ご主人さま
冒険者御用達の宿屋を利用している、冒険者ではない少女・フェリ。
冒険者でもない彼女の生活資金は、一体どこから出ているのだろう。
その答えを知りたいならば、喫茶店へ行ってみるべきだ。
「……いらっしゃいませ」
「フェリちゃん、もっとはっきり挨拶しないと」
「してる」
そう。彼女はここで雇ってもらっているのである。
この喫茶店は最近になって繁盛し始めたため、彼女も働き手として使ってもらえた。
ここに勤続してから、だいたい三か月くらいだ。何人かの仕事仲間と共に、日々頑張っていた。
「お客さま、ご注文をお伺いします」
「またのご来店をお待ちしてまーす!」
「こちら、ご注文のモダン・スイートでこざいまーす」
仲間たちは慣れた様子で、立派に仕事をこなしている。彼女にとっては全員先輩だ。
未だに店長から挨拶を仕込まれているのは、フェリだけであった。
「……いらっしゃいませ」
「もっとアイソ良くできないかい?」
「にぱー」
「言ってるだけじゃないか」
楽しくなくてもお客さんために笑うことなんて、彼女には向いていない。
もともと無愛想な方なので、笑顔を作るのは余計に得意ではなかった。
それでも一応、教えられた通りに口角を上げる。企みの微笑にしか見えないが。
「いらっしゃい……ませ」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませー!何名様ですかー?」
上手くいかない笑顔と、どうしてもハツラツと放てない挨拶。
それを仲間たちは当然のようにこなす。
この仕事、向いてないのかな――そういう気持ちになって、フェリは店のテラスを見た。
「はぁ……って、なにアレ?」
すると、溜め息を吐いたのも束の間、少女はなにやらおかしな人物を発見した。
コソコソと店内の様子を伺う、怪しい女性……明らかに不審者だ。
店に危害が及ぶ前に、直々に注意しにいくことにする。
「オーナー、変な人がいるから行ってくるわ」
「えっ?ああ……え?変な人?どこ?」
オーナーに口伝してから、テラスにうごめく変な人を討伐しに出かける。
不審者は近付いてくるフェリの気配にも気付かず、まだ店内のなにかを観察しているらしい。
その間抜けな様子に呆れつつも、フェリはその肩を掴んで言った。
「こら。なにしてるのよ、あんた」
「へっっ!!?」
不意打ち気味に掴んだためか、不審者は大きく肩を弾ませて振り向く。
そうやって相手が驚くのも構わず、フェリは冷酷な判断を下した。
「とりあえずオーナーに突き出すから」
「あっ、そのっ……!待って……!?」
情状酌量の余地なし。即刻、上司に通報するのみ。
彼女は接客は得意じゃないが、トラブルの対処は迅速かつ正確なので、職場でも一定の地位を得ていた。
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タイミング悪く、仕事から手が離せないオーナーに代わり、フェリが説教をすることとなった。
彼女は不審者を連れて休憩室へ行った。
「不審者とか、ホントにウザいんだけど」
「えっ……!?」
「で、なにが目的なワケ?」
突き出すまではいいとしても、自分が対応させられるとは思っていなかったため、嫌々ながら代役をこなす。
しかし、問いかけても不審者はなにも答えない。ただ、ジッとフェリを見つめるばかりだ。
「はぁ、ウザ」
「ごめんなさい……」
「そう思うなら、なんか言ってよ」
不審者の女性は喋る気がないわけではなさそうだが、なにやらモジモジして、言いにくそうにしている。
その様子にムズがゆさを覚えつつも、フェリは辛抱した。
この人と喋るよりは、上手くいかない仕事をしている方がマシだと思いつつ。
――しばらく時間が経つと、不審者はおもむろに口を開いた。
「フェリちゃん、だよね……?」
「は!?」
「や、やっぱり……!」
すると、いきなり名前を当てられたフェリ。
驚きを隠せないでいると、不審者は続けて名乗る。
「私、こんな格好だけど……ケイなの……」
「ケイ!?はぁ!?あんた、ケイ!?」
「うん」
「なっ…………」
ケイというのは、フェリの友達の名前だ。
少女は絶句しながらも、目を丸くして不審者を観察する。すると、どことなくケイっぽさがあった。
声も思い出せなかったほど、かなり久しぶりに会った友達。眼の前にいる彼女に対して、フェリはたちまち疑問を湧き上がらせた。
「あんた、今までなにしてたのよっ!なんであたしのところに顔出さなかったの!?」
「だ、だって……フェリちゃん、私のこと、憎んでるでしょ……?」
「はぁ?憎んで……って」
ベックがいなくなってから、2人はまったく会う事ができなかった。そもそも、フェリには記憶がなかった。
記憶を取り戻してからも、フェリはケイのことを心配していたものの、彼女の所在さえ分からないでいた。
今、ようやく再開できたのだ。それはフェリにとって、喜ぶべきことである。
が、ケイにとってはそうもいかないらしい。
「私がベックさんを殺したの……私は最低の人間だわ。だから、フェリちゃんの奴隷になりに来たんです」
「いや、奴隷とか別にいらないし……」
2人はなかなか複雑な関係にある。それを形成した最大の要因は“ベックの死”だ。
ケイはベックを殺した張本人であり、死ぬほど罪悪感を抱えているようだった。
そんなこと、肝心のフェリは恨んですらいないのに。
「罪を償います。私を好きにしてください、フェリ様」
「ちょっ、キモいからやめて!そもそもあたし、あんたがベックを殺したなんて思ってない!」
「えっ?」
フェリがそう言うと、ケイはポカンと口を開けて、目を丸くした。
「だいたい、あんたなんかに人を殺せるわけないでしょ。どこからどう見ても、ただのノンビリ屋のお嬢様なのに」
「わ、私のせいなのッ!信じて!!」
「嫌よ、あたしは絶対に恨まない」
「どうしてッ……!!」
少女には確信があった。ベックを殺したのはケイではないと。
思い出される過去のシーンは、その見た目だけならば、ケイがベックを刺した一部始終である。
しかし、その時のケイの言動は、明らかに普段と違ったのだ。
「ならね……あんた、笑う時に『ぶひひ』って言ったことあるの?」
「え……??ど、どういう……」
「ないでしょ」
「な、ない……と、思うわ」
今、実際に確認を取ったことで証明された。
『ぶひひ』と笑うのが口癖の女など、この世界には2人といないだろう。
つまり――ベック殺害時のケイは、本当のケイではなかったのだ。
「うん。やっぱり、ベックを殺したのはケイじゃない。分かったら奴隷なんて諦めることね」
「違うの……私なの……」
「はいはい。そう思い込んでるだけでしょ」
そう言いつつ、フェリは仕事に戻るため席を立つ。
すると、ケイは一緒になって立ち上がり、追いかけようとしてきた。
「待って!私、どうしても償わないとダメなの!」
「あーもー、なんなのよ……あたし仕事中だから、後にしてくれない?」
「それが最初の命令なのね……!はい、ご主人さ――」
「ばかっ、違うっ!」
「え!?ごご、ごめんなさい……!」
なんだか魔物使いにでもなった気分で、フェリは溜め息を吐いた。
鬱陶しいので、ヒモや鎖で繋ぎたいが、そうしたら奴隷であることを認めるみたいである。
おどおどするケイをじーっと見ながら、どうしようか考えていると、いきなり休憩室の扉が開いた。
「ケイっ!!」
そこから現れた青年は、ケイの名を呼びながら颯爽と入室してくる。
見覚えのない人物が登場し、フェリが若干困惑していると
「――セン……!」
名を呼ばれたケイの方は、勝手に驚いていた。
なんだか知らないが、両者は知り合いのようである。
「じゃああたし、仕事に戻るから。あとはよろしく知らない人」
センというらしい青年の肩をはたいて、彼女は仕事を再開することにした。
はたかれた彼の方も、フェリの事情を知らないため、一瞬だけキョトンとした。
モダン・スイートはパフェです。ホテルではないです。




