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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
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遠慮

『どうか許して――貴方に会えて嬉しかった』




 頭の中に残る、ひどく寂し気な声。


 センはそれに動かされて、魔法学院の図書館に来ていた。





 国の発展・知識の公共化のため、市民へ開放されているこの場所は、誰でも自由に出入りすることが出来る。


 彼はここに居着いて、呪術について懸命に調べていた。


 休日を費やし、ダンジョン探索のある日も、済んだ後はすぐにここへ来ていた。


 


 頼りない夜の下で繋がっていた、センとケイ。


 犯罪者の呼称で、ケイは密人みそかびとと呼ばれていた。朝の光さえ満足に浴びることのできない彼女を、センは哀れに思っていた。


 だから彼は、夜からケイを連れ出そうとしたのだ。




 だが、それは叶わなかった。


 ケイとの関係は、彼女の示した拒絶によって、細い糸のようにたやすく切れた。


 センにはもはや、彼女の行方さえ知る由はない。




(ケイは僕に呪いをかけてなんかいない。それなのに、どうして僕を遠ざけたのだろう)




 今、途切れた糸を繋ぎ直すべく、彼は魔導書のページをめくり続ける。


 なにかの参考になればと、魔術式や魔法陣について、端から端まで調べていた。


 皮膚にはもう残っていない、彼女の手の温もりを握りしめて。




 ――結局、どの魔法式にも参考になりそうな記述はない。


 呪術は魔術に比べ、参考文献が極端に少なかった。歴史上の呪術師についてや、呪術の危険性を説くものはあっても、仕組みや使用法を教えるようなものは見当たらない。


 元々、呪術は闇の魔術とされていて、限りなく禁忌に近い魔法だ。然るべき家系に産まれた者や、手段を選ばぬ求道者でもないと、詳しく知ることはできないのである。




「……役に、立たない……!」




 開いた本を少々ランボウに閉じて、彼は小さく呟く。


 呪術を知ることによって、もう一度ケイに会えるかもしれなかった。しかし、知識の収集は簡単ではない。


 限りある時間が徒労に費えるたび、彼の心は前のめりになって、気持ちばかりが先走る。




(……そうだ。次に開く本には、なにか意味のある記述があるはずだ)




 なんとか心を落ち着けながら、静かに席を立つ。


 そうして、整列する本棚によって形成された廊下を、眼を凝らしながら歩いた。


 すると、ある本のタイトルが眼に留まった。




「これは……」




 タイトルは“魔法学から解析する、呪術の形態及び性質の研究”。手に取って開いてみると、中身は論文のようだ。


 詳しく読もうと、彼がそれを抱えて立ち去ろうとした時――




「あ……」




 後ろから小さく声がした。


 彼が振り向くと、自分の持つ本を羨ましそうに見つめる、一人の少女が立っていた。




「もしかして、この本を手に取ろうとお思いでしたか?」


「い、いえ!お構いなく。お先にどうぞ」




 少女は気遣うように笑うと、センに読書を勧める。


 けれど、センも気を遣う性格であるため、すぐに遠慮を返した。




「大丈夫ですよ。僕は後から読みますので」




 そう言って、内心の焦燥を隠しつつ、少女へ本を譲ろうとする。




「あの……本当に、お気になさらなくて結構ですよ……?」


「いえいえ、実は僕、他にも読みたい文献が数冊あるんです。ですから問題ないですよ」




 それでも遠慮する少女へ、彼は相手が気にしないで済む嘘をついた。


 そこまでする必要はどこにもないのに、とにかく親切に本を譲ろうとする。


 なのに、少女はまったく受け取る気配がない。不思議に思ったセンは問う。




「どうしたんですか?僕なら大丈夫ですから、気にせずお読みに――」


「でも、その……あなたの手、震えてるみたいなので。お気持ちは嬉しいですけど……」


「えっ??」




 指摘された彼は、自らの手を目視した。


 彼女の言う通り、誰が見てもあからさまなほど震えているではないか。


 この分では、気遣いのために浮かべた笑顔も、さぞ引き攣っていたことだろう。




「……はは、お見苦しいところをお見せしました。すみません……」


「こちらこそ、私の方が後から来たのに……図々しいんですが、いいですか?」


「はい?」


「一緒に読むというのはどうでしょうか。それなら、譲り合いも必要ないので」




 彼女の言葉に甘んじて、センは一冊の論文をシェアすることにした。


~~~~~~~~~~


 論文の内容は、魔法学を学んでいないセンにとって、非常に難解なものだった。


 記された表現の悉くにつまずき、内容を理解して読み進めることなど、とてもじゃないができない。無学な自分が情けなくて、思わず本から眼を逸らしたくなる。




 が、それを解決してくれたのは、意外にもシェアブックする少女だ。


 彼女は名をアリエルと言って、呪術師として冒険者をやっているという。呪術を専攻しているだけあって、その分野に関しては並ならぬ知識を有していた。


 そんなアリエルが補足説明をしてくれるため、センはかろうじて記述を理解できるのだった。




「“コード”っていうのは、魔法学においては、魔方陣に用いられる図形の体系を示す呼称だよ。ほとんどの魔方陣は、この“コード”に基づいて図形を選択しているの」


「な、なるほど……」


「“コード”に則して魔方陣を構築するメリットは、主に図形ごとに対応する魔法式の構造を省略して扱えることだよ」


「なんとなく……分かります。魔方陣を描くのが簡単になるということですよね」


「そうそう……それで、この“バインディング”っていうのは呪術用語なんだけど――」




 時間をかけて、丁寧に読み進めていく。センとしては、読み進めてもらうという方が正しいだろうか。


 論文を理解するのは些か厄介な作業であったものの、お互いに熱意を持って取り組んでいるために、頓挫することはなかった。


 ちなみに、センだけが敬語を使って喋っているのは、アリエルが先輩冒険者だったからである。




 大変な読書へ勤しむうちに、センはだんだんと呪術の仕組みを理解してきていた。


 呪術は魔術と違い、論理的な観点ではなく、超自然的な観点から論じられるものであること。


 超越的な存在と密接に関わる呪術は、特に強大な力を秘めていること。


 そしてアリエルの補足によると、呪術は魔術に比べて制御が効かないので、そのために社会的地位が低いそうだ。




(だけど、ケイの言葉の意味は……)




 だが、徐々に分かっていくこととは裏腹に、ケイの残した言葉の真相には、未だにたどり着けないでいた。


 彼女は呪術を制御できず、意図せずに発動させてしまうことがあったのだろうか?それによって、過去になにか傷付いたのかもしれない。


 そんな風に、事実無根の仮定をすること以外には、真意を手繰り寄せる術がないのである。




 アリエルの解説に傾聴しつつ、センは彼女へ事情を打ち明けようと考えた。


 これほど呪術について詳しい人は、おそらく他にいない。この出会いはきっと神の思し召しだ――そう信じて、勇気を出す。




「アリエルさん。実は僕……少し前まで、呪術師の女性と一緒にいたんです」


「ん?……そうなんだ?」


「だけど、彼女は僕を遠ざけて去ってしまった。その時に言ったんです……『私は無差別に呪いをかけてしまう』、と」




 深刻な表情のままで、ケイの言葉を伝えてみた。すると、アリエルは逡巡の様子を見せる。


 親身になって考えてくれる彼女の姿に、センはホッとすると共に、深く感謝した。


 そうして、この恩は忘れまいと、彼女の存在をしっかり胸に刻んだ。




 アリエルはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると、少し哀しげな表情をした。




「呪術師って、魔導師以上に心を強く持たないといけないんだ。弱い気持ちに流されると、神様の力をコントロールするなんてムリだから……」


「弱い気持ち……」


「もしかすると、その人には辛い事があって、呪術を扱いきれなかったのかもしれないね」




 彼女の言葉で、センは大いに納得する。


 やはりケイは自分に対して、どこか後ろめたさを持っていたのではないか。


 呪術を扱う者であり、闇にしか生きられない者である彼女が、なんの遠慮もせず他人に接することが出来ただろうか。


 それに、もしも誰かに深く傷つけられたのなら、簡単には他人を信用できないだろう。距離を測るのは当たり前のことだ。




 改めて彼女を知ると、センは己の理解のなさを悔しく思った。


 そして、もう一度会いたいと強く願う。会って、今度こそ彼女を光の下へ連れ出そうと、大いなる決心を固める。


 彼はアリエルの方を向くと、誠実に頭を下げた。




「本当にありがとうございました、アリエルさん。あなたのおかげで、僕は彼女と話ができそうです」


「ええっ?そ、そんな、お礼なんて……呪術について話せて、私もすごく楽しかったから。お互い様だよ」


「この恩は忘れません。いつか必ず恩返しします……先輩!」


「ふふ、センはマジメだなぁ……分かった、期待しておくね」




 再びケイに会おうと、センは心に誓うのだった。


 あわせて、アリエルとの出会いに感謝し、恩義にいつか報いようと心に刻んだ。

『気持ち』って書こうとして『きも』まで打つと、『キモッ』って出てきます。

これはフェリの口ぐせですね。ちょっと傷付きます。

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