表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
122/171

砂の海

今回のメインは、精霊術師のヘレナちゃんです。

 その日のセンは、見たこともないほど溌溂とした表情を湛えていた。


 ヘレナは彼の顔を見ると、自身も笑みを浮かべた。




「センさん、今日は面会の日ですね! いってらっしゃい!」


「ああ、ありがとうヘレナ。久しぶりに――といっても数日前だけど、彼女に会うのが楽しみだ」


「今日のダンジョンは攻略難度も低いので、私たちだけでも平気ですからね。心置きなく、たくさんお話してきてください」


「うん、そうするよ。それじゃあ行ってくる」




 すでに外出の準備を済ませていたセンは、大空へ飛び出すように宿屋を出て行った。




「お気を付けて~!」




 ヘレナは彼を見送る間も、笑顔を絶やさずに手を振り続けた。


 丁寧に見送りの挨拶まで付けて、彼女は楽しそうにしていた。




「……」




 そんなヘレナの様子を、彼女の親友であるスイミーは、憂いを帯びた視線で見ていた。


~~~~~~~~~~


 今回、彼ら『サマーライト』が攻略するダンジョンは、砂嵐が舞い狂う殺風景な砂漠だ。


 ダンジョンの中だけで照る太陽は、焼けるような光線によって景色を揺らがせる。


 冒険者たちは水分を奪う熱気に耐え、乾いた大地を踏みしめて、干からびた砂の音を聞いた。




「最近、やけに顔を見ることが少ないとは思っていたが……まさかリーダー不在のまま、未開の地を踏破することにはなるとはな」


「センのやつ、俺と戦わねぇんだよな。最近」


「炎属性の魔導師が2人居るせいでバランスが悪いのに、剣士が抜けたらゼッタイにまとまりません。サイアクです」


「おい、スイミー? 貴様、我を愚弄したな?」




 暑さのせいか、パーティメンバーはグダグダと文句を並べる。


 この不和は、あまり良くない状態だった。


 いつもならばセンが居て、そこを仲介するのだが……その彼が居ないからこその不満である。




「ねぇヘレナ~。喉が乾いたので、ジュースおごってくださ~い」




 ザクザクとうるさい砂の音に煩わされるスイミーは、ストレス解消のためのジュースを親友にねだる。


 しかし、7割ツッコミ待ちの彼女の発言は、華麗にスルーされてしまった。




「………………」




 スイミーの声が耳に届いていないのか、ヘレナはまったく反応を示さず黙っている。


 無視されたのが悔しいスイミーは、眉の端を「ムムム」と吊り上げた。




「ヘレナ~~~、ミーちゃん疲れましたよぉ~~~~~」


「へへ! このくらいで疲れてちゃ、最強にゃなれねーぜっ!」


「うるさいですね……はい、今日の探索は終わり。お疲れ様でした」


「おい貴様、勝手に終わらすなっ!!」




 周りの人たちは彼女の声に反応するのに、肝心のヘレナだけは振り向いてくれない。


 周囲の気温は暑苦しいほどだというのに、いつもなら構ってくれる親友は冷たかった。


 頬を膨らませて、うーうー言う。されど、ヘレナは振り向かないようだった。




 そんな時、『サマーライト』の目の前には魔物が現れた。


 不穏な雰囲気の接近に、素早く気付いたライリーが声を上げる。




「!! 全員、その場を動くなっ!!」


「!?」


「あ?」




 彼女の声が響くと同時、大地に広がる砂の海から、途轍もなく巨大な魚が現れた。


 それは冒険者たちの20倍以上もある体格から、見るもおぞましい口内の空洞を晒し、破壊的な鳴き声をあげる。


 理不尽に襲い来る音波は、それだけで相手の戦意を奪う暴力性を有していた。




 咄嗟に耳をふさいで、『サマーライト』の面々はダウンを逃れた。


 リーダーがいない今、この敵いそうもない怪物を相手取るのは危険だ。


 そう考えて、ライリーは精一杯の大きな声で、慣れない号令を出す。




「ここは退くぞ、愚か者どもよ――」


「あの魚を殺すのは俺だァァァァァァ!!!!」


「きき、貴様ァ! 無明の闇に飲まれるぞォ!?」




 残念ながら、その頑張りは報われない。血気盛んな炎の魔導師・ニックの耳には届かなかったのだ。


 彼はカンペキに命令を無視すると、地面に炎を噴出して飛びあがり、魚の頭をブン殴った。


 “ボヒィッ”だか“ブキョボォウッ”だか、なにやら変な音とともに魚の頭は減り込み、変形する。




「へへっ! イッチョーアガリぃ!」




 確かな手ごたえを感じ、得意げに言い放った彼だが、実のところ敵にダメージはない。


 この魔物の皮膚は相当柔らかいため、小さな衝撃であっても大袈裟に凹むのである。


 ゆえに、彼の行動は徹底的に悪手なのだった。




「ウゥーーーーーーンンンッ!!」




 老人の呻き声を増幅させたような、奇怪でけたたましい咆哮が、荒れ狂う砂の海に鳴り響く。


 それは明らかに、声の主の憤怒を表していた。いきなり攻撃を受けて逆上しない魔物など、もはや魔物ではないのである。




 魚のヘイトが完全に自分たちに向いたことで、先ほどよりも窮地に陥った『サマーライト』。


 怒らせた原因はニックだが、そんなことはお構いなしに、彼は逆ギレした。




「なんでダメージになってねーんだ!? 俺の渾身の一撃が効かねーわけねーのにっ!!」


「うぷぷ、ザコです」


「なんだとっ!? もう一回言ってみろォ!!」


「ザコニックで~す」


「コンニャロ!! もう一回言ってみろォ!!」


「ザコザコザコザコザコですですですですです」


「コンニャロコンニャロコンニャロコンニャロコンニャロ!!」




 仲間をからかって遊び始める、危機感のないスイミー。


 状況を分かっているとは思えない弛緩ぶりである。




「貴様らぁ~っ、愚かな人類め!! 虚ろなる伝令の中で、永遠に彷徨うがいい!!」




 まともにその場をまとめようとしているのは、ライリーだけであった。


 そしてヘレナは魔物を前にしても、未だに無反応のままである。


 意思がバラバラの彼らは、強大なる力を前にして、眼を覆いたくなるほど無力だった。




 その時、魔物の小さく鈍い眼が、不気味にギョロリと動く。


 そして獲物を定めると、口をありえないくらい大きく開けて、それへ突進した。




 無論、この場に居る獲物は、『サマーライト』の内の誰かだ。


 今回、不運にもターゲットにされてしまったのは――




「…………ヘ」「レ」「ナ~~~っ!?」




 始終ボーっとしていた、様子のおかしいヘレナである。


 彼女が空洞に飲み込まれる瞬間、ライリー・ニック・スイミーは順に声を上げ、驚愕とともに彼女の名前を呼んだ。




 綺麗に丸飲みされて、無音のうちにその場から消えてしまった少女が、元気な返事を返すことはない。


 おやつにもならぬ食事を終えると、魚は再び大きな音を立てながら、砂の海へ潜っていった。


 押し寄せる砂丘の波に足を取られた者たちは、それを阻止することもできなかった。




 こうして、吹き荒ぶ嵐の中、その場に残された3名。


 呆然と状況を整理すると、期せずして一斉に叫ぶ。




「「「ヘレナが喰われたぁぁぁーーーーーっっっ!!!」」」




 シンクロによって華麗に響いた言葉はしかし、情なき風の前でチリと化した。

ヘレナぁぁぁーーーーーっっっ!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ