表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
107/171

非生物

 明かりの届かない、薄暗い地下室。


 偏愛なドールマスター・ロゼアは、一国の姫を完成させた。




 ロゼアが作ったレイン姫の人形は、かなり精巧なものだった。


 クオリティの高さは彼女自身の才能による所も大きいが、パルルの協力があったことも一因である。


 人形の構造は、魔法陣の設計と同様に繊細なものだ。いわば設計のプロであるパルルが監修したことで、制作の能率は格段に上がったことだろう。




 さらに今回の人形は、人間の生の部位は使用していない。代わりに使ったのは魔導物質なる錬金素材だ。


 魔導物質は肉体のように腐ることもなく、人形へ半永久的に魔力を循環させる。そのため、ドールマスター自身の魔力を必要とせず、術者のスタミナ切れを気にせずに済む。


 加えて、人形に漲る魔力によって耐久性も向上した。戦闘能力からして、魔導物質製かどうかで雲泥の差が出るのだ。




「――すごい。こんな人形、見たことない……」




 完成した人形を見て、一番驚いたのは他ならぬロゼアだった。


 わずか2時間で完成させたとは思えない、素晴らしい出来栄えだった。今までの人形の中で、間違いなく最高傑作と言えた。




 感動から、少女は思わず涙をこぼした。


 孤独ながらも人形作りに没頭していたのは、寂しさを忘れるためでもあったが――なによりも、作るのが楽しかったのである。


 制作に向き合っている時の、くすぐったくて愛おしい感覚。自分の手で命を生み出すような、どこまでも神聖な感覚。それがたまらなく好きだった。




 そうして、目の前で澄ました顔をしているレイン姫……否、レイン姫の生き写しは、その立ち姿のみで人間らしい躍動を生み出していた。


 本物が放つ、触れると壊れてしまいそうな儚ささえ、どうしてか内包している。


 違いがなかった。仮に双子の妹だと言われても嘘っぽく、もはや本人だとしか信じられないほどだ。




「これがキミの才能だよ、ロゼア。パルルの眼に狂いはなかったよ」


「錬金術師……これはユメ?」


「違うよ。ほっぺたでも引っ張ってみなよ」




 パルルに促され、少女は言われた通りに頬を摘まむ。


 すると、そこには相応の痛みが走った。




「い、いたたたッ!?なんでパルルのほっぺた摘まむんだよっ!」


「だって、引っ張れって……」


「自分のに決まってるよっ!」




 くそ師匠が痛がるのを見て、ロゼアは確信した。これが夢ではないことを。


 バカ弟子が嫌らしくニヤけるのを見て、パルルは確信した。コイツ生意気だと。


~~~~~~~~~~


 かくして、人形は無事にレイン姫の自室へ納品された。


 パルルの人形はまだできていないため、とりあえず本物で済ます。


 アバトライトは、人形にもしものことがあった時に対応できるよう、ずっと本物の予定だ。




「なあ、パルル。これはもしかして、私だけが監禁されているのでは?」


「そうだよ」




 後でここを出られるため、パルルは他人事である。


 アバトライトだけがここに置かれ、彼のみ不自由であった。




 人形を挟んでいても、護衛である2人にはやることがない。


 今頃レイン姫は、素性を隠したまま街を満喫していることだろう。


 パルルはのんびりしていたが、アバトライトはなんだか虚しくなっていた。




「私はなんのために、ここにいるのかな……」


「そんなのは気にしないことだよ。ねっ、レイン姫」




 パルルが話しかけた人形も、まったく喋ろうとしない。無意思。


 もし一人になったら、この精巧な無生物に見られ続けるのだ。アバトライトはちょっと怖くなった。




「せめてパルルはここに……」


「ヤだよっ!」


「そ、そんなに強く断らなくてもいいだろう!」


「強くヤだよ!」




 人形と同棲するのはパルルもヤなため、彼女は監禁されることを徹底的に拒否する。


 それも当然だ。こんな人形と一緒の空間で四六時中すごすのでは、正気が保てない危険性だってある。


 すなわち、いくら人間に見えるからと言って、非・人間と仲良くしたい物好きはいないのだ。




 見れば見るほど、人間らしい人形。なまじ人間らしいだけに、微動だにせず、喋らないのが気持ち悪い。


 悪い予感に憑りつかれかけているアバトライトは、隣にいる人間だけは離すまいと考えた。




「パルル。もし君が次に会った時、私が人形と話していたらどう思う?」


「あ、人形と話してるなーって思うよ」


「そんなわけないだろう!?その、こんなことを言うのは卑怯かもしれないが……罪悪感とか、一緒にいたらこうはならなかったな……とか、こう……」


「思わないよ。話せる人が増えて良かったよ」


「だから、話せるようになりたくないから言ってるんだ!私は、人形とは、話したくないっ!」




 最後の人間へ必死に縋りつく彼は、かなり逼迫した内情を抱いている。


 これを見捨てると、確かにパルルは罪悪感を抱かないでもない。が、その時はその時だ。




(実際、ロゼアはたまに人形と話してるよ)




 前例として、彼女はロゼアを挙げた。


 最初見た時はギョッとしたが、最近はまあまあ慣れてきている。


 そのため、アバトライトが同じになっても、別にいっか……みたいに考えているのだ。




 あと、ロゼアだって本気で人形を人間だと思っているのではない。


 彼女はエルドラが現れると、それまで楽しく話していた人形を投げ捨て、彼の方へすり寄る。


 つまり、その程度の認識なのだ。暇つぶしの中継だ。気休めだ。治る。間違いない。




 だから、別にいっか……みたいな。


 もっとも、これはれっきとした正当化である。




 そうはいっても、アバトライトの表情は悲痛なものだった。


 口いっぱいに渋味が溢れて、それをすぐには処理できない人の顔をしている。


 さすがにかわいそーに思い、アドバイスくらいはしてあげようとした。




「アバトライト。人形と話したくないなら、自分も人形だと思えばいいよ」


「は?」


「そしたら、人形が会話しないのは普通でしょ?おかしくならずにすむよ」


「どういうことだい?」




 ちっとも納得されていない。


 それどころか不愉快そうな顔をされたので、パルルはちょっと慌てつつ、補足説明を行う。




「いや、まあ落ち着いてよ。つまり、この部屋には人形しかいないってことだよ」


「私は人形じゃないが」


「そうだけど、そう思ってみようよ。要するにさ、自分をだますんだよ!自分は喋れないし、意思もない人形だって!」




 無責任な彼女のアドバイスを聞いて、アバトライトはしばらく考え込んだ。


 自分も人形のフリをすることで、人間的ではない空間を正当化する。まあ、理に適っていないこともない。


 正直、こんなことをしている時点でおかしいとは薄々感じつつ、彼は黙ってうなずいた。




「うんうん。分かってくれたみたいだよ」




 不服そうだが、とりあえず了解してくれた聖騎士を見て、パルルはにっこりだ。


 これで心おきなく、監禁役から逃れることができる。やはり、持つべきものは聖騎士。




「あっ」




 話がまとまったところで、パルルはひとつ、大事なことを思い出した。


 レイン人形の髪へ手を突っ込み、どこかしらを押す。


 すると――




「パルル。私の髪に勝手に手を入れるなんて、許されないわ。死刑」




 なんと人形は流暢に喋り始めたではないか。


 突然のことに眼を丸くしたアバトライトは、人形を指差しながら臨戦態勢に入る。




「な、な、なにをしたんだ!?」


「そんなに驚かないでよ。アバトライトって意外とビビリ?」




 心ない一言を笑いながら放つと、パルルはレイン人形の機能について語った。




「実は、髪のこのへん押したら喋るんだよ、この人形」


「喋るのか!?」




 仰天の新事実である。


 それを裏付けるかのように、偽レインが喋った。




「パルルの作った魔法陣が、私の感情中枢を形成してるのよ。だから、私はそれに則って思考したり、会話したりできるわ」




 彼女はパルルを高圧的に睨む。




「なぜそれくらいの説明ができないの?とんだ無能だわ、パルル。死んで詫びなさい」


「あはは……ちょっと性格がキツいかもしれないけど、だいたいこんな感じだよ」




 パルル的にはレインの性格を模倣したつもりだったが、少し冷酷すぎる感もあった。


 ともかくこれで、アバトライトは普通の会話ができるようになっただろう。一件落着だ。




「姫はこんなに簡単に死刑を宣告しないと思うんだが」


「う~ん……まあ、大目に見てよ」


「アバトライト。私のすることに異議があるなんて、騎士失格よ。1000回死になさい」




 彼には別の不安が芽生えた。喋れても、これはこれで辛い。


 プライドや自己肯定感を保つため、彼と偽レインとの長い戦いが始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ