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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
生活の章
12/171

仮面

冒険者ではない王女の話です。

 冒険者には、腕の立つ者も多い。


 それ故に、冒険者ではない者達に用心棒を依頼されることもある。


 例えば、馬車を盗賊などから守ったり、防衛地点の見張りをしたり…その他、たくさん。


 レアなケースとしては、王族の警護なども挙げられる。




「ワイズ、なにを緊張してるんだ。お前はあの勇敢な戦士、ワイズじゃないか!数多のダンジョンを踏破し、人々から尊敬の眼差しを送られる、あのワイズ!」




 かの戦士・ワイズのように。


 彼は独り言を呟きながら、街の様子を視察に来た王女レインを護衛していた。


 レインはとても高貴な身分であり、冒険者がお目にかかれる機会は極端に少ない。


 ワイズは自分がレインの護衛に選ばれたことを光栄に思いつつも、彼女のかつてない威光に悩んでいた。




「レイン姫!このワイズ、必ずやあなたを守ってみせます!なんと麗しいそのお姿!あなたのためなら死ねる!」


「ワイズ、騒がしいわ。」


「レ、レイン姫ぇ!!すいま、申し訳ございません!!」




 ワイズの隣、少し前を歩くレインは、彼の漏れっ放しの言葉を注意した。


 レインの流麗な視線に捕まり、ワイズは咄嗟に頭を下げる。


 彼は周りの騎士の目を気にしつつ、レインの顔を窺いながら顔を上げた。




「…レイン姫、俺は…あ、いえ!私は!」


「言葉遣いなど好きになさい。私は気にしないわ。」


「…は、はい。俺は、俺は…俺は?」




 緊張に頭を締め付けられたままで、話などできない。


 彼は、自らの放つつもりだった言葉を忘れてしまった。


 そのまま、幾何かの時が過ぎたが、いくら歩いていても思い出せない。




「俺は!俺は!俺は…俺、俺、俺?」




 「俺は」という言葉に、感嘆符をつけたり、疑問符をつけたり、リズミカルに発音してみたり、「…」を足してみたり…悲しいかな、ワイズは壊れてしまった。


 そんな彼の様子を黙って放っていたレインだったが、おもむろに口を開いた。




「…ワイズ。私達はもうすぐ、噴水公園につきますわ。」


「おっ、ひゃいぃー!?」




 姫の唐突な声に、ワイズは死にそうなくらい驚いたが、なんとか上ずった声で返事を返す。




「そこで私は民衆と話をすることになる…とても、退屈な時間。」




 レインはそう言って、ワイズの隣で遠い目をした。


 ワイズは相変わらず、自らの心臓の音を煩わしく聞いていたが、レインの横顔を不思議そうに見た。




「騎士に守られている私を目の前に、言葉を選ばずにいられるかしら。みな本当のことなんて、話せるとは限らないわ。」


「…そ、そうかもしれませんね。」


「実際にそう。国の人々が王族に反感を持っていることくらい、加護の中で生きてきた私にだって分かるわ。」


「姫…そんな、気に病むことはないじゃないですか。国民はあなたの姿を見られるだけでも、十分に…」




 ワイズがそこまで言った時、レインは彼に再び、気品に満ちた視線を浴びせた。


 ワイズはその視線を受けた瞬間、なにやら重大な決断を迫られているような、そんな感じがした。


 レインはそのまま、彼の目を真っ直ぐに見ながら言った。




「ワイズ。私はまだ、仮面を外していないのよ。」




 ワイズは、自らの体中で血液が唸っている気がした。


 手が震え、喉が震え、熱が出たのかと錯覚しそうなほど頭が揺れた。


 この瞬間、彼は突然にして、レインの華美な仮面を外す権利を与えられたのだ。




「レイン、姫…そんなこと、したら、俺…」


「国の法が許さない?それなら、私が許しを与えるわ。」


「姫…!」




 ワイズは、今だけは、心の赴くままに行動するべきだと思った。


 逡巡する間もなく、彼はレインの金色の髪に手を伸ばした。


 そして…無礼にも、王族の顔に無作法に触れたのだ。




「…ワイズ?」


「姫…仮面など、どこにもありませんよ。これはあなたの肌です。」




 奇跡が起こったのか、その瞬間を誰も見ていなかった。


 王女を守る騎士達は、噴水広場に集まった国民達に注目し、王女の方へは注意していなかった。


 したがって、ワイズは罪に問われることはなかった。




「あなたが仮面を着ける必要など、どこにもないでしょう?」


「ワイズ…」




 ――その後、彼は護衛任務を無事に完遂することができた。


    姫の肌に触れたことを一生忘れないと、己が胸に誓いながら、彼はただの冒険者に戻るのであった。

30話までは毎日更新

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