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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
135/171

古参ファン

初期が一番。

 街に住む普通の娘であるベリーには、大好きな詩人がいる。


 その名をジャック。彼はベリーにとって大スターであった。




 最近までジャックは、本当にベリーの中でだけ大スターだった。


 しかし、同じく詩人であるマディと知り合ってからは、彼主催のパーティに出るようになった。


 そのため、日毎に知名度はどんどん上がっている。



 この日もジャックは、マディの催すパーティに参加していた。


 もちろん、ベリーがスターの演奏を見逃すはずはない。


 少女はデカい大人に囲まれながら、居心地悪くも会場に居る。




「……せまいー」




 せまい。


 街の橋近くでやっていた頃は、青空の下で彼の声が響いていたのだ。


 それ思うとこの場は窮屈で、なんだか一つの部屋へ無理に詰め込まれたような気分になった。




 しかし、楽しみであることに変わりはない。


 たくさんの人にジャックの詩が聴かれるのは、大歓迎である。


 彼の伸びやかな声に、自分だけではなく周りの人間も拍手喝采なんて、間違いなくコーフンするだろう。




 少女は開演前、ジャックと直接話していた。


 その時の言葉を思い出す。




『僕はいつでも、ベリーに向けて歌うから』




 こんなにたくさんのお客がいる中で、自分だけが特別扱いだ。


 嬉しくないわけがない。彼女の頬はにんまりと紅潮した。




「ジャックー、かっこいいー……」




 小さな声で呟いて、両手の指先を絡めたり絡めなかったり。


 関節と関節をくっつけるように組んで、そっと外してみたり。


 回想の中で微笑むジャックに見惚れ、無意識の手癖は活発に遊んだ。




 そうしていると、会場がフッと暗転する。


 人々は静まり返った。


 そして、ステージのみを照らすライトの下に――ジャックが現れた。




「ジャック~~!」




 彼の姿が眼に映った瞬間、彼女は声を上げた。


 詩人は彼女の声を聞いたのか、優しく目配せをする。


 そして、言葉の代わりにリュートを弾くのだった。


~~~~~~~~~~


「あのねー! きょうのねー、えんそうねー、すごかったー!」


「気に入ってくれたかい?」


「うんー!」




 演奏が終わってすぐ、ベリーはジャックのところへ駆けて行った。


 ジャックは少女を歓迎して、彼女の髪を穏やかに撫でる。




「次のパーティにも出るから、また見に来ておくれ」




 詩人は優しく笑うと、ベリーの頭から手を離す。


 だが、少女にとっては些か早い別れだ。


 まだ一緒にいたい。せっかく会えたのだから、ゆっくり話したい。


 そんな気持ちから、彼女は詩人の腕をぎゅっと掴む。




 マディのところへ行って、お礼をするつもりだったジャック。


 最愛のファンに引き留められて、困り顔で笑う。




 彼の笑い方を見て、ベリーはムッとした。




「だめー。いかないでー」


「ベリー、ごめんよ。今日は……」


「だめったらだめー!」


「ベリー……」




 ぶんぶんと首を横に振るベリーは、ジャックを行かせようとしない。


 マディなんかより、自分と居た方が良いに決まっている。


 別に根拠はないが、彼女はそう確信していた。




 頑なな少女に、ジャックはいつも通り、フッと笑いかけた。


 そして、軽く縺れるように、少女の指に触れた。




「僕はいつだって、君の心の傍にいるよ」




 その言葉は実のところ、2度目であった。


 が、回数は関係無い。改めて囁かれるたび、ベリーは蕩けるのである。




「ふえぇ…」




 しがみついた腕を思わず離して、彼女の心は夢心地に浮かぶ。


 解放された詩人は、「またね、ベリー」と小さく手を振った。




「かっこいいー!」




 少女が瞳を煌めかせながら覚醒したところ、目の前にスターの姿はない。


 いつの間にやら姿を消した彼を、焦ってキョロキョロと探すが、やはり見つからなかった。


 残念ながら、一緒にいられる機会を逃してしまったようだ。




「うぅー」




 まんまとキラーワードに騙され、不服を抱えて唸る。


 好きな気持ちを都合よく扱われてしまった(ジャック本人に自覚がないとはいえ)。


 無理やりマディのところへ行こうとしたが、不審者を取り締まる雇われ冒険者に止められた。




「こらこら、お嬢ちゃん。ここから先はイケないぞ」


「いくー」


「イケないぞ」


「ううぅー!」


「私を倒してイきなさい」




 ――結局、彼女はすごすごと引き下がらざるを得なかった。


~~~~~~~~~~


 甘い言葉に騙されて、テイよく置いて行かれたベリー。


 その胸中に怒りなどはないが、寂しさはたくさんあった。




「『アッパー・アーム・ワールド』、ききたかったなー……」




 寂しいせいで、好きな曲が聴けなかったことも寂しくなる。


 『ワイルド・トゥリップ』を口ずさみながら、つま先で石ころをけ飛ばす。


 昨日覚えたばかりの歌詞。家までのオトモだ。




「スペロのどよめき~♪ かためたひびも~♪」




 歌はこうして、当たり前に寄り添ってくれた。


 けれど、ジャックとの距離はどうなっていくだろう。


 彼の優しい笑みを思い浮かべると、やっぱり寂しい。




「シュロ~の~星え~♪ シュロ~の~星え~♪」




 最近は演奏してくれない名曲も歌って、彼女は彼女を慰めた。


 次のパーティでは演奏してくれるかな? ――そんな期待を乗せて。

中期までは良い。

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