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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
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浅知恵

「逃げよう、アイクさん!」


「あ、あのっ」


「アリエル!」




 エリンの掛け声を合図に、呪術師の少女・アリエルは、転移の呪術を発動した。


 それにより、ケイとエリンの身体は闇の魔力に包まれる。




「待て、お前たち……!」




 ケビンは慌てて手を伸ばしたが、闇に隠れた彼女らには触れられない。


 指先は空を切った。まんまと逃げられてしまったようだ。


 彼はまた舌打ちし、忌むべき密人みそかびとを追って喫茶店を出ようとする。




「……行かせません」




 そこに立ち塞がったのはアリエル。彼女は両手を前に構えて、呪術を発動する構えを取った。


 時間に余裕ないケビンは、冷酷かつ少し苛立った声で命令した。



「どけ」




 アリエルは首を振る。




「……イヤです」




 すると占星師は、センを封じたままのアバトライトへ眼配せした。


 テレサの時と同様、その仕草の意味するところは一つである。




「悪いが、センもアリエルも大人しくしていてもらうよ」


「!!」




 彼の意図を理解したアバトライトは、捻じ伏せていたセンの腹を肘で突く。


 そして間髪入れず、アリエルの腕を俊敏な動作で掴み、身体を引き寄せ、羽交い締めにした。




 拘束を解かれたものの、呻くような痛みに起き上がれないままのセン。


 彼を再び拘束し直したのは、ケビンの発動したスクロールの魔法だ。




「うぐゥ……っ」


「リーダーの邪魔はさせないよ」




 爽やかな笑みを不敵に浮かべて、聖騎士は笑った。




「よし。テレサ、アバトライト……ここの連中はお前たちに任せる」


「「了解」」




 メンバー間で完璧な統制を取った後、ケビンはまた出口へと向かった。


 そこですかさず、身動きの取れるウードとマゼンタが彼を止めようとする。




「ケビンさんの邪魔をしないでください」




 当然、その行動は、テレサの攻撃によって中断させられた。


 彼女の剣を回避しなければならず、ウードは後方に下がり、マゼンタは両手槍で剣を受けた。




「まあ、テレサちゃん……ごめんね。そんなに怒らないで欲しいわぁ」


「別に怒ってはないですが」


「でもぉ~……こぉんなに強くぶつかっているじゃない?」


「ふふ、マゼンタさんとの勝負は、負け越しのままですからね」




 鋭い眼光を見開いて、テレサは剣を強く握る。


 彼女の力強い闘志は、なるべく穏やかに済ませたいマゼンタを困らせた。


 かといって、あまり手を抜いては戦えないので、彼女は彼女でちょっと本気を出した。




「ほとんどタイマンだな……こりゃあ、俺の出る幕はなさそうだ……」




 無駄に魔物を戦死させるのを避けて、ウードは早々に戦線離脱する。


 その代わりに、行かせてしまったケビンを追って、喫茶店を飛び出した。


 そんな彼の後ろを、小さな妖精も黙って着いて行った。


~~~~~~~~~~


「――本当はケイさんって言うんですね」


「……ええ。そして、薄汚い密人ですよ」


「そんなことないですっ」




 先に混沌の休憩室を脱出して、噴水広場の方面へと逃げるケイとエリン。


 その道中、ケイはエリンに本当の名前を明かした。




「ケイさんは薄汚くなんてない! 自然化なんてやめましょうっ!」


「……そうね」


「そんなこと言わないで……え? あ、そうね……? って?」


「私、自然化すべきじゃないのかもしれないわ。そんなので償える罪じゃない……」




 ケイは自然化ではなく、他の考えを持っているようだった。


 しかし、依然として明るい顔では語らない。それがやはり、エリンの不安を煽った。




 ともかく、今はケビンから逃げ切ることが最優先だ。


 エリンは素早く作戦を考えて、それを実行することにする。




「……な、なにはともあれ、今はケビンさんを撒くことだけ考えましょう! 私に作戦があります、こっちへ!」


「作戦? ええ、分かりました」




 彼女の提案に、ケイは首を傾げつつも従った。


 そうして、街角に積まれた木箱の山へ身を隠す。




 ――少し経って、彼女らの隠れる場所へ、ケビンがやって来る。


 彼はケイを追っているはずなのに、なぜか悠然と歩いていた。




「……」




 黙って歩くその姿からは、どんな考えも推し量れない。


 だが少なくとも、犯人を逮捕しようとする気概は感じられない様子だ。




 エリンから見ても、その歩調は少し違和感のあるもので、逆に不気味にも見えた。


 それでも構わず、作戦を決行するため、ケイに合図を出す。




「行くよ、ケイさん!」


「ええ……!」




 彼女らは勢い良く木箱を離れて、それぞれ逆の方向に走り出した。


 そのうち、エリンはケビンの前へ飛び出して、彼の前をこれ見よがしに横切った。


 すると、ケビンの視線は明らかに少女の姿を確認し、しばしその行動を眼で追う。




(よし……! 見てるっ!)




 エリンの作戦は、単純かつ明快なものである。


 実は今、彼女はケイの服を着用していた。




『お互いの服を交換して、私がケイさんのフリをします』


『え? それって、もしかして――』


『そうです……! 名付けて、“オトリ大作戦”っ!』




 作戦の概要は説明するまでもなく、名前のままであった。


 つまり、エリンが囮になることで、ケビンの注意を惹き付け……その間にケイを逃がすという作戦だ。


 無論、間近で注視されれば、体格の違いなどの様々な理由で、正体がバレる。


 が、今回は街角を素早く通り過ぎただけだ。遠目の場所から、細かく判別することは難しいだろう。




 ケビンの眼は確実に少女を追い、服装を確認したはずである。


 後は彼が、ちゃんと勘違いしてくれるかどうかだが――




 後方に再び見えたケビンには、その兆しはなかった。




 彼は未だに、歩行スピードを速めることもなく、ゆっくりと歩いている。


 躍起になって捕まえに来てもおかしくない状況で、その様子は些か悠長過ぎるのだ。


 なにかがおかしい……そう考えて、エリンは一度立ち止まった。




 すると、ケビンは彼女へ顔を向け、ニヤリと笑みを浮かべる。


 そして、少し離れた位置から、おもむろに言った。




「相手が魔物なら、これでも通用してきたんだろう…………しょせんお前は冒険者だ」


「……えっ?」




 彼の表情を見たエリンの背筋に、ぞぞぞっ――と、寒気が走る。


 そのすぐ後、ケイの逃げ去った方向から、厭に微かな、魔法の硬質な音が聞こえた。




 それこそ、拘束魔法によって現れる光の束が、罪人を締め付けた確かな音である。


 エリンの瞳は刹那、その奥に絶望を宿した。

魔法の音って、どんなんね。

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