。
マディのところへ行って、お礼をするつもりだったジャック。
最愛のファンに引き留められて、困り顔で笑う。
彼の笑い方を見て、ベリーはムッとした。
「だめー。いかないでー」
「ベリー、ごめんよ。今日は……」
「だめったらだめー!」
「ベリー……」
ぶんぶんと首を横に振るベリーは、ジャックを行かせようとしない。
マディなんかより、自分と居た方が良いに決まっている。
別に根拠はないが、彼女はそう確信していた。
頑なな少女に、ジャックはいつも通り、フッと笑いかけた。
そして、軽く縺れるように、少女の指に触れた。
「僕はいつだって、君の心の傍にいるよ」
その言葉は実のところ、2度目であった。
が、回数は関係無い。改めて囁かれるたび、ベリーは蕩けるのである。
「ふえぇ…」
しがみついた腕を思わず離して、彼女の心は夢心地に浮かぶ。
解放された詩人は、「またね、ベリー」と小さく手を振った。
「かっこいいー!」
少女が瞳を煌めかせながら覚醒したところ、目の前にスターの姿はない。
いつの間にやら姿を消した彼を、焦ってキョロキョロと探すが、やはり見つからなかった。
残念ながら、一緒にいられる機会を逃してしまったようだ。
「うぅー」
まんまとキラーワードに騙され、不服を抱えて唸る。
好きな気持ちを都合よく扱われてしまった(ジャック本人に自覚がないとはいえ)。
無理やりマディのところへ行こうとしたが、不審者を取り締まる雇われ冒険者に止められた。
「こらこら、お嬢ちゃん。ここから先はイケないぞ」
「いくー」
「イケないぞ」
「ううぅー!」
「私を倒してイきなさい」
――結局、彼女はすごすごと引き下がらざるを得なかった。
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甘い言葉に騙されて、テイよく置いて行かれたベリー。
その胸中に怒りなどはないが、寂しさはたくさんあった。
「『アッパー・アーム・ワールド』、ききたかったなー……」
寂しいせいで、好きな曲が聴けなかったことも寂しくなる。
『ワイルド・トゥリップ』を口ずさみながら、つま先で石ころをけ飛ばす。
昨日覚えたばかりの歌詞。家までのオトモだ。
「スペロのどよめき~♪ かためたひびも~♪」
歌はこうして、当たり前に寄り添ってくれた。
けれど、ジャックとの距離はどうなっていくだろう。
彼の優しい笑みを思い浮かべると、やっぱり寂しい。
「シュロ~の~星え~♪ シュロ~の~星え~♪」
最近は演奏してくれない名曲も歌って、彼女は彼女を慰めた。
次のパーティでは演奏してくれるかな? ――そんな期待を乗せて。
中期までは良い。