やり直し
精霊術師のヘレナは、ようやく自分の精霊を手に入れた。
精霊の名はアンリー。笑顔の魅力的な少年の姿をしている。
小さな羽は、光のリンプンを僅かに散らしていた。
「アンリー……どうして今まで出てきてくれなかったんですか?」
「ヘレナちゃんが僕を呼ばなかったんだよ! 僕はずっと君に呼ばれるのを待ってたんだ!」
「私が、アンリーを呼んだの??」
そう言われても、彼を呼んだ記憶がないヘレナ。
当然、こうして教えてもらうまで、少女は彼の名を知らなかった。そのため、一般的な「呼ぶ」という行為とはニュアンスが異なる。
正しく言えば、「求めた」という方が適切である。
「ヘレナちゃんの声がしたんだ。『私ばっかり、こんな気持ちになって』って思ったでしょ」
精霊という存在は、術師が真に自らを必要とするまで、肉体を持って現れることができない。
ヘレナの心の痛みが、彼を求めたのであった。
「へ!? あ、あの……」
自分の心の声を口に出されて、彼女は慌てた。
「恥ずかしがらなくていいよ、ヘレナちゃん! 心はショージキなのさ!」
「やめてください! ここに居るのは私とアンリーだけじゃないんですから……!」
彼女に指摘されて、アンリーは首を傾げて周りを見た。
言われた通り、センとかライリーとかスイミーがこっちを眺めているではないか。
彼ら彼女らの表情を見て、アンリーは思わず「あ、やべ」と呟く。
「なんですか、『私ばっかり、こんな気持ちになって』とは? 水が欲しいのはヘレナだけじゃありません」
「ほう。不満があるようだな? フン……この際、すべて解き放つがいい」
少女たちの耳にも、アンリーの言葉は届いていたらしい。
しかし、幸い断片的な言葉だったため、詳しい意味を取り違えた。
2人の解釈がズレていることに、ヘレナはホッとする。
「良かった……皆さん分かってないみたいです」
「そうだね! まあ分かるワケないんだけどね、ヘレナちゃんがセンのこと好きなのに、ケイっていう人のせいで恋を諦めようとしてることなんて」
――その安堵は、アンリーの油断による暴露で台無しになった。
もはや悪意があるとしか思えないネタバレに、ヘレナは開いた口がふさがらない。
「……ちょっと、ヤバいですね……その精霊」
「ヘレナがセンに恋をしているだと!? 初耳だぞ、それは!! センは知っていたのか!?」
「……ええぇっと……すまないヘレナ、僕は――ケイのことで、君がそんなふうに悩んでいたなんて……いや、それどころか――」
アンリー砲の威力は絶大で、パーティメンバーはみんな戸惑う。
ヘレナは絶望していた。取り返しのつかない失言のせいで、自らの気持ちが明らかにされた事実を、簡単には受け止められない。
(…………助けて……)
心の中で、彼女は切実に呟く。
喜びは一瞬で絶望へと姿を変え、彼女の瞳から光を奪った。
「ヘレナちゃん。僕のせいでごめんね?」
アンリーは「てへへ」と舌を出して笑いつつ、軽く謝罪する。
空虚なるヘレナの瞳孔には、彼の姿が悪魔のように見えた。
清々しいほど、精霊に反省の色はない。
「でもダイジョーブ! よーし、僕の能力を見せてあげるよ!」
悪魔のアンリーはそう言うと、自らの能力を使用する。
その瞬間、ヘレナの見ていた景色は真っ黒に染まった。
~~~~~~~~~~
「なんですかヘレナ。心配しなくても、ミーちゃんはここに居ますよ」
気が付くと、彼女はまた砂漠の中に立っていた。
そして、聞き覚えのあるセリフを耳にする。
スイミーは訝しげな表情を作って、ヘレナの方へ向いていた。
「…………なにが起こったの?」
状況が理解できず、彼女はスイミーを見つめる。
すると、見つめられた少女は不思議そうに問う。
「どうしたんですか? 私の顔になんかついてます?」
「う、ううん。いつも通りのミーちゃんだよ」
「うぷぷ、見惚れてたんですね。ならいいです」
いつも通りだと言われて、少女は満足そうに前を向いた。スイミーは平素の顔面に自信がある。
その後、今度はライリーがこちらを振り向く。
「『どこにいるの』とはなんだ? 貴様は誰かを探しているのか?」
「へ? なんのことでしょう?」
「……さっき貴様が言ったではないか。どういう意味かと聞いているのだ」
「ど、どういう意味……? どういう意味でしょう……」
彼女に聞かれていることが判然としないで、ヘレナは首を傾げた。
どういう意味の意味についてどういうことか聞かなければ、会話にならない状況だ。
このややこしさを忌避して、ライリーは眉を顰める。
「ええい、ややこしい!」
彼女はプイっと前へ向き直ってしまった。
さっきから、なんだか話が噛み合わない。ヘレナは困り顔になる。
その時、彼女の胸からアンリーがひらひらと飛び出てきた。
「どう?凄いでしょ、ヘレナちゃん!」
彼はヘレナの前へ躍り出ると、胸を大きく張って自己主張する。
どうやら既に能力を発揮したようだった。
にも関わらず、まったく効果が理解できないため、ヘレナは首を傾げるしかない。
「な、なにかしたの……?」
「少しだけ時間を戻したんだよ!」
「え、えぇ!? そんなことできるの!?」
アンリーが自信満々に発表した能力は、かなり大規模なものだった。
まさか自分の精霊が時間遡行できるなどとは、思ってもみなかったヘレナ。
とはいえ言われてみれば、スイミーの言葉は聞き覚えがあったし、ライリーも暴露を覚えていない。それが能力によるものなら、多少は納得できる。
「なんでそんな凄い力を……」
「もともとヘレナちゃんが使ってた精霊魔法だって、ただの攻撃魔法じゃなかったんだよ。あれは見た目は普通のダメージに見えるけど、実際は相手の過去に『ダメージを与えた』という事実を割り込ませているのさ!」
「なんだかフクザツ過ぎません?」
自分の能力が曖昧なのは、ヘレナにも自覚があった。
けれど、それはまだ精霊が現れていないせいだと考えていた。
とりあえず攻撃はできるし、なぜか味方の回復もできてるし、今まではアタッカー兼サポーターみたいな立ち位置でやっていたのだ。
「とにかくこれで、みんなの記憶から僕の言ったことは消えたんだよ!」
「それは、まあ……良かったような?」
とにもかくにも、一安心である。
ヘレナはホッと一息ついた。
「心配しないで! さっぱり覚えてないから――ヘレナちゃんがセンのこと好きなのに、ケイっていう人のせいで恋を諦めようとしてることなんて」
「アンリーぃぃぃぃぃぃぃ!! なんで言うの!?」
――その安堵は、アンリーの油断による暴露で台無しになった。
もはや悪意があるとしか思えない2回目のネタバレに、ヘレナは開いた口がふさがらない。
「ヘレナがセンに恋をしているだと!? 初耳だぞ、それは!! センは知っていたのか!?」
「……ええぇっと……すまないヘレナ、僕は――ケイのことで、君がそんなふうに悩んでいたなんて……いや、それどころか――」
再放送が始まったため、彼女は同じように絶望した。
アンリーは「あ、やべ」と呟いて、またも能力を使用する。
~~~~~~~~~~
「なんですかヘレナ。心配しなくても、ミーちゃんはここに居ますよ」
「ま、また戻ってる……」
同じ光景が3度目ともなると、能力が本物であることは、いよいよ疑いようもない。
そこに居るスイミーを見て、ヘレナはパチパチと瞬きした。
「え? 戻ってるって?」
「な、なんでもないです」
「むー、変なヘレナですね」
ヘレナが素っ気ないので、スイミーはちょっと膨れる。
その膨れた表情にも見覚えがあって、ヘレナは時間遡行したことを確信できた。
彼女はアンリーを呼ぶ。
「アンリー、2回も同じミスをしないで!」
「ごめんねヘレナちゃん! てへへ」
「てへへじゃないです! 能力がこれじゃなかったら、本当に取り返しがつかないんですから!」
謝るものの、やっぱり反省した様子のないアンリーである。
精霊に会えて嬉しくはあるものの、ヘレナの心配は募った。
この子と上手くやって行けるのだろうかと、不安になったのだ。
すると、そんな彼女の心境を察知したアンリーは、無邪気に笑う。
「あはは! 僕がいれば心配なんてないよ! 失敗しないからね!」
過去に戻ることによって、彼はすべての事実を取り消せる。
確かに無敵な能力ではあるが、ヘレナは余計に不安を増した。
精霊との関係に対する心配ではなく、全能に近い能力に対するおそれを。
「……そ、それっていいことなんでしょうか……?」
「そうだよ! 例えばさ――」
彼女が心細いような表情をすると、アンリーは彼女の耳元へ近づいた。
そして、コソコソと悪魔じみた囁きをしたのである。
「もしセンへ告白するなら、成功するまでやり直せるんだよ」
0.1%を確実に引けると、彼は笑いながら言う。
それを聞いた瞬間、ヘレナの心の底で、黒い野望が煮えた。
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