応援
グッドラック。
冒険者パーティ『サマーライト』のリーダーで、腕の立つ剣士でもある冒険者・セン。
彼は、ある密人の女性と合うために、王城の地下室へ来ていた。
密人とは、犯罪者の呼称である。この名を持つ者はみな、少なからず法に触れている。
詐欺や窃盗、重ければ殺人などを犯しており、密人は裁かれるべき存在だ。
彼が会う女性、呪術師のケイも、当然そうなのであった。
だが彼女は、自ら罪を償った。そして罰を受けに行った。
その選択は、彼女が本当に罪を悔い、清算したいと願ったゆえだ。
過去を振り切って、前に進もうとする彼女を、センは応援していた。
とはいえ、どうしても様子が心配なのは仕方がない。
ケイが檻に入ってから、もう一週間。面会はこの日まで許されなかった。
そうして待ちに待った許可日、久しぶりに彼女に会えると、センは心を弾ませていた。
強面の看守の案内によって、彼は面会室に通される。
そこに囚人服のケイが座っていた。
彼女の顔を見た瞬間、センは破顔した。
「やあ、ケイ! 元気だったかい!?」
「セン、来てくれてありがとう。久しぶりね」
センは居ても立っても居られず、着席もせずにケイへ話しかける。
気になることは山ほどあったのだ。
「ちゃんと食事はしてるかい? なにか困ったことはない? 心配事とか、悩みは? お風呂はちゃんとあるのかい?」
「ふふ……平気よ、セン。お風呂はみんなで一緒に入るから、少し狭いけれど」
『一緒に』という言葉に引っかかった彼だが、詳しく聞きたくなかったのでスルーした。
さすがに女だけで入るのだろう。まさか男と入るワケない……と、言い聞かせるのであった。
――その後もたくさんの質問を投げかけた。センとケイの会話は、終始楽しげな雰囲気を醸す。
また会えたことだけで、胸いっぱいの幸福に、お互いが満たされる。
しばらくすれば、檻を隔てる必要さえなくなる。明るく目映い未来を信じて、2人はむじゃきに笑う。
面会時間は短く、ほんの僅かに話しただけで終わってしまう。
センは話し足りない顔をしつつも、仕方なく彼女に手を振る。
「また来るよ、ケイ。雑役は大変だと思うけど、頑張って」
「ええ。センもね」
彼がエールを送ると、ケイも微笑を返して送り出してくれた。
手を振りながら面会室を出ても、センはまだ喜びに満ち溢れていた。
そして帰る前に、看守長室に立ち寄り、次の面会を申請するのだった。
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その夜、彼は宿の一室で寛ぎながら、また彼女のことを想う。
あの話が聞けて良かった、次に会う時はどんな話をしようか――と、少し浮かれていたのである。
面会の許可が早く降りれば好ましいと、頬を緩ませて考えるのだった。
彼はケイが好きである。しかし、その好意は友人へのものに近い。
少なくとも、今はそうなのだ。
そもそも彼自身さえ、ケイを虜にしようなんて考えていない。
妙な邪念は無く、彼は純粋な気持ちを抱いていた。
友達と遊ぶ約束をしてはしゃぐ、幼い子供と同じ気持ちだ。
そんな時、部屋の扉がノックされた。
コン、コン。静かに2度鳴る。
「? 誰だろう……ニックかな」
この時間帯にやって来るのは、大抵の場合はニック少年だった。
彼は『サマーライト』のメンバーで、炎使いの魔導師だ。そして、貪欲に強さを求める戦闘狂でもある。
それゆえ、彼が時間帯で遠慮することはない。どんな時であれ、戦闘のチャンスがあれば飛び込んでくるのだ。
そうした事情で、来訪客をニックと予想したセン。彼は「どうぞ」と声をかけながら、扉を開く。
すると、そこに立っていたのは、珍しいことに――精霊術師の少女・ヘレナだ。
「失礼します、センさん……こんな時間にすみません」
彼女は控えめに頭を下げると、申し訳なさそうに身を屈める。
少しだけ驚きつつ、センは彼女を部屋へ通した。
「ヘレナ。君が来るなんて珍しいね……さ、座るといい」
彼女はもう一度、控えめに頭を下げると、部屋の椅子を借りて座った。
そして、少しだけ口をもごもごさせた後、やはり控えめに言う。
「今日は…………いかがでしたか? ちゃんとお話、できましたか?」
意外なことを尋ねられて、少し驚くセン。
今日の面会は個人的なことだったため、その結果を聞かれるとは思っていなかったのである。
ゆっくりベッドに腰かけた彼は、密かに笑った。
少女はそれを確認するために、わざわざここを訪ねてくれたのかと、嬉しかったのだ。
彼は期待に応えようと、楽しげな笑みを浮かべた。
「もちろん。とても楽しかった!」
するとヘレナも、彼へ笑って返してくれた。
「――良かったです!」
けれど、センは一瞬、微笑みの前に空白を感じた。
彼女の反応がなんだか、ワンテンポ遅れていたような……妙な感触であった。
きっと気のせいだろうと、深くは考えない。
それよりも、今日の出来事を語って聞かせたくて、張り切って口を開く。
「はは、聞いてくれヘレナ。ケイが話してくれたんだけど、彼女は初日から看守さんに対して……」
――それから彼は、ケイから聞いた面白い話を、とても嬉しそうに話した。
ヘレナは笑顔を浮かべつつ、彼の話に律儀な相槌を打つ。
ランプの火が、2人の輪郭を斜めに照らす。暗い部屋での会話は、ケイとの面会よりも長く続いた。
静かな波の音が、窓から忍び寄る。
少し陶酔的なセンの表情を、星が煌めかせている。
そして、ランプの火は揺らぐ。
「ケイはそういう、抜けてるところがあるんだよな。僕も前まで知らなかったけどね」
「ふふ、そうなんですね……」
「そう……本当に良かったよ。久しぶりに会えるだけで、こんなに楽しいなんて思わなかったんだ」
「…………」
「ありがとう、ヘレナ。今朝、君が応援してくれたから、僕もたくさん質問ができたんだよ」
「――良かった。応援した甲斐がありました!」
会話の途中、さきほどの空白は再び現れた。
が、今度のそれを、センは見逃す。語りに夢中な彼は気付かない。
否、もし気付いたとして、やはり深くは考えないだろう。
「……良かったです。センさん、幸せそうだから」
ずっと話を聞いていたヘレナは、不意にそう言う。
もしかすると彼女は、面会が上手くいかないことを心配していたのかもしれない――そう考えて、センは微笑んだ。
仲間思いの少女がパーティに居ることを、我がことのように誇らしく思った。
胸を熱くした彼は、ヘレナへ声をかけようとした。
しかし、彼女がおもむろに立ち上がったので、言葉を出しあぐねる。
彼女はぺこりと頭を下げて、穏やかに言う。
「それじゃあセンさん、おやすみなさい。またあした」
「あ、ああ……おやすみ!」
それだけ言い残すと、足早に部屋を去った。
照れ隠しのような仕草に、センはまた微笑ましくなる。
彼女の優しさを感じて、心を温めたのだった。
またあした。




