表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
119/171

勇気

そろそろタイトルが被りそう。

 エリンの作戦は失敗した。


 彼女は瞳を小さく震わせて、見知らぬ男たちに捕まったケイを見つめる。




 ケビンはケイを見て、淡々と言う。




「他にも冒険者たちを動員させていると、気付かなかったようだな」




 彼の言葉によると、ケイを捕まえたのはどうやら、彼の手配した冒険者のようだった。


 ケビンだけではなく、男たちも街を徘徊して、ケイを追っていたのだろう。




「どうして、変装がバレたの……」




 悔しそうにエリンが聞くと、やはりケビンは淡々と語った。 




「変装しているところを監視していたのだ。星の瞬きは、俺にすべてを教えてくれる」




 彼は占星術を使うことで、どんなに遠く離れたものであっても監視することができるのだ。


 ゆえに、一度でもターゲットとなった人間は、彼の前で隠し事をすることさえできない。


 秘密は暴かれるよりも前に、意味を持たないのである。




 占星術の恐ろしさを知って、エリンは戦慄を覚えた。それと同時に、自らの甘さを後悔した。


 さっきまで、自分たちは泳がされていただけ。


 ケビンにとっては、ケイを捕えることなんて、赤子を手を捻るより簡単なことだったのだ。




「ケイさん……」




 彼女が助けたい人の名を呼ぶと、その人は哀しく笑う。




「エリンさん、これでいいの。私は裁かれるべきだから」




 裁かれるとは、どのような結果を迎えることなのか。


 死に対する報いは死ではないのか。


 関係者の死を以て償うことは、如何なる罪の清算においても不毛である。


 なぜケイが死ななければならないのかと、エリンは強い抵抗を覚えた。




 しかし、いくらそう思っても、屈強な冒険者に囲まれるケイを救い出すことは、簡単なことではない。


 エリン一人で行える作戦では、まず不可能に思われた。




 ダンジョン攻略のノウハウを踏まえて、少女は必死に頭を回す。


 すると、ケビンの言葉が思い出された。




『相手が魔物なら、これでも通用してきたんだろう』




 魔物に通用するだけの作戦は、やはり彼の前に無力なのかもしれない。


 そう考えると、彼女の気持ちは途端に力を失くして、身体は動くこともできなくなった。


 これではいけないと、すぐに頭を振ったところで、同じことだ。




『しょせんお前は冒険者だ』




 冒険者は、ダンジョンでは魔物を相手取っているだけ。


 理性ある人との戦いは、知性の高い魔物との戦いとも、まるで違う。


 救出のために、考えるべきことは山のようにある。なにから見当をつけるべきなのか、手探りでは分からないほど。


 問題は山積みのようで、その実は壁のような、とても越えられない障害だった。




 見ているだけしかできない彼女は、その場から一歩も動けない。


 すると、ケビンたちは冒険者ギルドへ向かい始めた。




「戻るぞ。連行しろ」


「ま、待って……!」




 自信を失ったような、か細い声を放つエリン。


 届こうが届くまいが、ケビンが振り返ることはない。


 彼らの姿は遠くなっていくのに、少女は追いかけることさえできないでいた。




(アリエル……私、どうしよう……)




 心の中で、縋るように親友の名を呼ぶ。


 その応えはない。呼んだところで、アリエルはここには居ない。


 だとしても、もはや自分自身の力だけでは、及ばない気がしていた。


 望まぬ場所へ手を引かれていくケイ。手を引くのが自らでないのなら、一体なんのために来たのだろう。




 遠くなっていく姿を、指を咥えて見送る――そんな彼女の隣に、装飾のようなかわいい光が踊る。


 驚いて眼を向けると、そこには小さな精霊の少女が浮かんでいた。




「――あんた、なんで追いかけないワケ?」


「……へっ?」


「今ここでケイを行かせたら、あの娘は死刑になるかもしれないのよ」


「そんなの、分かってるけど……! どうしたらいいか……」


「バカじゃないの? そんなの決まってるでしょ」




 精霊の少女はエリンと話すと、すぐにケイたちの方へ飛んでいく。


 それを見たエリンも、慌てて少女を追った。




 精霊の少女はおもむろに氷の刃を出現させると、数本並んだそれを順に撃ち出す。


 刃は見事に目標へ命中した。ケイを連行する冒険者と、それを統率するケビンへ。




「ぐえっ」「うわっ」


「……なんだこれは」




 後頭部にヒットしたものの、彼らへのダメージは少ない。


 ケビンは振り返って、精霊の少女を視認した。




「邪魔をしたのはお前か、フェリ」


「うっさい。ケイを解放しなさいよ」


「無駄なことを……」




 ケビンは俊敏な動きによって、精霊の少女・フェリとの間隔を一瞬にして詰める。


 だが、フェリはすぐに氷の刃を出現させ、同じように撃ち出した。


 撃たれた刃は、ケビンの顔面にまで迫った。




「ふん」




 それは、直撃まで残り少しもない間合いで、間一髪ながら避けられる。


 とはいえ刃は一本ではない。フェリは慌てず、2撃目、3撃目も続けて撃ち出す。


 そのすべてを、ケビンはまったく同じ要領で避けきった。




「当たらない……!?」




 刃の再創成を余儀なくされたフェリだが、そんなことをしている暇はない。




「大人しくしろ」


「うあっ……! 勝手に掴まないで、キモいから……っ!」




 少女の身体は、ケビンの大きな手に呆気なく掴まれた。


 強く握られて、哀れにも身動きの取れない彼女は、それでもケビンを睨む。




「あんた……っ、相手の話くらい、ちゃんと聞いたらどうなのっ!?」


「聞く必要がどこにある? 密人は悪だ、それに変わりはない」


「はぁ!? ホントにキモいんだけどッ!」




 密人を例外なく悪と見なすケビンに、少女の話は通じない。


 そのままフェリも、彼の手の中に封じこまれた。


 しかし少女は、身動きが取れなくなっても、声を発することはできる。




「アーチャー……!! あんたもユウキ出しなさいっ!!」




 彼女は体格に合わぬ大きな声で、エリンへと呼びかけた。


 精霊の少女が放った言葉を、エリンは驚きとともに受け止めた。




「そうだ……勇気……っ!」




 言葉をくれた精霊の少女は、実際に勇気をもって行動したのだ。


 自身もそうでなくてはならないと、エリンは言葉を繰り返して呟く。


 が、すぐに動くことはできない。




 エリンは言葉を返すために、声を振り絞ろうとする。


 その時、ケビンはフェリの口を親指で塞ぎ、その姿をエリンの見えない位置へ隠してしまった。


 余計なコンタクトを取らせないために、意図的にそうしたのだ。




「あっ……!」




 結局、エリンはまだ動けないままだった。


 だが、彼女の揺れる瞳は、去っていくケビンを強かに見据えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ