目撃証言
犯人は毛利小五郎
よく晴れた昼下がり。錬金術師シュタインの娘・ファニーは、街を散歩していた。
のんびり動くもの、慌ただしく動くもので溢れた街並みは、退屈を知らない。
彼女はただなんとなく、動くものを眺めるのが好きだった。
「ファニーの~♪あし~は~♪あすたろと~♪」
目的がないのではない。街を眺めて楽しむことは散歩の醍醐味である。
自作の歌を口ずさんで、賑わう大通りを前進する少女は、とても元気で上機嫌だ。
そんなこんなで街の喫茶店に差し掛かると、野外テラスのテーブルから、なにやら気になる話し声が聞こえてきた。
関心を寄せて、聴き耳を立てる。
「――です。センのことばっかり考えてるから、そんなアレになるんです……うぷぷ」
「ミーちゃんだって泣いてたじゃないですか!『生まれてきて良かった』って言ってましたよね!」
「えー、なんのことですかぁ。覚えがないのですぅ~」
「とにかく、私はセンさんに憧れてるだけだからねっ……!」
イジワルに笑うお姉さんと、顔を赤らめるお姉さんの会話。
だいたい推し量ると、赤いお姉さんの方はどうやら、センという人物が好きっぽい。
「そのうちセンの剣でするんじゃないですか?」
「そんなことしませんよっ!」
「剣士のたくましい剣で――」
話によれば、センは剣士らしい。
ファニーはお姉さんのヒミツを盗み聞きして、とてもはしゃいだ。
「センってひと、イケメンかも!!」
惚れる男性=イケメンの等式が、少女の中にはある。
ということで、こんど剣士のセンという人に出会ったら、一旦キープしようと考えた。
けっこうおマセさんな一面もあるようだ。
「イっケメ~ン、イっケメ~ン♪」
まだ見ぬイケメンを求め、彼女は散歩を続行するのであった。
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「ぎるど」
続いてファニーがやって来たのは、冒険者ギルドである。
別に大した用事はない。かといって少々の用事もない。
つまり、用事はないのだった。
少女はちょっと前のことを思い出しつつ、冒険者ギルドを眺める。
この前、父親のシュタインがここへ行くというので、ダダをこねて連れて行ってもらった。
でも、行ってみたらなにも面白くなかったため、二度と着いて行かないことにしたのだ。
思えば、さらに前に連れて行ってもらったサーカスが楽しかったため、浮かれ過ぎていたのだろう。
連れて行ってもらう=楽しいと考えていたが、それは間違いのようであった。
楽しいことと楽しくないことの見極めは、対象ごとに分けて考えるべきだと学んだ。
それはそれとして、ギルドの入り口には扉がないので、ロビーの様子は外からも分かる。
テーブルを囲んで話す人々や、難しい顔で書き物をする人の姿が見えた。
でも特に興味はない。他の箇所に眼を映してみる。すると、受付の前で戸惑っている女性がいた。
関心を寄せて、ギルドに踏み入りつつ聴き耳を立てる。
「――ということ……ですか」
「はい。残念ながら、ベックさんは……」
「………………」
悲しそうな顔で俯くお姉さんへ、受付のお姉さんも心配そうな表情を向ける。
受付のお姉さんの名は聞いたことがあった。もの覚えの良いファニーは、それを記憶していた。
「えっとぉ……あ、テレサさんだっ!」
思い出してスッキリすると、眼の前の関心ごとから注意が逸れたことに気付き、慌てて聴覚アンテナを張り直す。
その間に、いくつかの会話は聞き逃してしまったものの、大幅に別の話題に移った様子はない。
「――終わったんですね」
「はい、申し訳ございません……」
「いえ、謝っていただく理由なんてないですから……ありがとうございました」
そう言葉を交わして、悲し気な女性はギルドを出て行く。
話が終わってからも、テレサは彼女へ同情の視線を送っていた。
女性が気になったファニーは、後を着いて行くことにする。
女性を追っていくと、少女はやがて人気のない場所を歩いていた。
いつの間にか、人の往来が少なくなっていたらしい。
「フェリちゃんに謝らないと――」
女性は一つ呟いて、そこからさらに細い路地裏へと入っていく。ファニーはワクワクしながら、その後を着いて行った。
「……あれれ?」
しかし、勇んで曲がった先に女性はいなかったのである。
ただ、黒いへんてこな煙が、路地裏に一瞬だけ渦巻いていた。とはいえ、それもすぐに消えてしまった。
煙のあった辺りを触って確認してみても、特になにもない。
不思議にも目標を見失って、少女は首を傾げた。
「なるほど!ゆうれいだったのかもねっ!!」
そう結論付けると、先ほどのことはさっぱり忘れて、潔く路地裏を出る。
このまま行進して道が分からなくなっては困るため、帰路に着くことにした。
――帰りにもう一度、冒険者ギルドの前を通る。
何の気なく、再び受付を確認するが、女性の姿はない。代わりに剣士の男性がいるだけだ。
少女は「なるほど」と頷きつつ、女性幽霊説の信憑性を高めた。
「テレサさん。ここ最近、呪術師の女性を見ませんでしたか?」
「呪術師の女性?ついさっき見ましたよ」
「ほ、本当ですか!!どこへ!?」
受付から聞こえる会話も、人探しかなにかだろう。
幽霊との関係性を見出せなかったため、普通にスルーする――つもりだったが、大事なことを思い出した。
『剣士のたくましい剣で――』
気付いた瞬間に大声を上げ、人探しをする男性を指差した。
「あーっ!!」
そう、剣士の男性はセンの可能性があるのだ。
みすみすイケメンを逃すなんて、勿体ないことをするわけにはいかない。
ファニーは彼の間近に歩み寄り、その顔をしげしげと眺めた。
「…………!」
「な、なんだい……?」
観察されている男性の方は困惑していたが、気にせずに値踏みする。
結果、総合的にあまりタイプの男性ではない。
顔も期待したほどイケメンではないため、センではないと断定した。
「ハズレ!」
「なっ、なにが!?」
「あら?ファニーちゃんじゃない」
相手の動揺も我関せず、少女はさっさと家へ帰る。
すると、男性が声をかけてきた。
「待って!」
「きやすくはなしかけないでよ!」
「え!?ご、ごめんね」
イケメンじゃない男は嫌いであるため、彼女は引き留められたことに怒った。
イケメンじゃない彼は少女から理不尽に拒絶されたが、困惑しつつ質問をする。
「キミは呪術師の女性を見なかったかい?」
「しらなぁい。ゆうれいならみたけど!」
「えっ、幽霊……?」
「おいかけてたのに、くろいけむりになっちゃったの!」
「!!その人、どっちへ行った!?」
「あっち……でも、もういないよ。『フェリちゃんにあやまらないと』って」
ファニーが質問されたままに答えると、男性の顔は険しくなる。
なんだか知らないが、それは少女の知ったことではない。
「もういい?」
「うん……どうもありがとうね」
「じゃ、さよなら!」
手早くノットイケメンから離れて、我が家へ向かう。
ギルドを出るか否か、その時点ですでに、おいしい晩ごはんのことしか頭にない彼女だった。
ファニーにとってはイケメンじゃないですが、あくまで個人の感想です。