顔で判断する男
監禁はこれで終わり。
ニコルソンは姫に仕える騎士として、たびたび監禁の様子を見てこなければならなかった。
魔法や魔道具によって監視することもできたが、そこは姫のプライバシーが優先された。
そのため、彼は自ら監禁部屋に赴き、その扉をノックしなければならなかった。
コン、コン。と、二度叩く。
すると出てきたのは、パラディンのアバトライトだ。
出迎えてくれた彼に、ニコルソンは真っ直ぐな姿勢で一礼する。
「アバトライト殿、姫のご様子はいかがですか?」
「問題ないよ。あの通り、大人しくしておられる」
アバトライトがそっと示した場所には、レインが座り込んでいた。
彼女はまるで、人形のように大人しくしている。
「レイン姫……どうやら、毒牙を抜かれましたね」
確信したように、ニコルソンは呟いた。
どうやら姫は、もう抵抗する気がないようだ。だとすれば、この不毛な監禁生活はさっさと終わらせるべきだろう。
彼はそう考えて、レインの方へ歩み寄る。そして、いつもより優しげな口調で言った。
「レイン姫。もう反省しましたか?」
彼が問うと、レインは怜悧な視線を投げかける。
「反省したに決まっているじゃない。なぜ見て分からないのかしら?いつまで経ってもお前は愚かね」
返された言葉は、なんだかいつもよりトゲトゲしい。
毒舌を久しぶりに喰らったこともあって、ニコルソンは面喰ってしまう。
が、すぐに彼女の立場を理解し、譲歩した。
「さぞストレスが溜まっておいででしょう。さあ、早く部屋を出ましょう」
「ええ。入浴もさせてもらえないなんて、お父様の道徳観はどうなっているのかしら。こんなやり方では、国民の反感を買うのは当然ね」
「あ、えっと……姫?」
譲歩したが、やっぱり考え直さざるを得なかった。
彼女は反省したと言うが、実際はまったく反省してないようだ。
現在の王政への不満とも取れる発言は、聞き逃すことはできない。面倒だと思ったが、ニコルソンは彼女の監禁を続行することにした。
「姫。やっぱりまだダメです」
「なぜ?殺すわよ」
「なんか前より悪化してますよね?」
「あまりデタラメなことを言わないで。ナメてると潰すわよ」
口の悪さに拍車がかかっていることは、話せば話すほど明確になる。
一国の姫が、『殺す』とか『潰す』とか言ってはいけないのだ。
よく見ると目元の反りもキツくなっている気がしたため、これが穏やかになるまでは監禁を続けることにした。
「姫。よーく反省して、なぜ出してもらえなかったのか考えてくださいね」
「知らないわ、そんなこと。出さないなら出さないなりに、こちらにも考えがあるわ」
「企みがあるのでしたら、見破るために監視システムを設置させて頂きますよ」
「ドタマかち割ってもいいかしら」
タチの悪い不良になっちまった姫を押し込み、ニコルソンは無理やり扉を閉めた。
仕方がないので、監視のための魔道具と魔導師を用意することに決めた。
~~~~~~~~~~
斯くして、一週間が経つ。
監視していたが、特に問題は起こらなかった。
違和感があったのは、時々アバトライトが姫の髪を弄っていたことくらいだ。
(まあ、一緒に過ごしていたから仲良くなったのかな)
にしてもヘンテコなスキンシップだと思いつつ、ダルいので気にしないことにした。
ついでに、姫の隣でパルルがずーーっと寝ていることも気にしないことにした。
気にしなければ問題にならないのだ。少なくとも、個人的には問題ない。
苦手な姫を監視するだけの任務に、彼はやる気が出なかった。
最初からそうだったが、思っていた以上に日数が経過したため、余計に嫌であった。
でも、仕事だからやるしかない。彼の半端な忠誠心は、適当に作用した。
心境を確認すべく、一週間ぶりに監禁部屋を訪れる。
出迎えたのは、やはりアバトライトであった。
「ヤア、ニコルソン」
「ご無沙汰しております。時にアバトライト殿、少し話し方がお変わりになったような……」
「ソンナコトナイサ。ワタシハイツモドオリダヨ」
久しぶりに聞いた彼の声は、なんとなく無機質な呂律で聞こえた。
まあ、いまさら問題視するのも嫌なので、とりあえずスルーする。
ニコルソンはまたレインの方へ歩み寄り、優しげな口調で言った。
「レイン姫。もう反省しましたか?」
彼が問うと、レインは怜悧な視線を投げかける。
「したわ。もうしません、許して」
反抗的な顔つきと、未だ下がらぬ目尻。
口だけであることは容易に見て取れた。
「もうしませんって、姫はまだなにもしてないですよ」
「あら、そう。それなら、この監禁にはどんな意味があるの?懲罰ではないの?お前の趣味?どうすれば解放されるの?」
「え、いや……姫が悪いことを考えているので、悪いことを考えなくなるまで閉じ込めています」
王が懸念している姫の脱走は、監禁さえしていれば遂行されない。
脱走をしない意思を確認するまでは、ニコルソンは動けなかった。
本当は彼だって、さっさとこの任務からは降りたかった。
秀麗な顔を行儀よく歪めると、不服そうに騎士を指差すレイン。
「お前はどうやって、私の考えを把握しているのかしら」
「あ、はい。眼の吊り上がり方で、だいたい……」
「まあ!万死に値するわ。ふざけているのかしら」
適当な測られ方に、彼女は大層ご立腹のようだ。
とはいえ、姫の説得云々はニコルソンが一任してしまっている。
任されているので、雑な報告をしないためにも、彼は真面目に頑張るしかない。
「とにかく、次に来た時には従順を装ってください。いつまでも反抗されては、私の仕事が終わりません」
「知ったことではないのだけれど」
「目尻も下げといてくださいね。では」
まだ終わりそうにないので、彼は再び扉を閉める。
このやり取りはいつまで続くのだろう……溜め息を吐いて、遠い終わりを待った。
~~~~~~~~~~
一週間後。
きっかり一週間だけ待つ理由は、よく分からない。
寝転んで、食堂の余り物を食べつつ監視していたが、問題はなかった。
パルルは動かないし、なぜかアバトライトまで動かなくなっていたが、問題はない。
ちなみに、一時間ごとに監禁の様子を確認するのが面倒だったため、途中からは三時間ごとの確認に頻度を減らしていた。
またも心境を確認すべく、一週間ぶりに監禁部屋を訪れる。
出迎えたのは、飽きもせずアバトライトであった。
「ニコルソン」
「ご苦労様です、アバトライト殿……アバトライト殿、ですよね?」
「ヒメハゲンキデス」
今日にいたっては、アバトライトは抑揚さえ失って喋っていた。
その顔つきも、どこか人形じみた感じである。ちょっと不気味なくらいだ。
彼から眼を逸らしつつ、ニコルソンはレイン姫に近づく。
そして、何度目かの問いを優しく告げた。
「レイン姫。もう反省しましたか?」
彼が問うと、レインは怜悧な視線を投げかける。
怜悧な視線の時点でアウトだ。
「反省したわ。目尻も矯正したけれど、治らないの」
「ああ、そうですか……じゃあ、もう一週間ですね」
「この状態、一体いつまでかかるの?無限に続くのかしら」
無限に続かせているのは、目つきの悪いレイン姫自身である。
と、ニコルソンは心の中で思った。
続行しなければならないようなので、彼は溜め息を吐いて退出した。
「……あ、ちなみにパルル殿は……眠っておられるので――」
「そうよ。あまり当たり前のことばかり言っていると、死刑にするわよ」
「うす、すいませんした」
ムダな会話の後、扉を閉めて、もう一度だけ溜め息を吐く。
その後、なぜだか少しだけやる気が出てきた。
この際なら、いけるところまで行こう。彼は気持ちを一新して、任務に取り組むことにした。
~~~~~~~~~~
任務との向き合い方を変えた彼の仕事は、とても徹底したものだった。
部屋の確認は10分に一回。それを一週間、寝る間も惜しんで続けた。
正直に言って、レインの周りの人にはたくさんの問題があったが、彼はレインにだけ集中した。
結果、やはり彼女はおかしな行動をしていない。
が、あまりにもおとなしいため、訝しく思ってはいた。
監禁部屋への訪問は四度目。
彼はいつになく真面目な表情で、扉をノックした。
扉を開いたのは、またしてもアバトライト――
「……?」
否、扉は誰にも開かれなかった。
異常事態の予感を感じ取って、彼は扉を慎重に動かす。
蝶番の小さな音と共に、徐々に部屋の様子が見え出した。
やがて、その全容が明らかになる。
しかし、はっきりと確認した光景は、前回と特に変わりがない。
前回と違うのは、パルルと同様に、アバトライトが倒れていることだけだった。
そして、アバトライトが倒れていることは、ちゃんとした異常事態である。
「アバトライト殿!?聞こえますかッ!!」
ニコルソンは意識のない聖騎士に駆け寄り、状態を確認する。
すると、聖騎士は予想に反して、すぐに眼を覚ましたではないか。
「オハヨウゴザイマス」
「はっ!?え!?」
「ギコギコ」
「………………」
どうやら無事な目覚めとはいえないようだが、とりあえず目を覚ましているので、良しとした。
問題はレイン姫である。
「レイン姫。もう反省しましたか?」
ニコルソンは意を決して問うが、レインは怜悧な視線を投げかけない。
彼女は眠っているようだった。まるで人形のように。
「……姫も疲れているのですね。お可哀想に」
ニコルソンはレインに同情した。
なにもしていないのに監禁なんて、よくよく考えれば酷い話だ。
そんな扱いにも耐えて、健気に忍んでいる少女を見ると、少し罪悪感さえ感じてしまう。
そもそも、目つきや口調だけで判断する自分が間違っていたのかもしれない。
これだけ大人しくしている彼女に、これ以上の抑圧をかけるのは申し訳ない。
そう考えた彼は、監禁から姫を解放することを決定した。
「ご立派でしたよ、姫。よくできました」
眠る彼女へ、彼は優しく言葉をかける。
そうして静かに部屋を退出すると、扉をあけ放ったまま、王の元へ報告に向かうのだった。
――その後、壁に頭を打ち、正気に戻ったアバトライトは言った。
「しまった!レイン姫のスイッチが切れたままじゃないか!」
あまりにも罵詈雑言を浴びせて来るので、辛抱できなくなった彼は、レイン人形のスイッチを切っていたのである。
だが、頭の中で罵倒は反響し、結局のところダウンしてしまった。
そのまま、ニコルソンに起こされるまで、意識を失っていたのである。
「……おや?扉が……」
ふと彼が顔を上げると、扉が半開きになっていた。
知らない間に、なぜか監禁は終わっていたようである。
腑に落ちないながらも、彼は一人、ガッツポーズを決めるのだった。
ア罵倒ライト。