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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
124/171

ポスト失恋

哲学の話です……というのは嘘です。

 魔物に喰われたヘレナを助け出し、事なきを得た『サマーライト』。


 だが、早々に水も尽きているため、長い探索はできそうもない。少し早めにダンジョンを後にした。




「スイミー……貴様、次はもう少し考えてから呷れ」


「そうです。聞いてます? スイミー?!」


「愚か者! スイミーは貴様だっ!」




 好き勝手に水を飲んだスイミーだが、反省した様子はない。


 ライリーの説教をうまく聞き流して、知らん顔していた。




 『サマーライト』の面々は現在、喫茶店に向かっていた。反省会を開くためである。


 いつもはしないが、今回はあまりにも不甲斐ない探索だったので、ライリーから提案した。


 リーダーのセンが不在なだけで、こうも統率の取れないパーティだとは、彼女も思っていなかったのだ。




 喫茶店へ向かう道中、一人だけトボトボ歩く少女がいた。


 ヘレナである。




「センさん……もう帰ってきたでしょうか」




 彼女はそう呟いて、ため息を吐く。


 その様子を見ると、スイミーは言った。




「『ゆっくり話してきてください』って言ったの、ヘレナです」


「……そうだね、ミーちゃん」


「今日のヘレナはボーっとし過ぎですよ」




 親友に注意されて、ヘレナは頼りなく笑う。


 そんな彼女を、心配そうな表情で見つめるスイミーだった。


~~~~~~~~~~


 ニックは喫茶店で食事をしない派だ。


 彼は甘いものを食べると、腹の調子が悪くなるのである。


 喉が渇いているのは確かなため、水を飲んで済ましていた。




「水、うめぇな!!」


「ふっ、これほどとは……神々の聖水に匹敵するだろう」


「キンッキンに冷えてやがります」




 無論、喉が渇いているのはニックだけではない。


 メンバー全員、身体の求めるがままに水を呷った。


 まずは無心で飲み、ある程度渇きが満たされると、ライリーが注目を集めた。




「さて、では貴様らに問おう……今回の探索はどうだった?」




 ニックは「おう!」と快活な返事を返し、満足した様子で言う。




「へへっ、魚に勝ったぜ! また一歩、最強に近付いたっ!」


「ま、まったく……貴様はそればかりではないか」




 ダンジョン攻略の是非よりも、自らを高めることの方が、彼にとっては重要だった。


 したがって、彼に反省すべき点はない。




「では、スイミー」


「はい。今度あそこに行く時は、水係の人を連れて行きましょう」


「節約せんか、バカ者。いくら持って行ったところで、ほとんど貴様が飲んでしまうだろうが」




 スイミーにも反省すべき点はない。否、反省するつもりがないのだ。


 水が無ければ持って来ればいいじゃない――そういう精神である。


 真面目に反省会を進めようとするライリーは、学習しない2人に額を押さえた。




 とはいえ、まあ2人がこの調子なのはいつものことだ。


 そんなわけで、彼女はヘレナに有意義な意見を期待していた。


 ヘレナはパーティの中でも真面目だし、しっかりしている子だ。そういう信頼もあって、最後に意見を聞いたのである。




「さあ、ヘレナ! この哀れな羊どもに、崇高なる言葉を!」


「皆さん、助けてくれてありがとうございました……」


「ふっ? あ、それは理解している。それより言葉を!」


「ごめんなさい。私、なんの役にも立たなかったです」


「……き、気にする必要はなかろう。貴様は神の光に選定されし勇者ブレイバーなのだから、その……ええい、崇高なる言葉を寄越せ!」




 期待は打ち砕かれ、ヘレナの口から出てくるのは、内省ばかりである。


 確かに、今日の探索で、彼女の様子はおかしかった。それはライリーも薄々分かっていたが、反省会では有意義な意見を出すと信じていたのだ。


 だがフタを開けてみると、彼女は一人で反省会をしていたらしい。




 雲行きの怪しさを感じるライリーには構わず、ヘレナは反省を述べる。




「今日、私、ダンジョンのことなんて考えてなかったんです。ずーっと別のこと考えてて」




 彼女はどうやら、探索中もずっと上の空だったようだ。


 なにを考えていたのか気になったライリーが、すかさず質問する。




「むう……なにを考えていたというのだ?」


「そ、それは……」




 しかし、彼女はその質問を受けると言い淀んで、答えようとしない。


 事情を推測することは難しいとはいえ、その様子を見る限りでは、プライベートな問題であることくらいは予想できる。




「ふん、よかろう……聞かないでおいてやる」


「あ、えっと――」


「勘違いするな……我とニックは聞かない、という意味だ。スイミーになら言えるのだろう?」


「ライリーさん……!」




 仲間の気持ちを推し量って、ライリーは不躾な問いを引っ込めた。


 そして、おもむろに席を立つと、ニックの襟首をつかんで引っ張る。




「ふんっ、我々は邪魔だからな。2人で話すがいい」


「ぐおおぉっ、なにすんだよっ!離せライリぃぃぃ」


「そ、その、お気遣いありがとうございます……ですけど、ニックさんを大事にしてあげてください!」




 ――武器屋を見てくると言って、2人は席を立った。


 喫茶店に残ったヘレナ&ライリーは、いつも通りに向き合って座る。




「…………」


「…………」




 どちらも声を発さずに、向かい合う。


 ヘレナは声を掛けあぐねていたが、スイミーは故意に黙ったままでいた。


 相手がなにか言うまで、喋らないつもりである。




 2人の間には珍しく、会話のない時間が長く挟まる。


 いつもとは違う雰囲気で、ヘレナはいくつか、出だしの言葉を考えた。


 思えば、彼女の側から話し出すのは、かなり稀な事であった。




「――ミーちゃん」


「…………はい」


「私……冒険者、辞めたいの」




 ヘレナの台詞に、ライリーの返事はない。


 その言葉が出たきり、再び沈黙が流れる。


 言葉の返事を待つヘレナと、どこか不機嫌なスイミー。




 スイミーは不機嫌なまま、ふと彼の名を口にした。




「セン」


「!」




 すると、ヘレナの表情は少し揺らぐ。


 最初から分かっていたものの、スイミーは改めて確信した。


 親友が気にしているのは、彼のことなのだと。




 打って変わって、彼女は別人さながらに、流暢に語った。




「ヘレナ。センが密人みそかびとの女性に取られちゃったから、拗ねてるんですよね。ベックさんが亡くなったことも重なってるかもしれませんけど、辞める理由にはならないです。そんなことで気持ちが揺らぐのは、バカげてると思います」




 親友の心を見てきたような言い方で、彼女はハッキリと言い切る。


 決めつけたように強く断言したが、ヘレナにとっては図星なのだった。


 すべて見透かされた彼女は、動揺を隠せずに、感情を露わにしてしまう。




「バ、バカげてるって……これでも、私なりに考えたことなんだよ? さっきまでは黙ってたのに……ミーちゃんはイジワルだね。そこまで知ってるなら、私の気持ちだって分かってるんでしょ?」


「はい。ヘレナは密人の人に負けたと思ってるんですよね? 自分のことなんて眼中にないセンを見ると辛いから、さっさと逃げようとしてるんです」


「……! ……ッそうだよ? でも、仕方ないじゃない。憧れのベックさんはもう居ないのに、センさんに叶わない片思いなんかして、楽しく冒険できるわけないもん。これ以上パーティに居ても皆に迷惑かけてばっかりで、今日みたいにお荷物になるだけだよ。そう、ミーちゃんの言う通り……私はセンさんのことが……」




 思うままに喋りながら、ヘレナは涙を流していた。


 鮮明な言葉にしたせいで、中途半端で惨めな自分を、改めて感じてしまったのである。


 ニックのように純粋な冒険者であったら、どれだけ良かっただろうと考えていた。




「センさんのことが、好きだった…………――初恋の人だったんだよぉ……」




 グラスに注がれた水の上へ、彼女の落とす雫が跳ねる。


 この期に及んでは、もう自分の中にある気持ちは認めるしかない。


 だが、認めれば殊更に悲しくなって、気持ちを整理する方法さえ分からなくなった。




 そんな彼女の代わりに、スイミーは客観的な言い方によって、気持ちの整理をさせてあげようと考えた。


 少女は相手の感情を、丁寧な言葉にして伝える。




「ヘレナが冒険者になろうとした理由は、最初は憧れだったんだと思います。でも、センに出会ってからはそれだけじゃなくなった。だって、彼に恋をしちゃいましたから」


「…………そう、なんだね……」


「でも恋も憧れも、その両方の気持ちが、どっちも届かない場所へ行っちゃったんです。だからヘレナは、冒険者を続ける意味を見失っちゃったんです」


「……っ………うん…」




 優しい彼女の口調に、ヘレナは泣きながら頷いた。


 失恋の振り切り方について、丁寧に示してくれるその声に、ただ黙って追従する。




 ――するとその時、静かに言葉を続けていたスイミーは、いきなり席を立ち上がった。




「……っ!?」




 彼女の突然の蛮行に、ヘレナは思わず涙を止め、驚愕の視線を向ける。


 その視線がバッチリ噛み合った瞬間、スイミーは力強く拳を振り上げた。




「ヘレナはとんでもないバカヤローですっ!」


「え、えぇっ……!?」


「なんで負けたと思ってるんですか!? センが言いましたか、『今日から僕は密人の人と付き合うから』って!! どうなんです!?」


「へ…………? あ、その、言ってな……」


「言ってないじゃないですか!! じゃあ負けてませんよね!? さぁ、今こそ立ち上がる時なのですよっ、ヘレナ!! 逆境は逆転するためにあるのですから!!」




 とんでもないテンションで、逆転の道を示す。


 完全に諦める方向でしか考えていなかったヘレナは、彼女の唐突な鼓舞に戸惑った。


 だが、一理あるのは確かだ。センは『僕は密人の人と付き合う』なんて言ってない。




(……あんな幸せそうな顔を見て、まだセンさんを諦めないなんて……私にはそんなこと……)




 スイミーの言っていることは分かるが、そのテンションにどうしても乗り切れず、やっぱり暗い顔をするヘレナ。


 幸せな彼の邪魔をするようなことは、あまりする気になれないのである。




 すると、スイミーはここぞとばかりに、ヘレナの目の前へ顔を近付けた。




「いいですか、ヘレナ。今までの恋はただの準備なんですよ」


「……じゅんび……?」


「そうです。ヘレナが自分の気持ちに気付くための、最初の段階に過ぎません! そして今、自覚したアナタには分かりますよね!? いいですか、好きならもっとアタックすべきなんです! ウジウジしてても意味ないんです!!」


「…………」


「私がサポートしますから、勝手に諦めんじゃねー! です。この恋が叶うまで、ヘレナは冒険者を辞めてはいけません」




 テンションの高い彼女は、ヘレナが言葉を挟む余地さえ与えず、とにかく喋り倒した。


 正直、ヘレナはそれについていけなかったが、一つだけ悟ったことがある。




(ミーちゃん……私に冒険者を辞めさせる気なんて、サラサラないでしょ)




 態度の裏にある彼女の計画性を見抜いて、ヘレナは小さく笑う。


 豪胆な親友を見ていると、少女の暗い気持ちは、しばらくは鳴りを潜めるのだった。

パッションで押し切ります。

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