表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
108/171

顔で判断する男

監禁はこれで終わり。

 ニコルソンは姫に仕える騎士として、たびたび監禁の様子を見てこなければならなかった。


 魔法や魔道具によって監視することもできたが、そこは姫のプライバシーが優先された。


 そのため、彼は自ら監禁部屋に赴き、その扉をノックしなければならなかった。




 コン、コン。と、二度叩く。


 すると出てきたのは、パラディンのアバトライトだ。


 出迎えてくれた彼に、ニコルソンは真っ直ぐな姿勢で一礼する。




「アバトライト殿、姫のご様子はいかがですか?」


「問題ないよ。あの通り、大人しくしておられる」




 アバトライトがそっと示した場所には、レインが座り込んでいた。


 彼女はまるで、人形のように大人しくしている。




「レイン姫……どうやら、毒牙を抜かれましたね」




 確信したように、ニコルソンは呟いた。


 どうやら姫は、もう抵抗する気がないようだ。だとすれば、この不毛な監禁生活はさっさと終わらせるべきだろう。


 彼はそう考えて、レインの方へ歩み寄る。そして、いつもより優しげな口調で言った。




「レイン姫。もう反省しましたか?」




 彼が問うと、レインは怜悧な視線を投げかける。




「反省したに決まっているじゃない。なぜ見て分からないのかしら?いつまで経ってもお前は愚かね」




 返された言葉は、なんだかいつもよりトゲトゲしい。


 毒舌を久しぶりに喰らったこともあって、ニコルソンは面喰ってしまう。


 が、すぐに彼女の立場を理解し、譲歩した。




「さぞストレスが溜まっておいででしょう。さあ、早く部屋を出ましょう」


「ええ。入浴もさせてもらえないなんて、お父様の道徳観はどうなっているのかしら。こんなやり方では、国民の反感を買うのは当然ね」


「あ、えっと……姫?」




 譲歩したが、やっぱり考え直さざるを得なかった。


 彼女は反省したと言うが、実際はまったく反省してないようだ。


 現在の王政への不満とも取れる発言は、聞き逃すことはできない。面倒だと思ったが、ニコルソンは彼女の監禁を続行することにした。




「姫。やっぱりまだダメです」


「なぜ?殺すわよ」


「なんか前より悪化してますよね?」


「あまりデタラメなことを言わないで。ナメてると潰すわよ」




 口の悪さに拍車がかかっていることは、話せば話すほど明確になる。


 一国の姫が、『殺す』とか『潰す』とか言ってはいけないのだ。


 よく見ると目元の反りもキツくなっている気がしたため、これが穏やかになるまでは監禁を続けることにした。




「姫。よーく反省して、なぜ出してもらえなかったのか考えてくださいね」


「知らないわ、そんなこと。出さないなら出さないなりに、こちらにも考えがあるわ」


「企みがあるのでしたら、見破るために監視システムを設置させて頂きますよ」


「ドタマかち割ってもいいかしら」




 タチの悪い不良になっちまった姫を押し込み、ニコルソンは無理やり扉を閉めた。


 仕方がないので、監視のための魔道具と魔導師を用意することに決めた。


~~~~~~~~~~


 斯くして、一週間が経つ。


 監視していたが、特に問題は起こらなかった。


 違和感があったのは、時々アバトライトが姫の髪を弄っていたことくらいだ。




(まあ、一緒に過ごしていたから仲良くなったのかな)




 にしてもヘンテコなスキンシップだと思いつつ、ダルいので気にしないことにした。


 ついでに、姫の隣でパルルがずーーっと寝ていることも気にしないことにした。


 気にしなければ問題にならないのだ。少なくとも、個人的には問題ない。




 苦手な姫を監視するだけの任務に、彼はやる気が出なかった。


 最初からそうだったが、思っていた以上に日数が経過したため、余計に嫌であった。


 でも、仕事だからやるしかない。彼の半端な忠誠心は、適当に作用した。




 心境を確認すべく、一週間ぶりに監禁部屋を訪れる。


 出迎えたのは、やはりアバトライトであった。




「ヤア、ニコルソン」


「ご無沙汰しております。時にアバトライト殿、少し話し方がお変わりになったような……」


「ソンナコトナイサ。ワタシハイツモドオリダヨ」




 久しぶりに聞いた彼の声は、なんとなく無機質な呂律で聞こえた。


 まあ、いまさら問題視するのも嫌なので、とりあえずスルーする。


 ニコルソンはまたレインの方へ歩み寄り、優しげな口調で言った。




「レイン姫。もう反省しましたか?」




 彼が問うと、レインは怜悧な視線を投げかける。




「したわ。もうしません、許して」




 反抗的な顔つきと、未だ下がらぬ目尻。


 口だけであることは容易に見て取れた。




「もうしませんって、姫はまだなにもしてないですよ」


「あら、そう。それなら、この監禁にはどんな意味があるの?懲罰ではないの?お前の趣味?どうすれば解放されるの?」


「え、いや……姫が悪いことを考えているので、悪いことを考えなくなるまで閉じ込めています」




 王が懸念している姫の脱走は、監禁さえしていれば遂行されない。


 脱走をしない意思を確認するまでは、ニコルソンは動けなかった。


 本当は彼だって、さっさとこの任務からは降りたかった。




 秀麗な顔を行儀よく歪めると、不服そうに騎士を指差すレイン。




「お前はどうやって、私の考えを把握しているのかしら」


「あ、はい。眼の吊り上がり方で、だいたい……」


「まあ!万死に値するわ。ふざけているのかしら」




 適当な測られ方に、彼女は大層ご立腹のようだ。


 とはいえ、姫の説得云々はニコルソンが一任してしまっている。


 任されているので、雑な報告をしないためにも、彼は真面目に頑張るしかない。




「とにかく、次に来た時には従順を装ってください。いつまでも反抗されては、私の仕事が終わりません」


「知ったことではないのだけれど」


「目尻も下げといてくださいね。では」




 まだ終わりそうにないので、彼は再び扉を閉める。


 このやり取りはいつまで続くのだろう……溜め息を吐いて、遠い終わりを待った。


~~~~~~~~~~


 一週間後。


 きっかり一週間だけ待つ理由は、よく分からない。




 寝転んで、食堂の余り物を食べつつ監視していたが、問題はなかった。


 パルルは動かないし、なぜかアバトライトまで動かなくなっていたが、問題はない。


 ちなみに、一時間ごとに監禁の様子を確認するのが面倒だったため、途中からは三時間ごとの確認に頻度を減らしていた。




 またも心境を確認すべく、一週間ぶりに監禁部屋を訪れる。


 出迎えたのは、飽きもせずアバトライトであった。




「ニコルソン」


「ご苦労様です、アバトライト殿……アバトライト殿、ですよね?」


「ヒメハゲンキデス」




 今日にいたっては、アバトライトは抑揚さえ失って喋っていた。


 その顔つきも、どこか人形じみた感じである。ちょっと不気味なくらいだ。




 彼から眼を逸らしつつ、ニコルソンはレイン姫に近づく。


 そして、何度目かの問いを優しく告げた。




「レイン姫。もう反省しましたか?」




 彼が問うと、レインは怜悧な視線を投げかける。


 怜悧な視線の時点でアウトだ。




「反省したわ。目尻も矯正したけれど、治らないの」


「ああ、そうですか……じゃあ、もう一週間ですね」


「この状態、一体いつまでかかるの?無限に続くのかしら」




 無限に続かせているのは、目つきの悪いレイン姫自身である。


 と、ニコルソンは心の中で思った。


 続行しなければならないようなので、彼は溜め息を吐いて退出した。




「……あ、ちなみにパルル殿は……眠っておられるので――」


「そうよ。あまり当たり前のことばかり言っていると、死刑にするわよ」


「うす、すいませんした」




 ムダな会話の後、扉を閉めて、もう一度だけ溜め息を吐く。


 その後、なぜだか少しだけやる気が出てきた。


 この際なら、いけるところまで行こう。彼は気持ちを一新して、任務に取り組むことにした。


~~~~~~~~~~


 任務との向き合い方を変えた彼の仕事は、とても徹底したものだった。


 部屋の確認は10分に一回。それを一週間、寝る間も惜しんで続けた。




 正直に言って、レインの周りの人にはたくさんの問題があったが、彼はレインにだけ集中した。


 結果、やはり彼女はおかしな行動をしていない。


 が、あまりにもおとなしいため、訝しく思ってはいた。




 監禁部屋への訪問は四度目。


 彼はいつになく真面目な表情で、扉をノックした。


 扉を開いたのは、またしてもアバトライト――




「……?」




 否、扉は誰にも開かれなかった。


 異常事態の予感を感じ取って、彼は扉を慎重に動かす。


 蝶番の小さな音と共に、徐々に部屋の様子が見え出した。




 やがて、その全容が明らかになる。


 しかし、はっきりと確認した光景は、前回と特に変わりがない。


 前回と違うのは、パルルと同様に、アバトライトが倒れていることだけだった。




 そして、アバトライトが倒れていることは、ちゃんとした異常事態である。




「アバトライト殿!?聞こえますかッ!!」




 ニコルソンは意識のない聖騎士に駆け寄り、状態を確認する。


 すると、聖騎士は予想に反して、すぐに眼を覚ましたではないか。




「オハヨウゴザイマス」


「はっ!?え!?」


「ギコギコ」


「………………」




 どうやら無事な目覚めとはいえないようだが、とりあえず目を覚ましているので、良しとした。


 問題はレイン姫である。




「レイン姫。もう反省しましたか?」




 ニコルソンは意を決して問うが、レインは怜悧な視線を投げかけない。


 彼女は眠っているようだった。まるで人形のように。




「……姫も疲れているのですね。お可哀想に」




 ニコルソンはレインに同情した。


 なにもしていないのに監禁なんて、よくよく考えれば酷い話だ。


 そんな扱いにも耐えて、健気に忍んでいる少女を見ると、少し罪悪感さえ感じてしまう。




 そもそも、目つきや口調だけで判断する自分が間違っていたのかもしれない。


 これだけ大人しくしている彼女に、これ以上の抑圧をかけるのは申し訳ない。


 そう考えた彼は、監禁から姫を解放することを決定した。




「ご立派でしたよ、姫。よくできました」




 眠る彼女へ、彼は優しく言葉をかける。


 そうして静かに部屋を退出すると、扉をあけ放ったまま、王の元へ報告に向かうのだった。




 ――その後、壁に頭を打ち、正気に戻ったアバトライトは言った。




「しまった!レイン姫のスイッチが切れたままじゃないか!」




 あまりにも罵詈雑言を浴びせて来るので、辛抱できなくなった彼は、レイン人形のスイッチを切っていたのである。


 だが、頭の中で罵倒は反響し、結局のところダウンしてしまった。


 そのまま、ニコルソンに起こされるまで、意識を失っていたのである。




「……おや?扉が……」




 ふと彼が顔を上げると、扉が半開きになっていた。


 知らない間に、なぜか監禁は終わっていたようである。


 腑に落ちないながらも、彼は一人、ガッツポーズを決めるのだった。

ア罵倒ライト。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ