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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
131/171

やり直し

 精霊術師のヘレナは、ようやく自分の精霊を手に入れた。


 精霊の名はアンリー。笑顔の魅力的な少年の姿をしている。


 小さな羽は、光のリンプンを僅かに散らしていた。




「アンリー……どうして今まで出てきてくれなかったんですか?」


「ヘレナちゃんが僕を呼ばなかったんだよ! 僕はずっと君に呼ばれるのを待ってたんだ!」


「私が、アンリーを呼んだの??」




 そう言われても、彼を呼んだ記憶がないヘレナ。


 当然、こうして教えてもらうまで、少女は彼の名を知らなかった。そのため、一般的な「呼ぶ」という行為とはニュアンスが異なる。


 正しく言えば、「求めた」という方が適切である。




「ヘレナちゃんの声がしたんだ。『私ばっかり、こんな気持ちになって』って思ったでしょ」




 精霊という存在は、術師が真に自らを必要とするまで、肉体を持って現れることができない。


 ヘレナの心の痛みが、彼を求めたのであった。




「へ!? あ、あの……」




 自分の心の声を口に出されて、彼女は慌てた。




「恥ずかしがらなくていいよ、ヘレナちゃん! 心はショージキなのさ!」


「やめてください! ここに居るのは私とアンリーだけじゃないんですから……!」




 彼女に指摘されて、アンリーは首を傾げて周りを見た。


 言われた通り、センとかライリーとかスイミーがこっちを眺めているではないか。


 彼ら彼女らの表情を見て、アンリーは思わず「あ、やべ」と呟く。




「なんですか、『私ばっかり、こんな気持ちになって』とは? 水が欲しいのはヘレナだけじゃありません」


「ほう。不満があるようだな? フン……この際、すべて解き放つがいい」




 少女たちの耳にも、アンリーの言葉は届いていたらしい。


 しかし、幸い断片的な言葉だったため、詳しい意味を取り違えた。


 2人の解釈がズレていることに、ヘレナはホッとする。




「良かった……皆さん分かってないみたいです」


「そうだね! まあ分かるワケないんだけどね、ヘレナちゃんがセンのこと好きなのに、ケイっていう人のせいで恋を諦めようとしてることなんて」




 ――その安堵は、アンリーの油断による暴露で台無しになった。


 もはや悪意があるとしか思えないネタバレに、ヘレナは開いた口がふさがらない。




「……ちょっと、ヤバいですね……その精霊」


「ヘレナがセンに恋をしているだと!? 初耳だぞ、それは!! センは知っていたのか!?」


「……ええぇっと……すまないヘレナ、僕は――ケイのことで、君がそんなふうに悩んでいたなんて……いや、それどころか――」




 アンリー砲の威力は絶大で、パーティメンバーはみんな戸惑う。


 ヘレナは絶望していた。取り返しのつかない失言のせいで、自らの気持ちが明らかにされた事実を、簡単には受け止められない。




(…………助けて……)




 心の中で、彼女は切実に呟く。


 喜びは一瞬で絶望へと姿を変え、彼女の瞳から光を奪った。




「ヘレナちゃん。僕のせいでごめんね?」




 アンリーは「てへへ」と舌を出して笑いつつ、軽く謝罪する。


 空虚なるヘレナの瞳孔には、彼の姿が悪魔のように見えた。


 清々しいほど、精霊に反省の色はない。




「でもダイジョーブ! よーし、僕の能力を見せてあげるよ!」




 悪魔のアンリーはそう言うと、自らの能力を使用する。


 その瞬間、ヘレナの見ていた景色は真っ黒に染まった。


~~~~~~~~~~


「なんですかヘレナ。心配しなくても、ミーちゃんはここに居ますよ」




 気が付くと、彼女はまた砂漠の中に立っていた。


 そして、聞き覚えのあるセリフを耳にする。


 スイミーは訝しげな表情を作って、ヘレナの方へ向いていた。




「…………なにが起こったの?」




 状況が理解できず、彼女はスイミーを見つめる。


 すると、見つめられた少女は不思議そうに問う。




「どうしたんですか? 私の顔になんかついてます?」


「う、ううん。いつも通りのミーちゃんだよ」


「うぷぷ、見惚れてたんですね。ならいいです」




 いつも通りだと言われて、少女は満足そうに前を向いた。スイミーは平素の顔面に自信がある。




 その後、今度はライリーがこちらを振り向く。




「『どこにいるの』とはなんだ? 貴様は誰かを探しているのか?」


「へ? なんのことでしょう?」


「……さっき貴様が言ったではないか。どういう意味かと聞いているのだ」


「ど、どういう意味……? どういう意味でしょう……」




 彼女に聞かれていることが判然としないで、ヘレナは首を傾げた。


 どういう意味の意味についてどういうことか聞かなければ、会話にならない状況だ。


 このややこしさを忌避して、ライリーは眉を顰める。




「ええい、ややこしい!」




 彼女はプイっと前へ向き直ってしまった。


 さっきから、なんだか話が噛み合わない。ヘレナは困り顔になる。


 その時、彼女の胸からアンリーがひらひらと飛び出てきた。




「どう?凄いでしょ、ヘレナちゃん!」




 彼はヘレナの前へ躍り出ると、胸を大きく張って自己主張する。


 どうやら既に能力を発揮したようだった。


 にも関わらず、まったく効果が理解できないため、ヘレナは首を傾げるしかない。




「な、なにかしたの……?」


「少しだけ時間を戻したんだよ!」


「え、えぇ!? そんなことできるの!?」




 アンリーが自信満々に発表した能力は、かなり大規模なものだった。


 まさか自分の精霊が時間遡行できるなどとは、思ってもみなかったヘレナ。


 とはいえ言われてみれば、スイミーの言葉は聞き覚えがあったし、ライリーも暴露を覚えていない。それが能力によるものなら、多少は納得できる。




「なんでそんな凄い力を……」


「もともとヘレナちゃんが使ってた精霊魔法だって、ただの攻撃魔法じゃなかったんだよ。あれは見た目は普通のダメージに見えるけど、実際は相手の過去に『ダメージを与えた』という事実を割り込ませているのさ!」


「なんだかフクザツ過ぎません?」




 自分の能力が曖昧なのは、ヘレナにも自覚があった。


 けれど、それはまだ精霊が現れていないせいだと考えていた。


 とりあえず攻撃はできるし、なぜか味方の回復もできてるし、今まではアタッカー兼サポーターみたいな立ち位置でやっていたのだ。




「とにかくこれで、みんなの記憶から僕の言ったことは消えたんだよ!」


「それは、まあ……良かったような?」




 とにもかくにも、一安心である。


 ヘレナはホッと一息ついた。




「心配しないで! さっぱり覚えてないから――ヘレナちゃんがセンのこと好きなのに、ケイっていう人のせいで恋を諦めようとしてることなんて」


「アンリーぃぃぃぃぃぃぃ!! なんで言うの!?」




 ――その安堵は、アンリーの油断による暴露で台無しになった。


 もはや悪意があるとしか思えない2回目のネタバレに、ヘレナは開いた口がふさがらない。




「ヘレナがセンに恋をしているだと!? 初耳だぞ、それは!! センは知っていたのか!?」


「……ええぇっと……すまないヘレナ、僕は――ケイのことで、君がそんなふうに悩んでいたなんて……いや、それどころか――」




 再放送が始まったため、彼女は同じように絶望した。


 アンリーは「あ、やべ」と呟いて、またも能力を使用する。


~~~~~~~~~~


「なんですかヘレナ。心配しなくても、ミーちゃんはここに居ますよ」


「ま、また戻ってる……」




 同じ光景が3度目ともなると、能力が本物であることは、いよいよ疑いようもない。


 そこに居るスイミーを見て、ヘレナはパチパチと瞬きした。




「え? 戻ってるって?」


「な、なんでもないです」


「むー、変なヘレナですね」




 ヘレナが素っ気ないので、スイミーはちょっと膨れる。


 その膨れた表情にも見覚えがあって、ヘレナは時間遡行したことを確信できた。


 彼女はアンリーを呼ぶ。




「アンリー、2回も同じミスをしないで!」


「ごめんねヘレナちゃん! てへへ」


「てへへじゃないです! 能力がこれじゃなかったら、本当に取り返しがつかないんですから!」




 謝るものの、やっぱり反省した様子のないアンリーである。


 精霊に会えて嬉しくはあるものの、ヘレナの心配は募った。


 この子と上手くやって行けるのだろうかと、不安になったのだ。




 すると、そんな彼女の心境を察知したアンリーは、無邪気に笑う。




「あはは! 僕がいれば心配なんてないよ! 失敗しないからね!」




 過去に戻ることによって、彼はすべての事実を取り消せる。


 確かに無敵な能力ではあるが、ヘレナは余計に不安を増した。


 精霊との関係に対する心配ではなく、全能に近い能力に対するおそれを。




「……そ、それっていいことなんでしょうか……?」


「そうだよ! 例えばさ――」




 彼女が心細いような表情をすると、アンリーは彼女の耳元へ近づいた。


 そして、コソコソと悪魔じみた囁きをしたのである。




「もしセンへ告白するなら、成功するまでやり直せるんだよ」




 0.1%を確実に引けると、彼は笑いながら言う。


 それを聞いた瞬間、ヘレナの心の底で、黒い野望が煮えた。

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