勇気
そろそろタイトルが被りそう。
エリンの作戦は失敗した。
彼女は瞳を小さく震わせて、見知らぬ男たちに捕まったケイを見つめる。
ケビンはケイを見て、淡々と言う。
「他にも冒険者たちを動員させていると、気付かなかったようだな」
彼の言葉によると、ケイを捕まえたのはどうやら、彼の手配した冒険者のようだった。
ケビンだけではなく、男たちも街を徘徊して、ケイを追っていたのだろう。
「どうして、変装がバレたの……」
悔しそうにエリンが聞くと、やはりケビンは淡々と語った。
「変装しているところを監視していたのだ。星の瞬きは、俺にすべてを教えてくれる」
彼は占星術を使うことで、どんなに遠く離れたものであっても監視することができるのだ。
ゆえに、一度でもターゲットとなった人間は、彼の前で隠し事をすることさえできない。
秘密は暴かれるよりも前に、意味を持たないのである。
占星術の恐ろしさを知って、エリンは戦慄を覚えた。それと同時に、自らの甘さを後悔した。
さっきまで、自分たちは泳がされていただけ。
ケビンにとっては、ケイを捕えることなんて、赤子を手を捻るより簡単なことだったのだ。
「ケイさん……」
彼女が助けたい人の名を呼ぶと、その人は哀しく笑う。
「エリンさん、これでいいの。私は裁かれるべきだから」
裁かれるとは、どのような結果を迎えることなのか。
死に対する報いは死ではないのか。
関係者の死を以て償うことは、如何なる罪の清算においても不毛である。
なぜケイが死ななければならないのかと、エリンは強い抵抗を覚えた。
しかし、いくらそう思っても、屈強な冒険者に囲まれるケイを救い出すことは、簡単なことではない。
エリン一人で行える作戦では、まず不可能に思われた。
ダンジョン攻略のノウハウを踏まえて、少女は必死に頭を回す。
すると、ケビンの言葉が思い出された。
『相手が魔物なら、これでも通用してきたんだろう』
魔物に通用するだけの作戦は、やはり彼の前に無力なのかもしれない。
そう考えると、彼女の気持ちは途端に力を失くして、身体は動くこともできなくなった。
これではいけないと、すぐに頭を振ったところで、同じことだ。
『しょせんお前は冒険者だ』
冒険者は、ダンジョンでは魔物を相手取っているだけ。
理性ある人との戦いは、知性の高い魔物との戦いとも、まるで違う。
救出のために、考えるべきことは山のようにある。なにから見当をつけるべきなのか、手探りでは分からないほど。
問題は山積みのようで、その実は壁のような、とても越えられない障害だった。
見ているだけしかできない彼女は、その場から一歩も動けない。
すると、ケビンたちは冒険者ギルドへ向かい始めた。
「戻るぞ。連行しろ」
「ま、待って……!」
自信を失ったような、か細い声を放つエリン。
届こうが届くまいが、ケビンが振り返ることはない。
彼らの姿は遠くなっていくのに、少女は追いかけることさえできないでいた。
(アリエル……私、どうしよう……)
心の中で、縋るように親友の名を呼ぶ。
その応えはない。呼んだところで、アリエルはここには居ない。
だとしても、もはや自分自身の力だけでは、及ばない気がしていた。
望まぬ場所へ手を引かれていくケイ。手を引くのが自らでないのなら、一体なんのために来たのだろう。
遠くなっていく姿を、指を咥えて見送る――そんな彼女の隣に、装飾のようなかわいい光が踊る。
驚いて眼を向けると、そこには小さな精霊の少女が浮かんでいた。
「――あんた、なんで追いかけないワケ?」
「……へっ?」
「今ここでケイを行かせたら、あの娘は死刑になるかもしれないのよ」
「そんなの、分かってるけど……! どうしたらいいか……」
「バカじゃないの? そんなの決まってるでしょ」
精霊の少女はエリンと話すと、すぐにケイたちの方へ飛んでいく。
それを見たエリンも、慌てて少女を追った。
精霊の少女はおもむろに氷の刃を出現させると、数本並んだそれを順に撃ち出す。
刃は見事に目標へ命中した。ケイを連行する冒険者と、それを統率するケビンへ。
「ぐえっ」「うわっ」
「……なんだこれは」
後頭部にヒットしたものの、彼らへのダメージは少ない。
ケビンは振り返って、精霊の少女を視認した。
「邪魔をしたのはお前か、フェリ」
「うっさい。ケイを解放しなさいよ」
「無駄なことを……」
ケビンは俊敏な動きによって、精霊の少女・フェリとの間隔を一瞬にして詰める。
だが、フェリはすぐに氷の刃を出現させ、同じように撃ち出した。
撃たれた刃は、ケビンの顔面にまで迫った。
「ふん」
それは、直撃まで残り少しもない間合いで、間一髪ながら避けられる。
とはいえ刃は一本ではない。フェリは慌てず、2撃目、3撃目も続けて撃ち出す。
そのすべてを、ケビンはまったく同じ要領で避けきった。
「当たらない……!?」
刃の再創成を余儀なくされたフェリだが、そんなことをしている暇はない。
「大人しくしろ」
「うあっ……! 勝手に掴まないで、キモいから……っ!」
少女の身体は、ケビンの大きな手に呆気なく掴まれた。
強く握られて、哀れにも身動きの取れない彼女は、それでもケビンを睨む。
「あんた……っ、相手の話くらい、ちゃんと聞いたらどうなのっ!?」
「聞く必要がどこにある? 密人は悪だ、それに変わりはない」
「はぁ!? ホントにキモいんだけどッ!」
密人を例外なく悪と見なすケビンに、少女の話は通じない。
そのままフェリも、彼の手の中に封じこまれた。
しかし少女は、身動きが取れなくなっても、声を発することはできる。
「アーチャー……!! あんたもユウキ出しなさいっ!!」
彼女は体格に合わぬ大きな声で、エリンへと呼びかけた。
精霊の少女が放った言葉を、エリンは驚きとともに受け止めた。
「そうだ……勇気……っ!」
言葉をくれた精霊の少女は、実際に勇気をもって行動したのだ。
自身もそうでなくてはならないと、エリンは言葉を繰り返して呟く。
が、すぐに動くことはできない。
エリンは言葉を返すために、声を振り絞ろうとする。
その時、ケビンはフェリの口を親指で塞ぎ、その姿をエリンの見えない位置へ隠してしまった。
余計なコンタクトを取らせないために、意図的にそうしたのだ。
「あっ……!」
結局、エリンはまだ動けないままだった。
だが、彼女の揺れる瞳は、去っていくケビンを強かに見据えていた。