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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
106/171

不問

ふもんです。

 ヒマクの破壊をやめ、レインたちは無事に世界へ戻ってきた。


 そうして、3人はケビンの屋敷を後にし、また街を放浪する。





 目的を達成できなかったレインは、少し残念そうな顔をした。




「これで、私の野望は叶わぬものとなるのね……」




 彼女の野望。忍び込んだ書斎から見つけた、秘密の夢。


 それは世界を転覆させ、新しい秩序を作り出すものだった。


 あと一歩で形になるはずだった理想も、もはや過去の遺物となったのだ。




「ところでレイン姫。姫はどんな願いを叶えたかったの?気になるよ」


「私も気になります。差し支えなければ教えて頂けませんか?」




 パルルやアバトライトの疑問に、彼女は澄まし顔で答える。




「新しい世界を作って、神となるつもりだったわ」


「「……は?」」


「今の世は腐っているのよ。罪が罪を上書きし、利己的な争いで人が死に、終わらない格差に、崩れていく環境に、歴史の冒涜、貴い神格の冒涜、個人においては裏切り、陰口、暴行、怠惰、諦め、傲慢、その他一切の繰返される諸行無常――」


「よ、よく分かりました……なのでレイン姫、もうその辺でおやめください」


「まだあるのだけれど。過去の方々は、大罪が七つで収まるとお思いだったのかしら」




 腹のうちに溜めた憎しみが強すぎるため、アバトライトが止めなければ、世界に蔓延る悪を永遠に並べていたことだろう。


 姫君の抱える世界への嫌悪は、どうにもならないところまできていた。




「そんなに悪いことばかりじゃないよ。パルルはそう思うよ」


「ええ、そうですわね。パルルは悪い子じゃない」


「えっ、パルル?そ、そうかな。えへへだよ」




 とはいえ、周りの人々と関わってみたことで、その魔王性も少しは改善されている。


 ヒマクが壊されなかったのには、パルルも手伝ったのかもしれない。




「では、姫のお気も済んだことでしょう。そろそろ城へ帰りましょうか」


「なぜ?私はまだ街の観光を終わらせていないわ」


「そんなことをおっしゃって、もし脱走がバレたらどうするんです!」




 用事は終わったのに、レインはなかなか帰ろうとしなかった。


 聖騎士は困った顔をするが、彼女には取り合ってもらえない。


 パルルに目配せしても、そっちはそっちでスルーされる。




 そんな時、ある2人の人物が眼の前を通りがかった。


 そのうちの片方の少年が、パルルと眼を合わせて「あ」と漏らす。




「よっ、パルル!探してたんだぜ!」


「エルちゃん!?捕まったんじゃなかったのかよ!」


「なんか言葉づかいヘンじゃねぇ?」




 驚いたパルルは、急に男勝りになってしまった。


 それも無理はない。少女の記憶では、彼は牢屋に閉じ込められていたのだから。


 街中でばったり会うなんて、そもそもおかしいのである。




 ――聞いたところによると、どうやら脱獄したらしい。


 というか、看守が勝手に鍵を開けてくれたそうだ。




「なにもおかしくないよ?人類がエルドラの頼みを聞くのは当然だもん」


「ロゼアは面白い冗談いうよなー」


「もー、本当のことだもん!エルドラは神様だもん!」




 そんなことより、ちょっと眼を離した隙に、ロゼアの態度が悪化していた。


 パルルは危惧した。このままではロゼアがヤバい娘になってしまうのでは?と。




(エルちゃんを神様とか言ってる時点で、もう手遅れの感があるよ…)




 エルドラの内心評価が低い彼女は、かなり危機感を持っていた。


 他人を神格化すると、その理想像はいつか破綻する。それを知っているからだ。


 その上、あろうことかエルドラを神格化してしまえば、今すぐに理想とのズレを起こしてもおかしくないだろう。


 エルドラは聖人ではないのである。




「脱獄だって!?取り締まらねば!」




 正義の味方なアバトライトが2人を取り押さえようとすると、その傍らからパルルが制止を加えた。




「大丈夫だよ、アバトライト。ヤツらは野放しにしといた方がいいよ」


「悪いが、パルルの友人だからといって容赦はできないね」


「そうじゃなくて、本当に放っておいた方がいいんだよ」




 友情による行動だと勘違いされてしまう。パルルとしては不本意だ。


 彼女の助言を聞かず、アバトライトは捕まえようと躍起になった。




「お前達、そこを動くな!脱獄の罪で捕縛する!」


「えっ、だれ!?」


「安心して?エルドラに危害を加えるゴミは、私がキレイにしてアゲル……」




 相手を怪我させぬよう、彼は素手での捕縛に取り掛かる。


 するとロゼアは、5体のミニ人形をポケットから繰り出した。


 突如でてきた奇妙な小人に、アバトライトは困惑する。




「人形?なんだこれは――」


「さぁ、セイソウホウシの時間よ」




 ロゼアが命令すると同時に、人形はアバトライトの手足に駆け上っていく。


 得体の知れない生物を振り払おうと、彼は手足を大きく動かした。しかし、人形はしがみついて離れない。




「くっ……まさかお前はドールマスター!?」


「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ」




 少女が呪詛のようにそう連呼するたび、人形の締め付ける力が大きくなる。


 皮膚を千切られるような痛みに、アバトライトは苦しんだ。




「ぐあああぁッ!!」




 身体を動かせば動かすほど、人形はどんどん身体を這い上ってきた。


 振り払えないまま、もうじき顔に到達してしまう、その頃。




「だから言ったよ!!」




 パルルがバラまいた魔法陣が宙を舞い、氷のレーザービームを発射する。


 それは5体の人形に確実にヒットし、アバトライトを窮地から助け出した。


 皮膚の痛みに耐えながら、彼はパルルへ礼を言う。




「ありがとう、パルル……おかげで命拾いしたよ」


「ロゼアの人形は、一つ一つが意思を持ってる……ただの命令で動く駒じゃないよ」




 パルルは聖騎士に忠告しつつ、ロゼアを見据えた。


 視線の先で、彼女はまだ例の呪詛を呟いている。衣服の隙間からは、至るところから人形が這い出していた。


 バカ弟子を鎮圧するため、パルルは衣服に忍ばせているスクロールを取り出し――




「皆さま、お待ちください。私に一つ、ご提案があるのです」




 緊張感の高まった現場に、レインの涼しい声が挟まった。


 全員が彼女の方を向くと、やはり澄まして言う。




「エルドラ様、ロゼア様。あなたがたの罪を不問にいたしますので、どうか私におチカラをお貸しいただけませんでしょうか」




 ロゼアは恨みの篭った眼差しを差し向けたが、エルドラはこれ幸いとばかりに飛びつく。


 彼はレインの素性をよく分かっていないが、不問になるならと喜んだ。




「え、不問?よっしゃあ!なにすればいいんですか?」


「私とそっくりの人形を、私の身代わりとして使わせて頂きたいのです。……と、エルドラ様からロゼア様に頼んで頂きたいのですわ」


「頼むロゼア!後生だ!」


「うんっ、いいよ!エルドラのお願いだもん……!」




 ロゼアはいちいちエルドラを経由しないと話が通じないが、経由できた場合はすべてを受け入れる。


 ドールマスターの彼女だが、もしかすると彼女自身、エルドラのドールなのかもしれない。




「あ、それと……」


「お?なんですか?」


「パルルの分も作って頂けませんか?」


「ロゼア、一生のお願いだーっ!」


「もう、エルドラのワガママさん……いいよ♪」




 こうして、ロゼアは脱獄の罪を許され、新しい悪事に手を染めるのだった。


 エルドラはぜんぜん気付いていないが、王族の家出など手伝うのは正気の沙汰ではない。


 下手をすれば、姫を誘拐した嫌疑で死刑になってもおかしくないのだ。




 ロゼアがこのまま彼に心酔するのは、やはりマズいことのようである。


 師匠兼保護者のパルルも、少女への心配が募る。




(いや、まあでも……王族とのパイプを作っておくのは悪いことじゃないよ)




 しかし、まったくメリットがないわけでもない。 


 自覚的ではないとはいえ、彼女の才能は確かなのだ。


 こうしてレイン姫じきじきに認めてもらえれば、出世間違いなしである。




 パルルはロゼアに耳打ちした。




「作るの、どれくらいかかるの?」




 彼女が嫌いなロゼアは、渋々ながら答える。




「……一日半くらい」


「かかり過ぎだよ。レイン姫はお城に帰る気がないみたいだから、最低でも2時間で作ってよ」


「はァ!?そんなのムリに決まって……!!」




 無理を押し付けてくるパルルへ、大きな声で抗議するロゼア。


 しかし、彼女のくそ師匠は明後日の方向を見ていた。


 ロゼアが殺そうと決意した瞬間、師匠は視線の先を人指し指で示す。




「ほら、エルちゃんのあの期待気な眼を見なよ。すっごくジュンスイで、ロゼアのことを信じてる瞳だよ」


「あ、あぅ……そんな、エルドラ……?」


「『ロゼアなら2時間でも、すばらしい人形を作れるに違いない!』って、暗に言ってるよ。幼馴染のパルルには分かるよ」


「え、え、えへ……えへ、エルドラのおめめ……ために、エルドラのために、エルドラのためにエルドラのあいのためにあいのためにあいのあいのあいあいあいあいあい」




 視線の先にいたエルドラが、彼女へ信頼の眼差しを送っていたようだ。


 それゆえ、彼女は『あいのために』リミッターを外した。2時間で人形を作ろうと決心した。


 実際、エルドラの瞳は別に信頼を含んでいない。彼の注目は、パルルがこっそりみせびらかした魔法陣へ集まっていたのである。

豆知識:愛という漢字には「いとしい」という読み方だけでなく、「かなしい」という読み方もあるそうです。

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