ニックとライリー
中二病、かわいい。
『サマーライト』は砂漠のダンジョンへやって来た。
以前ここに訪れた時はセンが不在だったが、今回はしっかり参加している。
そのため、彼の統率によって、安定したダンジョン攻略になるだろう……
――と、予想したライリー。
彼女は今、メンバー内の妙な空気感に、じれったさを感じていた。
改めて、サマーライトのメンバーを紹介しよう。
まずはセン。このパーティのリーダーで、クラスは剣士の頼もしい青年だ。
続いてヘレナ。とてもマジメな精霊術師の少女である。
そしてスイミー。恋バナ大好きのヤジウマ巫女。
以上3名の間に、変な雰囲気が地味に漂っていた。
それを気持ち悪く感じている娘は、魔導師のライリーという。対して、まったく気にしていない少年が、同じく魔導師のニックだ。
気まずさの原因が分からないスイミーは、隣を歩くニックにコソコソと耳打ちする。
「おいニック。奴ら、一体なにがあったのだ?」
「あ? なにって……知らねー」
「少しは気にならんのか」
「は?」
「だーっ、愚か者! 貴様に尋ねた我が愚か者だ!」
パーティ内に立ち込めている気まずさは、ニックには感じられないらしかった。
尋ねる相手を間違えたと思ったライリー。
だが、よくよく考えれば、彼にしか尋ねられない状況である。
本人たちに直接聞くのはアレだし、かといって知らないフリも鬱陶しくてできない。
「…………」
「…………」
特に気になるのは、いつも仲の良いヘレナとスイミーが、今日は一言も会話をしていないことだ。
彼女たちの姿は、ケンカでもしたのかと、傍目から見ても心配になる。
センの方は、そんな2人の態度によって、なんとなく話しかけづらい様子だった。
仕方がないので、彼女はまたニックに耳打ちした。
「なにか知らんのか、貴様。例えば、死悪魔による呪法が2人を仲違いさせたとか」
「知らねー! 興味ねーからな!」
「バカ! というか、愚か者……! チームワークに支障が出る可能性だって、考えられるだろうが!」
「あー? あー……へへっ、まあ困ったら俺に任せな! なんか知らねーけど!」
「だーもー、貴様はーっ! 無知めーっ!」
耳打ちなのだから、当然、声は小さくするのが一般的だ。
だが、ライリーはボリュームを抑えきれず、わりと大きな声を出していた。
そのせいで、他3人の顔が彼女の方へ向いてしまう。
スイミーは訝しげな表情で言った。
「ライリー。さっき、ニックとなんか相談してました?」
「あっ……いや、構うな」
「なに話してたんですか」
「無限と虚無を覆す、我の力は強大過ぎるのだ……みたいな――まあ……貴様じゃ分からんか、この領域の話は」
ライリーは適当に誤魔化して、彼女の関心を受け流そうとする。
本当にどうでもよくて、分からなくても問題なさそうな話だったため、スイミーは一瞬で興味を失くした。
「ほーん」という適当な相槌と共に、スッと視線を外す。
思いの外、簡単にやり過ごせて、ライリーはホッとした。
もし追求されたら、『無限と虚無を覆す、我の力は強大過ぎるのだ』みたいな話の中身を、適当に創作しなければならなかったため。
自分もこの領域の話は分からないから、内容は想像できないのである。そもそも、どの領域か知らない。
ともかく、彼女はちょっと逡巡する。
視線を逸らした時の雰囲気からすると、スイミーはどうやら不機嫌なようだ。
やはりヘレナとケンカしたのだろうと、飲み込みやすい仮定をした。
性懲りもなく、彼女はまたニックに話しかけてみた。
なんだかんだ、彼は一番話しやすい相手なのである。
「なぁニック」
「んだよ。つーか、なんでさっきから小声なんだ? メンドーだし普通に話せって」
「普通に話したら、本人たちの目の前で噂話してる嫌な娘だと思われるだろうが」
「んなこと知らねーよ。耳くすぐってぇぞ」
「そんなことは我の知ったことではない」
両者とも、ぜんぜん譲らない。
2人は魔法学校時代、同じクラスの学友だったため、旧知の仲である。
ゆえに、お互いに遠慮などしない関係であった(補足すると、ニックは誰にも遠慮しない)。
「いいか、ニック。貴様が昔書いた、学級日誌の内容を思い出すがいい」
「忘れた!」
「忘れるな、バカ者! 貴様はこう書いたのだ――『せんせい、なかまってのは、あしでまといだから、ひつよおねーぜ』と」
ライリーはとある日の学級日誌について、話を持ち出した。
学生時代、彼女とニックは、一緒に日誌を書くことが多かった。
ニックの書く日誌は字が汚く、到底読めたものではなかったため、いつもライリーが監修していたのだ。
そういう経緯で、いつも通り監修を行っている時、彼の記述を記憶したのである。
「そんなこと書いたっけか? へへっ、仲間を守れねーヤツは強くなれねーよ! 今はそう思ってるぜ!」
「ああ。あの頃の貴様は、本当に頭のおかしい人間だった……」
学生の時分、ニックは破天荒を通り越し、問題児を通り越し、もはや悪魔と呼ばれていた。
荒れ狂う炎魔法によって本校舎を24回ほど焼き、フッ掛けてきた上級生を返り討ちにして重症を負わせ、その舎弟にも重症を負わせ……他にも、下手をすれば城の地下牢へ入れられるような武勇伝を、とにかくたくさん持っている。
死刑になりかけた密人の剣士を、戦ってみたいという理由で脱走させたこともある。脱走を補助したとして、同じく死刑になりかけたものの、戦闘に勝利して無力化したために堪忍してもらった。
「今も学生時代の名残があるが、まぁマシになったな」
「なに!? 俺はあの頃よりつえーぜ!!」
「黙れ、愚か者! 貴様の過去など闇に葬られても構わん! 我が真に言いたいのは――」
と、昔話に花を咲かせていたところ、2人の前に魔物が現れた。
「おわっ!」
「な、なんだっ!?」
ニックさえ思わず驚くほど、気配もなくそこに存在していた。
その魔物は、背中に大きなコブをこさえた、馬のような姿をしている。
奇妙な出で立ちを不思議に思いながら、ライリーは言った。
「くっ……我が失われし記憶が疼く……」
魔物の名前を思い出せそうなのに、なかなか思い出せない。
どこかで見覚えはあった。
「よしっ、セン! 俺が魔物倒すぜ!?」
ニックは魔物を睨みながら、素早く臨戦態勢に入る。身体中に赤い焔を纏わせた。
しかし、彼に戦闘の許可は下らない。
「おい、センっ??」
おかしいと思って、今度は振り向いて再び呼びかける。
するとどうやら、センはボーっとしていたようだ。
「――あっ。どうしたニック…………って、魔物じゃないか!!」
「反応おせーよっ! なにやってんだ!?」
リーダーは今更ながら脅威に気付いて、ニックに指示を出そうとした。
が、その瞬間――
「俺がコイツをブッ、」
目の前で勇ましく燃え上がっていた少年が、姿を消してしまった。
そう。コブの魔物が振った尻尾により、彼はブッ飛ばされてしまったのである。
広い砂漠の彼方へ、その姿は高速で消えていった。
「…………ニッ?!」
驚愕のあまり、『ニッ』と行ってしまうライリーであった。
そして魔物は、低く不愉快な声で鳴いて、砂の海を震わせた。