非生物
明かりの届かない、薄暗い地下室。
偏愛なドールマスター・ロゼアは、一国の姫を完成させた。
ロゼアが作ったレイン姫の人形は、かなり精巧なものだった。
クオリティの高さは彼女自身の才能による所も大きいが、パルルの協力があったことも一因である。
人形の構造は、魔法陣の設計と同様に繊細なものだ。いわば設計のプロであるパルルが監修したことで、制作の能率は格段に上がったことだろう。
さらに今回の人形は、人間の生の部位は使用していない。代わりに使ったのは魔導物質なる錬金素材だ。
魔導物質は肉体のように腐ることもなく、人形へ半永久的に魔力を循環させる。そのため、ドールマスター自身の魔力を必要とせず、術者のスタミナ切れを気にせずに済む。
加えて、人形に漲る魔力によって耐久性も向上した。戦闘能力からして、魔導物質製かどうかで雲泥の差が出るのだ。
「――すごい。こんな人形、見たことない……」
完成した人形を見て、一番驚いたのは他ならぬロゼアだった。
わずか2時間で完成させたとは思えない、素晴らしい出来栄えだった。今までの人形の中で、間違いなく最高傑作と言えた。
感動から、少女は思わず涙をこぼした。
孤独ながらも人形作りに没頭していたのは、寂しさを忘れるためでもあったが――なによりも、作るのが楽しかったのである。
制作に向き合っている時の、くすぐったくて愛おしい感覚。自分の手で命を生み出すような、どこまでも神聖な感覚。それがたまらなく好きだった。
そうして、目の前で澄ました顔をしているレイン姫……否、レイン姫の生き写しは、その立ち姿のみで人間らしい躍動を生み出していた。
本物が放つ、触れると壊れてしまいそうな儚ささえ、どうしてか内包している。
違いがなかった。仮に双子の妹だと言われても嘘っぽく、もはや本人だとしか信じられないほどだ。
「これがキミの才能だよ、ロゼア。パルルの眼に狂いはなかったよ」
「錬金術師……これはユメ?」
「違うよ。ほっぺたでも引っ張ってみなよ」
パルルに促され、少女は言われた通りに頬を摘まむ。
すると、そこには相応の痛みが走った。
「い、いたたたッ!?なんでパルルのほっぺた摘まむんだよっ!」
「だって、引っ張れって……」
「自分のに決まってるよっ!」
くそ師匠が痛がるのを見て、ロゼアは確信した。これが夢ではないことを。
バカ弟子が嫌らしくニヤけるのを見て、パルルは確信した。コイツ生意気だと。
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かくして、人形は無事にレイン姫の自室へ納品された。
パルルの人形はまだできていないため、とりあえず本物で済ます。
アバトライトは、人形にもしものことがあった時に対応できるよう、ずっと本物の予定だ。
「なあ、パルル。これはもしかして、私だけが監禁されているのでは?」
「そうだよ」
後でここを出られるため、パルルは他人事である。
アバトライトだけがここに置かれ、彼のみ不自由であった。
人形を挟んでいても、護衛である2人にはやることがない。
今頃レイン姫は、素性を隠したまま街を満喫していることだろう。
パルルはのんびりしていたが、アバトライトはなんだか虚しくなっていた。
「私はなんのために、ここにいるのかな……」
「そんなのは気にしないことだよ。ねっ、レイン姫」
パルルが話しかけた人形も、まったく喋ろうとしない。無意思。
もし一人になったら、この精巧な無生物に見られ続けるのだ。アバトライトはちょっと怖くなった。
「せめてパルルはここに……」
「ヤだよっ!」
「そ、そんなに強く断らなくてもいいだろう!」
「強くヤだよ!」
人形と同棲するのはパルルもヤなため、彼女は監禁されることを徹底的に拒否する。
それも当然だ。こんな人形と一緒の空間で四六時中すごすのでは、正気が保てない危険性だってある。
すなわち、いくら人間に見えるからと言って、非・人間と仲良くしたい物好きはいないのだ。
見れば見るほど、人間らしい人形。なまじ人間らしいだけに、微動だにせず、喋らないのが気持ち悪い。
悪い予感に憑りつかれかけているアバトライトは、隣にいる人間だけは離すまいと考えた。
「パルル。もし君が次に会った時、私が人形と話していたらどう思う?」
「あ、人形と話してるなーって思うよ」
「そんなわけないだろう!?その、こんなことを言うのは卑怯かもしれないが……罪悪感とか、一緒にいたらこうはならなかったな……とか、こう……」
「思わないよ。話せる人が増えて良かったよ」
「だから、話せるようになりたくないから言ってるんだ!私は、人形とは、話したくないっ!」
最後の人間へ必死に縋りつく彼は、かなり逼迫した内情を抱いている。
これを見捨てると、確かにパルルは罪悪感を抱かないでもない。が、その時はその時だ。
(実際、ロゼアはたまに人形と話してるよ)
前例として、彼女はロゼアを挙げた。
最初見た時はギョッとしたが、最近はまあまあ慣れてきている。
そのため、アバトライトが同じになっても、別にいっか……みたいに考えているのだ。
あと、ロゼアだって本気で人形を人間だと思っているのではない。
彼女はエルドラが現れると、それまで楽しく話していた人形を投げ捨て、彼の方へすり寄る。
つまり、その程度の認識なのだ。暇つぶしの中継だ。気休めだ。治る。間違いない。
だから、別にいっか……みたいな。
もっとも、これはれっきとした正当化である。
そうはいっても、アバトライトの表情は悲痛なものだった。
口いっぱいに渋味が溢れて、それをすぐには処理できない人の顔をしている。
さすがにかわいそーに思い、アドバイスくらいはしてあげようとした。
「アバトライト。人形と話したくないなら、自分も人形だと思えばいいよ」
「は?」
「そしたら、人形が会話しないのは普通でしょ?おかしくならずにすむよ」
「どういうことだい?」
ちっとも納得されていない。
それどころか不愉快そうな顔をされたので、パルルはちょっと慌てつつ、補足説明を行う。
「いや、まあ落ち着いてよ。つまり、この部屋には人形しかいないってことだよ」
「私は人形じゃないが」
「そうだけど、そう思ってみようよ。要するにさ、自分をだますんだよ!自分は喋れないし、意思もない人形だって!」
無責任な彼女のアドバイスを聞いて、アバトライトはしばらく考え込んだ。
自分も人形のフリをすることで、人間的ではない空間を正当化する。まあ、理に適っていないこともない。
正直、こんなことをしている時点でおかしいとは薄々感じつつ、彼は黙ってうなずいた。
「うんうん。分かってくれたみたいだよ」
不服そうだが、とりあえず了解してくれた聖騎士を見て、パルルはにっこりだ。
これで心おきなく、監禁役から逃れることができる。やはり、持つべきものは聖騎士。
「あっ」
話がまとまったところで、パルルはひとつ、大事なことを思い出した。
レイン人形の髪へ手を突っ込み、どこかしらを押す。
すると――
「パルル。私の髪に勝手に手を入れるなんて、許されないわ。死刑」
なんと人形は流暢に喋り始めたではないか。
突然のことに眼を丸くしたアバトライトは、人形を指差しながら臨戦態勢に入る。
「な、な、なにをしたんだ!?」
「そんなに驚かないでよ。アバトライトって意外とビビリ?」
心ない一言を笑いながら放つと、パルルはレイン人形の機能について語った。
「実は、髪のこのへん押したら喋るんだよ、この人形」
「喋るのか!?」
仰天の新事実である。
それを裏付けるかのように、偽レインが喋った。
「パルルの作った魔法陣が、私の感情中枢を形成してるのよ。だから、私はそれに則って思考したり、会話したりできるわ」
彼女はパルルを高圧的に睨む。
「なぜそれくらいの説明ができないの?とんだ無能だわ、パルル。死んで詫びなさい」
「あはは……ちょっと性格がキツいかもしれないけど、だいたいこんな感じだよ」
パルル的にはレインの性格を模倣したつもりだったが、少し冷酷すぎる感もあった。
ともかくこれで、アバトライトは普通の会話ができるようになっただろう。一件落着だ。
「姫はこんなに簡単に死刑を宣告しないと思うんだが」
「う~ん……まあ、大目に見てよ」
「アバトライト。私のすることに異議があるなんて、騎士失格よ。1000回死になさい」
彼には別の不安が芽生えた。喋れても、これはこれで辛い。
プライドや自己肯定感を保つため、彼と偽レインとの長い戦いが始まる。