消去
初恋は終わりです。
アンリーは精霊の力を使用して、センとケイの出会いを無かった事にしようとした。
ヘレナは彼を止めようと、必死で言葉をかける。
「やめてっ! センさんにとって大切な思い出なんだよ!?」
「気にすることないよ、ヘレナちゃん! 少しくらい減っても、きっと問題ないさ!」
「ダメ…………!!」
精霊の少年は気にした様子もなく、センへ魔法を仕掛けようとする。
しかし、ヘレナは断固としてそれを許可しなかった。
「なんで邪魔するのさ? ヘレナちゃんのためには、必要な魔法だよ!」
「いらないっ! そんな魔法っ!」
「…………無視するのはよくないって、そう言ったのはヘレナちゃんじゃないか。ケイは無視する悪者だよ」
「違うよ…………悪いのは……」
少女は今、自らの精霊を止めるために、言葉を編み上げる。
それは口を突いて出た。
本当の自分の気持ちを、彼女はようやく見つけ出した。
「悪いのは、私なの……臆病な私……!!」
「ヘレナちゃんが悪い? なんで??」
「勇気がなくて、センさんに気持ちを伝えられない私なの!!」
ケイのことを考えてしまうのは、優しさではない。本当はセンの答えを聞くのが怖い。
その気持ちを知らないでいれば、なんとなく自分が利口な選択をしたように思えた。
諦めてしまえば、その時は苦しいだろうが――究極的には自己完結で終わる。
挑戦できない愚かさを、少女は初めて自覚した。
涙を流しながら、アンリーへと言葉を伝える。
「ずっと、分からないフリをしたのは……私なんだよ……? 他に悪い人なんていないの……」
「なに言ってるの! ヘレナちゃんは悪くない! 君はセンが好きなだけさ!」
アンリーには分からなかった。彼女が苛まれている感情について、ほとんど。
アンリーは純粋に願った。彼女の苦しみが終わればいいと。
アンリーは夢見た。ヘレナの夢が叶う未来を。
ヘレナには、少年の描くような美しいものは、なにひとつとして見えない。
自分の心が紡ぐ言葉を、涙のついでに流してしまった。
「好きなだけじゃ、ダメなんだよ……」
相棒が零す言葉は、アンリーには分からなかった。
好きなだけでなにがダメなのか。嘘をついてまで諦めるようなものか。
彼がずっと聞いてきたヘレナの心の声は、とても一途で可愛いものだったのだ。
彼女の涙を止めるため、少年はいよいよ魔法を発動した。
それは一縷の透明なビームとなって、センへと襲い掛かる。
「ヘレナちゃんの気持ちは、嘘なんかじゃないんだ!」
「やめてっ、アンリー……!」
無慈悲な光線が彼へ命中する、その瞬間。
「ヘレナちゃん!?」
ヘレナは自らの手を伸ばして、魔法の軌道を防ぎ、身代わりとなった。
予想もしない着弾に、アンリーは驚愕する。
衝撃音は微かだったが、センの耳に届く。
咄嗟に振り向いた彼は、魔法によって苦しむヘレナを視認した。
「うああっ……」
「ヘレナ!!」
センは何事かを判断するよりも、真っ先に彼女へ駆け寄る。
剣士は倒れ込む少女を抱え、すぐに容態を確かめた。
「眼を覚ましてくれ、ヘレナ! 大丈夫か!?」
彼は少女に向けて、大きな声で呼びかける。
何度も繰返すと、しばらくしてヘレナは眼を覚ました。
そして、なんともないようにセンへ顔を向けた。
「……センさん、大丈夫でしたか?」
「僕のことはいい! 君は……!?」
「はい、私なら大丈夫ですよ」
そう言うと、少女は何事も無かったかのように起き上がる。
元気そうな彼女を見て、センはひとまず安心した。
だが、異常が無いのは見た目だけの可能性も考慮し、おかしなところがないか確認した。
「本当に平気かい……? 身体が変とか、なにか違和感があるとか……」
「いいえ! それどころか、なんだかとってもスッキリした気分です!」
「スッキリ? そ、そうか。だけど無理はしないようにね」
「はい!」
気持ちよさそうに笑いながら、ストレッチを行うヘレナ。
なんとなく違和感を感じたのは、むしろセンの方だった。
とはいえ、なにかの重篤な症状は見られない。そのため、様子を見ることにする。
元気になったヘレナの方へ、スイミーが駆け寄ってきた。
彼女は例の下世話な顔をして、ヘレナに囁く。
「センの腕の中はどうでした?」
「? どういう意味ですか?」
ヘレナは首を傾げる。
とぼける彼女に対し、スイミーはさらにニヤニヤした。
「またまたぁ~……さぞ逞しかったでしょうね!」
「うん……剣士として鍛えてるし、センさんの腕は逞しいと思うけど」
「……? あれ? ヘレナ……?」
「どうしたの? ミーちゃん」
おかしい。思ったような反応が返ってこない。
ちょろいヘレナのことだから、てっきりすぐ赤面すると思っていたのに。
スイミーは少し焦りながら、親友の真意を追求する。
「センと眼が合いましたよね! 逸らさずにいられましたか?」
「はい。なんですか……私には疚しいことなんてありませんよ?」
「え、えぇ? いや、ドキドキしましたよね!」
「いえ、別に……センさんは怖くないですし」
どんなに揺さ振っても、なにか超然ぶった反応ばかりだ。
隠しているにしても、上手に過ぎるのである。
まさか本当にドキドキしなかったのか――そう考えて、スイミーは首を振った。
ヘレナに限ってそんなはずない。なにかの間違いで、たまたま……
「あっ! さては寝ぼけてますね!?」
「さっきからどうしたんですか、ミーちゃん」
「なるほどー! そうですよね、そうですよね! それしかないのです!」
スイミーは勝手に合点して、腑に落ちなさを誤魔化して頷く。
彼女は少し恐れていた。まるでヘレナが別人になってしまったかのようで、不気味な思いをした。
そんな感情に追い付かれないためには、なんとかして茶化すしかなかったのだ。
「さぁ、早く眼を覚ますのです。そしてチョロくなってください」
「なんですか、チョロくなるって」
「うぷぷ!」
ヘレナの質問には答えず、彼女はさっさと先に行ってしまう。
再び首を傾げるヘレナには、スイミーの言ったことはほとんど謎だった。
「なにが言いたかったんだろう……」
――そう呟いた直後、一瞬だけ少女の思考は途切れた。
なにかに気付いたように、ハッと後ろを振り返る。
そこには何者も存在しなかった。
「なんで後ろ向いたのかな、私」
自らの不可解な行動を、疑問に思う。
そうして、気にすることもなく前を向くと、スイミーの足取りを追うのだった。
ヘレナは苦しみを失って、殺風景な景色を眺めて微笑む。
気分は爽快で、過去のことは思い出せない。