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ALICE-CHAN-LIVE!  作者: 岬 にこみ
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三章-②なります、アイドル……!?

「社長の意思であろうと光る原石どーのと言われても、俺は断固反対です! 断固、反対、です!」

 

 意志と石をかけた硬度・・なギャグを織り交ぜながらぎゃんぎゃん騒ぐマネージャーを筆頭に、事務所内はやや騒然としていた。


 そりゃあそうだ。トンデモ非常識女が出戻ってきてしまったのだから。

 さっきまでさぞかし俺の悪口で盛り上がっていたことだろう。


「コイツはロクでもないやつなんです」

 

 ロック!? やるな岩頭。三段ダジャレ!

 じゃなくって。

  

 見てみなさいよ、アイドル諸君の沈痛な面持ちを。

 ステージの上では見せないようなつらそうな顔しちゃってますよ。

 させてるのは他でもない、俺なのだけれど。


「うむ、諸君の意見しかと受け止めた。ではだね原石チャン、この書類にサインを」


 受け止めてねー!

 その場にいる全員がホスト社長を二度見した。

 どうやらこの人、甘いマスクに似合わず相当に強引な性格の持ち主らしい。


 いかつい指輪が付いた中指で、契約なんちゃらと書かれた紙を俺の前に滑らせてきた。


「その気があったから、ついてきたんじゃないのかね?」

「そ、それはアンタが」


 逃げようとしたら壁にドンってしてきたんじゃないか!

 手の甲にキ、キ、キスとかしようとしてきたんじゃないか!


 ベタベタ少女漫画レパートリーの限りを尽くし人を茹でダコのようにして引きずりこんでおいて、よく言う。


 断じて、この事務所にも新人アイドルの肩書きにも未練はない。

 強いていえば、俺がいなくなったあとの店員さんの立場が少し心残りだったくらいだ。

 今も、心配そうにこちらの様子を伺っている。


 心配いりません、首尾よく逃げ切る……予定です。

 

 組んでいた足をほどいて、と見せかけてもう一度反対側に組む。

 腕組み足組みでじっとり睨むくらいしか抵抗方法が分からないが、それでも無言の抵抗を続けてみる。


「大物だねぇ」

「社長さんの足元にも及ばないっす」

「なんの、君の足の方がキレイだよ」


 どこ見てんだよっ、と慌てて足を閉じてスカートを抑えた。

 しまった! これはかなりかしこまったポーズだっ。


「セクハラで訴えますよっ」

「すまないね、思ったことが正直に口から出てしまうタチなんだ。特に、キレイなお嬢さんを前にすると、ね」


 バチン、とウインクを決められる。


「……アンタのスカウトって、ナンパのことだろ」

「ナンパなら、オーケイかい?」

「んなわけねーだろ!?」


 と、視界の端に、若様もとい店員さんが口をぱくぱくさせているのが映った。

 藁にもすがる思いで、有意義なアドバイスを読み取ろうと読唇術を試みる。

 ……ことば、おとこ?ば・れ・ちゃ・う?


「……」


 地団太と足踏みをしてしまったのは、仕方ないと思う。

 いやだから、がにまた、がにまた、じゃなくってですねぇ……。


 俺が白昼堂々衆人環視で男に口説かれている一方で、スカウト反対過激派も新たな動きを見せていた。


「ではプレゼンを始めます。沢良ありすがいかにアイドル業に向いていないかについて」

「しょ、書記は味方ふわが……務めさせていただきまぁす……」


 ホワイトボードにきゅっきゅっと残酷な文字を書き連ねていく。

 沢良ありす所属反対委員会という文字は、かわいらしい仕草と見た目に反してゴリゴリに硬派な達筆であった。


「ま、聞いてみようか。それにしてもふむ、ありす君か、かわいい名前だね」


 余裕の流し眼で、社長が足を組む。できる男は悔しいくらい様になる。


「まず初めにコイツは」

「レディーに向かってコイツはないだろう、君」

「このバカ女は」


 ホスト社長がごめんねと俺に目配せする。

 俺はどこぞのツンデレと呼ばれる少女種のように、フンと顔を逸らした。

 イケメンホストが目線の端でくすくす笑う。別に恥ずかしがってるわけじゃないンダカラネ……。

 

 ごほん、と岩頭の咳払い。


「このド阿呆女はさきほど問題を起こしたばかりなのです。ご報告が遅れましたが」

「先刻裏であったことは聞いているよ」


 ふわりんが楽屋侵入、とホワイトボードに書き込む。

 どうやら社長も先の騒動についてはすでにご存じだったらしい。少しだけ背筋に緊張が走る。


「不法侵入の上、若葉を巻き込んで籠城……、コイツが紛らわしい行動をしたおかげであわや大スキャンダルになるところでした。マスコミが群がって目を輝かせていましたよ」

「で、君はどうやって、その場を収めたのかね?」


 うっ、と饒舌だった男が言葉に詰まる。

 なるほどね、社長の方が何枚も上手だ。

 

 ふわりんも手を止める。

 みなちゃんも、店員さんも、神妙な面持ちでマネージャーの次の台詞を待っていた。


「どうもこうも、若葉の知り合いということでその場は」

「ある筋から耳に入ったんだがねェ。私の知らない情・報・が」


「あーあ」

「あーあ」

「あーあ」

 みなちゃん、ふわりん、俺、の順番である。


「あああああ」


 巖縄が呻いた。

 気持ちは分かる。この事務所内で頭を抱えたい人ランキング、俺とアンタでトップ争いしてるだろうよ。


「めんどくせーな、もう。多数決にしよーぜ。恨みっこなしでさ」


 開き直りもここまでくるとお家芸だ。

 賛成だ、とすかさず巖縄が俺に人差し指を突き付ける。初めて意見が合った。


「んじゃ、ありすチャンがバレンタインプロダクションに入るのに、反対な人ー」


 右手をはーいと上げながら周囲を見渡す。

 はいはい、もう過半数ね。

 最初から結果は見えているのだ。

 とっとと集計しようと、次の質問を宙に放り投げる。


「んじゃ、賛成の人ー。はい二人ね、」


 にこにこ顔の社長と俯き気味の店員さんが、右手をあげていた。

 

 ……は!? 誰だって!?


「ちょちょちょっとてん……若様!? どういうことだよ!?」

「……若葉、お前なぁ……」


 イワナワナツロウが、またワナワナと肩を震わせる。

 テーブルの向こう側で、いいねぇ若葉君、とハンサムさんが呟いた。


「わ、わたしは、賛成です」

「……理由は」


 青筋を浮かべて、巌縄が静かに腕組みをする。

 アイドル相手に尋問のような態度だ。


「きちんとした理由にならないかもしれませんけど、も、もう少し彼女と一緒にいたい……というのでは、だめですか」

「は?」

「……ありすといると、少々自分を好きに……なれる……気がするので」


 俺と目が合って、彼女は何言ってるのかしらねという顔で赤くなった。

 すぐに目を逸らしてしまったけれど。


「……おれ」


 ……ああ、憧れの青いワンピースの女の子にそんなことを言われてしまったら。


「なります、アイドル」

 差し出した右手を、社長の手ががっしりと握り返した。

「うむ、採用」


「認めるかぁーー!」

「ハァ?ちょっとちょっと、ミトメルカーってなんスか? 外車デスカー?」

 美少女たち、微笑。


「多数決これで三対三ッスよ、あとは本人の意思の問題でしょうっ」

「みなも賛成。若がそこまで入れ込むなんて興味あるもんね」

「はいドボンー! 岩頭ドボンでーす!」

「うぬををををを」

「ハイハイハイハイ反対委員会は速やかに解散してくださいねぇぇー!?」


 ガラガラとホワイトボードを事務所の隅に転がす。

 ふわりんがマーカーを片手に右往左往してしまっていた。


 みなちゃんは笑いながら、「惚れてんのぅ?」などと若様の脇を小突いている。

 惚れらてんの!? 調子に乗っちゃっていいの、俺!?


「ではここにサインをだね」

「イエッサー社長っ。任せてください、若様の笑顔はこのありすチャンが責任を持ってお守りしますゆえっ」

「頼もしい限りだね。はいありがとう。ではこれからよろしく頼むよ、ありす……ん?」

「ん?」


 ありすチャンは極上スマイルで小首を傾げた。

 後ろでは依然がやがやと騒ぎが繰り広げられていて、社長の呟きは、みなちゃんのかしましい声やら岩頭のガミガミ声に掻き消された。

 それはこれ以上ないほどの幸運だったと思う。


「……面白い名前だねぇ」

「え? そっすか? ありふれた名ま……はッ」


 そう、ありふれた名前だ。


「有沢すぐる」なんて、なんの変哲もない男性名詞である。


 社長のイケメンフェイスが、まっすぐ見られなかった。


「そんなにじっと見つめないで……なんちゃって……」

「後で社長室においで」



 拝啓、杏奈君。


 ボクのライブは、まだまだ終わりそうにありません。


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