EGoKeBiN Vs
喫茶店に入り込んできた3人は、そこにいる人々の誰もがよく知る人物ばかりだった。
占星師のケビン。剣士のテレサ。パラディンのアバトライト。紛れもなく、『ウォールスター』のメンバーである。
同パーティにはもう一人メンバーがいるが、今は触れないでおく。
「ケビンさん。フェリが休憩室に飛び込んで行ったみたいです」
「ああ」
どよめく店内で、秘密裏に行われたフェリの移動は、テレサにバレていた。
アバトライトからの報告で、フェリの事情を把握しているケビン。過去にケイと繋がりのある少女の動きは、この店で最も怪しい。
「オーナー、失礼する」
「あっ、待ってくださいケビンさん!」
オーナーの制止も聞かず、ケビンは店の奥へ進んで行くと、休憩室の扉を開いた。
そこに居たのは――彼が探している密人、呪術師のケイだ。
彼女は泣いていたのか、眼の下に涙の跡をうっすら残している。
そして、そんな彼女を外敵から守るように、剣士のセンが立っていた。
「お前が密人のケイだな。法を犯した者は許さない。逮捕する」
「待ってください、ケビン先輩。彼女は十分に反省しています。捕まえる必要は……」
「バカを言うな、セン。どんな事情があろうと、法を犯すことは悪だ」
「そんな!」
ケビンの正義を前にして、センは表情を険しくする。
どうやら彼は、ケイを守ろうとしているらしかった。
しかし、正義に忠実な占星師は、彼の態度をまったく気にしない。
「どけ、邪魔だ」
「ッ!」
立ちはだかる剣士の肩を無遠慮に掴み、通り道の脇へ寄せた。
問答無用といわんばかりの無関心さに、センは異議を唱える。
「事情も聞かずに捕まえるんですか!? それが正義ですか!?」
「………………」
キリっと吊り上がった彼の眼は、ケビンの正義を糾弾した。
しかし、糾弾を受けた当の本人は冷酷な視線を返し、無感情に言う。
「そうだ」
言葉が耳に届いた瞬間に、怒る剣士は剣を抜き――その刀身をケビンの前へ差し出した。
「なんのマネだ? ふざけるな」
「ふざけているのは……ケビン先輩の方ですッ!!」
2人のやり取りをきっかけに、休憩室には一瞬にして剣呑な空気が立ち込める。
一触即発の張り詰めた間合いにおいて、衝突した両者は睨み合った。
――しかし、怒るセンを鎮圧したのはケビンではなかった。
占星師の隣から颯爽と現れたアバトライトが、あっという間に剣士を捻じ伏せる。
「すまないが、大人しくしていてくれ」
「ぐうッ!?」
不意打ちだったこともあるが、センは反応もできずに腕を拘束され、地面に突っ伏してしまう。
無力化はアバトライトの得意分野であり、彼の体術はそれに特化したものだ。
抵抗しようにも、不思議なほど身体に力が入らない。センは身動きが取れず、唸るしかなかった。
「うぅっ……!! やめろぉ……!!」
何もできない彼の声など、聞こえていないのと同じである。
不法者を捕えるため、ケビンはケイを真っ直ぐに睨む。
「先に言っておくが、呪術を使おうなんて考えるなよ。俺には未来が見えている」
「……!」
「転移の呪術、眼眩まし、バインド……すべて無意味だ」
窮地を脱するための対応策は、行動に移す前にすべて見抜かれてしまった。
それゆえ、ケイは呪術を使う事もできずに立ち尽くす。
呪術以外の手段も、眼の前の占星師が自分を見つめている限り、すべて無意味なように感じられた。
為す術なく、彼女はあっけなく捕らえられてしまった。
誰もがそれを疑わないような、予定調和の状況で、
「――伏せろ、アイクッ!!」
男の声がした。それと同時に、休憩室の扉は火炎に焼き尽くされた。
さらにその火炎は、ケビンの身体を目掛けて襲ってくるではないか。
「ハァッ!!」
棒立ちのケビンが炭と化す寸前、彼の横に居たテレサが剣を振るう。
すると、切られた火炎は向かう方向を変え、天井を突き破った。
目前の脅威が去っても、彼女は未だ剣を構えたまま、気を緩ませない。
その視線の先にいたのは、2人の冒険者の姿だ。
「うふふ、ドラちゃんの炎を弾くなんて! やっぱり凄いわぁ、テレサちゃん」
「アイク。ここは俺たちに任せて、さっさと逃げな」
焼け焦げた扉の前には、狭い通路に大きなドラゴンが縮こまっていた。
そしてドラゴンの後ろには、おっとり竜騎士・マゼンタに、お人好しの魔物使い・ウードが立っていた。
彼女たちの登場に、そこに居た者たちはみな驚く。そして、特に驚いたのはケイであった。
「ウ……ウード、さん? それに……マゼンタさんも……!」
「なんにも悪いことしてねぇのに、黙って捕まるわけにゃあいかねぇよな」
「アイクちゃん、私たちのことを助けてくれたもの。ちゃあんとお返し、しないとねぇ」
ウードとマゼンタは、ケイが共にクエストを行った仲間である。
その時はアイクという偽名を使っていたが、2人と仕事に精を出したことは、彼女の記憶にも新しい。
まさかここで2人が助けに来てくれるなんて、彼女は思ってもみなかったのだ。
「ッチ……」
想定外の乱入者に、ケビンは舌打ちした。
彼の予知能力は対象を限定して発動するものであり、周りのすべてを予知できるわけではない。
先ほどはケイの行動を予知していたため、対象外である後方からの乱入者には気付けなかったのだ。
センを無力化すれば、この部屋には戦闘能力のないフェリしかいない。そう考えて、少し油断していた。
彼は構えを解かないテレサへ目配せし、2人を相手するよう指示を出す。
リーダーの指示に、女剣士は笑顔でこくりと頷いた。
「ふふ、こうして思いっきり剣を振るのは久しぶりだわ。楽しませてもらいますよ……ウードさん、マゼンタさん」
いつもギルドで受付の仕事ばかりしている彼女だが、本来は腕の立つ女剣士なのだ。
こんな機会は滅多にないと、心底嬉しそうに張り切っていた。
「まあ、どうしましょう……ごめんねぇ、テレサちゃん。あなたが楽しめるような遊びは、なにも用意してないのぉ」
「はっはっは!テレサよ、お前はあいっかわらず血の気の多い女だな!」
それに対して、申し訳なさそうに謝るマゼンタは、場違いなほどゆったり構える。
ウードも野太い声で豪快に笑い、彼女のワイルドさを笑い飛ばした。
こうして、乱入者たちをテレサに任せたケビンは、再びケイと立ち向かう。
彼は冷酷な眼差しで、愚かな不法者を射抜いた。
「さて……お前、俺の言葉を聞いていたか?」
一瞬の隙を見逃さず、呪術を発動しかけたケイ。
しかしそれは、眼を逸らしていたはずのケビンに、たちまち妨害されてしまった。
「ど、どうして……!?」
「占星師は今を見ているのではない。どこに眼をつけていようと、瞳に映るのは観測すべき未来だけだ」
確かに彼はケイを見ていなかったが、占星能力を発動している以上は、対象の行動を捉えているのだ。
たとえ対象が何光年離れていたとしても、星の瞬きを観測している彼に、見えない未来はない。
今度こそ万事休す、ケイに打てる手は無くなった。
ケビンは彼女を捕縛するため、常備している拘束用スクロールを発動する。
発現した魔法が、彼女の身体へと絡みつこうとした瞬間――性懲りもなく、邪魔が入った。
ケイの身体を締め付けるはずだった光の束が、黒い魔力によって弾け飛んだのである。
「これは……呪術!!」
「な、なにっ……??」
俄かに立ち込める瘴気は、明らかに普通の魔力の流れとは違う。
それを鋭敏に察知して、ケビンはやむを得ず後方へ下がった。
一方、自分で呪術を使用したわけでもないケイは、再びの救済に戸惑った。
すると、黒い煙のような魔力は、ケイの目の前で一気に収束し、小さなタツマキを生み出す。
その後、振り乱すように晴れた渦の中から、先ほどと同様に2人の人物が現れた。
「はいっ、これ作戦通り!?」
「うん、大丈夫だと思うよ。作戦通り」
「良かったぁ~……!!」
ケイの観察によれば、乱入者たちはどちらも少女のようである。
そして、その一方の少女は、やっぱり彼女と面識がある人だった。
「な、なんで…………なんで、エリンさんまで……?!」
「あっ! 久しぶりですね、アイクさんっ!」
少し前に海岸で会った、アーチャーの女の子・エリン。
どうやら彼女までもが、ケイを助けに来てくれたようだった。
「いいですか、アイクさん! 『さようなら』を言う時は、相手の返事を待つものです!」
「へっ?」
「いきなり居なくなったら、心配して追いかけちゃうんですからっ!」
突然受けた注意に、ケイは戸惑う。
そんな彼女へ、エリンは太陽のような笑みを向けるのであった。
フェリ「……あたし、本当にここにいるの?」