心を開いてくれるまで
罪を償うことはできるか。悲しみを洗い流すことはできるか。
いずれにせよ、死を訂正することはできない。
ケイの罪悪は、そういった類のものである。
喫茶店の休憩室で再会を果たした、ケイとセン。
両者はお互いの様子を見つめて、しばらく黙った。
「ケイ……」
先に口を開いたのはセンだ。
しかし、次の言葉はケイが放つ。
「……なぜここに来たの、セン。私には関わらないでと言ったのに――」
彼女の表情には、相反する気持ちが浮かんでいた。
二度と会えないと思っていたセンに、意図せず再会できた。その一方で、またも関係を結ぶことで呪いが復活してしまった。
一度遠ざけた痛みを知った上で、同じことをするのは本当に苦しい。再現される過去に、彼女の心は喘いだ。
笑みを浮かべたセンは、彼女の複雑な面持ちを見て優しく言う。
「もう一度、君に会えて良かった」
彼は喜びと安堵を込めて、ケイへ笑いかける。
彼女を喪失した無力が、彼女を見つけ出すことによって払拭された気がした。
そして、もう繰り返さないと誓った決心が、その身に力を与えていた。
「ケイ。僕は君のことを、なにも分かってなかったよ」
今までの自分の至らなさを、センは静かに省みる。
その反省を、眼の前のケイへ語り出した。
「僕は君を連れ出すことに必死で、君の気持ちに気付いていなかった。自分自身が無力なのに、君を救い出そうなんて考えてた」
センの言葉を、ケイはただ黙って聞いてみる。
ここに至るまで、彼がなにを思ったのか――知りたかったのだ。
センの静かな物語は、ゆっくり続く。
「僕は自分のイメージにばかり囚われて、実際の君がなにを見て、なにを考えてるか知ろうとしなかったんだ。だから、離れてしまったあの時でさえ、君の気持ちがこれっぽっちも理解できてなかった」
『どうして会えなくなるのか、さっぱり分からない』。それは違う……知る気がなかっただけ。
『君に会いに行くかどうかは、僕の勝手じゃないのか』。思い出せば、ずいぶんと自分勝手な言葉だ。
『勝手なことを言わないでくれ』。勝手なのは自分の方だったのではないか。彼女以外の人間に、彼女の気持ちを排除する権利などない。
実像のケイは、僕の考えで動く人形なんかじゃない。
「どうしても、これだけは君に伝えておきたかったんだ」
センは真摯に頭を下げて、はっきりと口にする。
「ケイ……本当にごめんなさい」
彼の抱えた気持ちを知って、ケイの涙腺は揺れた。
それでも涙を堪えつつ、彼女はセンから顔を背ける。
「やめて……セン……」
震える声で拒絶を示しても、センは頭をあげない。
本気で自分と向き合おうとする覚悟が、その態度から強かに伝わってきた。
故に、彼女は戸惑う。どうすれば彼を遠ざけられるのか、もう分からなかった。
「私は、もうあなたと一緒には居られない。前にも言ったはずよ」
「覚えてるけど、それでも会いに来てしまった。ごめん」
(……ズルいわ)
自分勝手でも、先に謝られてしまうとなにも言えない。
会えて嬉しいのはケイも同じだった。加えて、こんな風にくすぐったく言われたら、冷淡なフリも水の泡になる。
けれど、どんなに内面から崩されても、彼女は最後まで冷淡でなければならなかった。それもすべて、センのためなのだ。
「これが最後。もう絶対に、会いに来ないでほしい。私は呪いを撒く者だから」
自分と一緒に居る人間は、必ず不幸になってしまう。
彼女はセンを不幸にさせないために、遠ざけようとするのだった。
だが、センはそれでも首肯を示してくれはしない。
「……どうしても、ダメかい?」
「……ど、どうしても……ダメなのっ」
「お願いだよ。僕と一緒に居てくれないかい、ケイ」
「うぅ~っ、ダメって言ってるのにぃ……!」
前回とは180度違う、完璧な上目遣いでのお願い。センはもしかすると、ケイの弱点さえ分かってしまったのかもしれない。
実際、ケイの気持ちを尊重して、それでもワガママを通そうとしたら、彼はこういう態度になるのである。
わりと押しが強いのに、うんざりする頼み方ではない。ソウカツすると、彼の態度はズルいのだ。
もう少し「ダメ」を繰り返せば、素直に引いてくれる予感はケイにもある。
確かにあったが、最後まで拒み続けるのが至難なのだ。
ここでセンと離れると、今度は本当に会えなくなる。
関係を断ち切る時の痛切な感情が思い出されると、心には躊躇いが生まれた。会えなくなること自体、とても惜しいことだった。
彼を受け入れてしまえば、この悲しみは終わるかもしれない。
そう考えてしまう涙目の彼女に、もはや冷淡さなど残っていなかった。
そんな時に、センはトドメを刺す。
「ケイ。僕は、君に会いたいよ。君が会ってもいいと思うまで、いつまでだって待ってるから」
「………………!!」
ワガママに寄り添おうとする、どこまでも優しい彼の言葉。
ケイはもう限界だった。彼と一緒にいたい気持ちが、心を埋める罪悪感を祓おうと、必死で涙を流す。
なにも言えずにうずくまって、彼に見えないよう、聞こえないように泣いた。
「……ぐすっっ」
「ケイの泣き顔が見れるまで、待ってるよ」
優しく声をかけるセンはある種、変態の領域へと踏み込んでしまっているようだ。
僕に心を開いてくれるまで待ってる――みたいなニュアンスだが、ヒマクたる僕の感覚では、非常にこう……あっ。
「ケイ、今すぐ逃げなさい!!」
「――ッ!?」
しまった、出しゃばってしまった。状況説明、状況説明……っと。
休憩室の扉が突如として開かれると、転がるように入ってきたのはフェリだった。
彼女は必死の様子で、ケイにそう呼びかける。
「一体なにが!?」
泣いていて返事ができないケイに代わり、センが事情を問う。
フェリは時間がない様子で、外で起きたことを伝えた。
「冒険者ギルドの連中が、ケイを――捕まえに来たのよッ!!」
少女の言葉と同時に、店内の方で男の低い声が響く。
それは休憩室にまで届いた。
『この店に、ケイという密人が居るな?』
声の主は、ギルドを運営するパーティ『ウォールスター』のリーダー・ケビン。
密人としては、絶対に居所を気付かれてはならない人物である。
正義の男、見参。




