心の羽
やったねフェリちゃん。精霊が増えるよ。
ヘレナの赤い頬は、今も火照っている。
砂漠の暑さによるものか、それともセンによるものか。
どちらだか分からないのだ……と、彼女は言い訳していた。
冒険者パーティ『サマーライト』は、吹き荒ぶ砂のダンジョンを進んでいた。
先ほど遭遇した魔物に吹き飛ばされ、果てしない蜃気楼の奥へ消え去った仲間を探して、リーダーのセン率いるパーティは歩く。
「ニックが無事だといいが」
「センよ、心配するな。ヤツは黄泉を往復して笑っているような人間だ」
「はは、それは凄いな! 頼もしい限りだよ」
魔導師の少女・ライリーの言葉を聞いて、センは心配を払拭する。
確かに、ニックであれば可能かもしれない……彼は笑いつつも、少年のタフネスを信じた。
ニックの安否を確認するには、早く合流するしかない。
飛ばされた方角へ向けて足を前に出すが、彼の姿はなかった。
一面の砂漠に広がるのは、言うまでもなく砂の海である。
ダンジョンには道標らしきものも見当たらない。前の冒険者たちが残した痕跡などは、砂塵によっておそらく失われていた。
それはニックが残した痕跡についても同様だ。あるいは、最初から残していないのか。
定かではないが、いずれにしても結果は同じ。灼熱の日差しが、ただ大地を焦がすのみだ。
「水をよこすですぅ」
巫女のスイミーは苦しそうな顔で、リーダーに水を催促する。
仲間の頼みに、センはそれとなく水分を探してみたが、手荷物の中には見当たらない。
とはいえ、ポーズである。最初から無いのは分かっていた。
「ごめん、我慢してくれ」
「ううう」
「うーん、もう少し持って来れば良かったかな……」
うなだれて唸る、干からびる寸前のスイミー。
持参した水を消費したのは、大半が彼女である。一番飲んだのは彼女なのである。
にもかかわらず、彼女は干からびる寸前なのだった。他のメンバーより、何倍も干からびる寸前なのだった。
「解せんな。なぜ貴様はそこまで水分を欲するのだ」
「そこに水があるから……なのです」
「無いと言ってるだろ、バカ者」
ライリーに叱られても、少女は干からびる寸前だという事実を強調した。
仕草や表情はもちろん、口調にも見え透いた疲労を滲ませて。
もちろん、実際より大げさな態度だった。本当はもうちょっと我慢できる。
意識を保てないレベルであれば、声も発さずに熱過ぎる砂の上へ倒れ込むことだろう。
「あついあついあつ~~いで~~~ぇぇ~~すーーー! うぁァ~~~~」
喧しいうちは心配無用であった。
彼女とは対照的に、精霊術師のヘレナはあまり喋らない。
少女はパーティの歩調に合わせ、なんとなく歩いているだけだ。
喉の渇きも忘れ、思考は上の空である。
(やっぱり……センさんのこと好きなんだ)
彼女は恋をしていた。
パーティリーダーのセンに、出会ってからずっと。
今でも気持ちは変わらずに、一途な感情を抱いたままである。
しかし、センには他に好きな人がいる。ケイという呪術師の女性だ。
彼とケイは親密な関係を築いており、ヘレナが入り込むような隙間などない。
ゆえに、少女は恋を諦めなければならないと考えているのだ。
――できない。
熱を感じたままで、心だけを手放すことができない。
頬に感じる赤が、気温によるものだと錯覚しきれなかった。
ニックを吹き飛ばした魔物との戦闘で、センは彼女を颯爽と守った。
仲間を守るのはパーティリーダーとして最高の働き。背中を預けるのは信頼と絆の証である。
決して彼女自身が特別だったのではない。襲われたのがライリーであっても、センは同じことをしただろう。
そうであっても、実際に見た彼の大きな背中が、少女の眼に焼き付いてしまっていた。
(バカみたいだな……私ばっかり、こんな気持ちになって……)
諦めという選択に含まれている、逃避のニュアンス。
胸の高鳴りが必死で期待を示していた。
赤い頬はいつまで経っても、彼女を微熱から解放しない。
こんなことでは到底、さっぱり忘れるなどムリだった。
そもそも彼女だって、できるならばこの気持ちをセンに移したい。
自分だけ憂鬱になるのが、なんとなく不公平だと感じているため。
彼女が思い悩んでいると、不意に誰かの声がした。
『ねぇ、本当はどうしたいの?』
可愛らしい声が、どこからか聞こえる。
驚いたヘレナは辺りをキョロキョロ見回すが、それらしい人物はいない。
気のせいかと思って、首を傾げた。
『嘘ついてまで、どうして諦めるの?』
否、また聞こえる。2度目は聞き間違いではない。
しかも声は、彼女の心に入り込むようなことを言う。
「だ、誰なの? どこにいるのっ?」
ヘレナは慌てて呼びかけ、声の主を探す。
すると、訝しげな表情で振り向いたのはスイミー。
「なんですかヘレナ。心配しなくても、ミーちゃんはここに居ますよ」
「ち、違うの! ミーちゃんじゃないの!」
「むー」
呼ばれて振り向いたのに、違うと言われて膨れるスイミー。
ヘレナは彼女を呼んでいないため、勝手に膨れているだけだった。
「なら我か? フン、気安く話しかけるなよ……」
「ライリーさんでもないです!」
「むむっ……」
本当は気安く話しかけてほしいライリーだったが、キャラ厳守の弊害に苦しんでいた。
というか、ヘレナが探しているのは彼女でもない。
「あ」
「センさんでもないです!」
「うん……」
センでもない。声が高くないから絶対に違う。
どこにもいないのに、どこからか声が聞こえていた。
『ここだよ!』
声は自らの位置を示すが、言葉で示されてもヘレナには分からない。
頻りに周りを見渡すが、近くにも遠くにも、空にも砂の海にも見当たらなかった。
まさか自分がおかしくなったのかと、彼女はとうとう頭を疑い出した。
「あ、暑さでおかしくなっちゃったの~!?」
「ふはは、そのようだなっ!」
眼をグルグル回しながら叫ぶと、ライリーがすかさず是認する。
もはやこれまで――ヘレナがそう悟った時、彼女の胸が光った。
「きゃあっ!?」
突然の眩しさに、精霊術師の少女は思わず眼を閉じる。
マブタの裏が再び暗さを取り戻す頃、もう一度眼を開いてみると、そこには――
「……もしかして……!」
「やあ、ヘレナちゃん!」
背中から羽を生やした小さな男の子が、ひらひらと浮かんでいる。
彼は愛らしい笑みを浮かべて、ヘレナへ挨拶した。
視認した直後、少女は過去の記憶を探った。
今は亡き、彼女の憧れた人物。精霊術師のベック。
彼はまさしく、キレイな羽を生やした少女と肩を並べて戦っていた。
今、自らの胸の前へ現れた少年は、まさしく精霊の姿をしている。
彼女の期待は確信に転じて、さらに喜びへ転じた。
とうとう一つの夢が叶ったのだ。
「はじめまして……! 私の精霊さんっ!」
ヘレナは飛び切りの笑顔を浮かべ、精霊とはじめましてを交わし合った。
精霊の少年はくるりと宙返りして、軽やかに喜びを示した。
「僕は精霊のアンリーさ! よろしくね、ヘレナちゃん!」
アンリーくんです。
いえい。




