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ALICE-CHAN-LIVE!  作者: 岬 にこみ
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九章-②LIVE!

「そろそろライブが始まる頃だな」

「……杏奈、あのさ、俺」


 俺の事はいいから、ダッシュで行けばまだ間に合うぜ、隣の友達に伝えてやりたくて、右手をあげた。

 だってコイツは俺に付き合ってくれているだけなのだ。

 本当は今日のライブをずっと楽しみにしていた、バレンタインプロダクションのファンの一人なのだから。

 

 だけど……、と伸ばした手が宙を彷徨う。

 だけど、今日のライブは、本当に彼が心から楽しみにしていたものになるだろうか。


「何?」


 誰か一人足りないんじゃないか?


「あ……いや、」


 伸ばした手のやり場に困り、コルクボードに掛けられている水色のレースチュールを手に取った。

 シンプルな単色の絹には、細かい花の網目が施してある。

 結べば丁度、リボンの髪飾りになるだろう。


 リボン……髪飾り……、

 何かが心にするりと触れた。

 レースの透けた向こう側に、ぼんやりと誰かの顔を思い出す。


「……なぁ有沢」


 隣で杏奈がぼんやりと呟いた。


「やっぱり彼女できた?」

「え?」

「いつもなら、からかってるんだけどなぁ」


 杏奈は呆れたような、けれどどこか寂しそうな顔をして、俺の手の中にあるリボンを見つめている。


「似合うじゃん、そのリボンってさ」

「はぁ? 余計なお世話、」

「けど今は、あ、女の子にあげるんだろうなー、って。そんな顔してた」

「え……」

「最近、ちょっと男らしくなったよなぁ」


 やだなーさみしいなーと嘆く。

 杏奈はまるでバーガー屋のメニューでも言い当てるような軽い調子で、俺の心の中を見透かして、笑った。


「若様だろ?」

「っ、な、」

「バレバレだってぇ。俺たち友達以上恋人未満だろ? そんなの見てればわかるっつの。まっそれでも俺のみなちゃんへの愛に比べればごがぼ」

「杏奈ーーーーッ」


 杏奈がついに吐血した。


「お、おいまさかここで死ぬんじゃないだろーなっ。そんなのダメだ、このままじゃ死んでも死にきれないだろーっ!?」

「うう、もしここが俺の墓場になろうとも、みなちゃんの匂いに包まれて旅立てるなら……」

「お客様当店は雑貨屋なのでそういったことは……」

「みなちゃん最近……新しいファンも増えてきたしさ……、噂では女の子が好きなんじゃないかって言われてるしさ……」


 ファンは変なとこ鋭い。


「な、なんだよ、ネガティブなのはお前の方じゃん。大丈夫だよ、みなちゃんお前のこと好きだよ」

「気休めはよしてくれ。何を根拠に」


 根拠なら、あの1DKの部屋の中に。


「男の人の中では、ファンがいちばん好きだって言ってた」

「……」

「それって、お前の想いが届いてるってことだろ」


 嘘は言っていないし、俺はコイツが本気でみなちゃんを応援していることを知っている。

 みなちゃんの笑顔は、ファンにこそ届くべきなんだ。

 杏奈は少し考えるようにしてから、ゆっくりと項垂れていた体を起こした。


「すみません、結婚指輪をください」

「お客様、当店は雑貨屋でございます」

「ああ……ありがとな有沢。俺自分に嘘ついてた。やっぱこんなところじゃ死ねないよ」

「おう」


 俺は頷いて店の外に飛び出していく杏奈の背中を見送った。

 そしてすぐに振り返って、ポケットから財布を取りだす。


「すみません、俺も欲しいものがあって……」




 ライブ会場まであと一歩、というところで、俺は自分がとんでもない過ちを犯していることに気づいた。

 セキュリティを担当する制服の警備員は、生真面目そうな顔面に面倒を滲ませながら、俺を見下ろしている。


「だからっ、俺はライブの出演者なんだってばっ!」

「うーむ……すごいなぁ。最近の子の妄想は……」


 妄想!?

 この数週間の出来事が全部妄想だって!?

 だとしたら長すぎる! ていうかディテールが重症すぎる。


「君は、えーと、男の子……だよね? スタッフ証も持っていないみたいだし……」

「う……」


 しっかりとズボンをはいて、軽装にスニーカー&一人称俺、な有沢すぐるは、警備員の職業審美眼では若干迷いながらも男子判定のようだった。

 その上入ろうとしているのはアイドルの舞台裏だ。警戒されても仕方ない。

 ここまで来たのに万事休すかと下を向いた時、くい、と顎を持ち上げられた。


「や、やだ。警備員さんたら大胆……っ」

「困ってる顔も可愛いね」

「ぅがっ」


 背の高いその人は、そのまま俺の手を引いて、建物の影に連れ込んだ。


「しゃ、社長……っ!?」


 極端に明るい髪色に、先の尖った革の靴、いかついリングに太いベルト。

 歩く新宿歌舞伎町は昼間でも絶好調の風格だ。


「随分ボーイッシュな恰好だね」


 上から下まで流すように見すがめられて、俺は気まずさに顔をそらした。

 しかし許してもらえるはずもなく、顎に手をかけ照準を合わせられる。


「私が用意した衣装は、お気に召さなかったかな?」

「ごっ、ごめんなさい、社長っ、俺」

「俺?」

「わ、私、今日のライブに出」

「出るために?」

「せ、誠心誠意全力で」

「全力で、誰好みのアイドルに?」

「社長様好みのアイドルになり、世界一従順にプロダクションに尽くしていく事を……ちょっ、……チューしちゃう! 近い、近いっっ」

「ちかい?」

「誓います! 一生涯、病める時も健やかなるときも、未来永劫誓いますーーーーっ」




「警備ご苦労様。通らせてもらうよ」

「お疲れ様ですっどうぞお通りくださいっ」


 ……何かとんでもない事を誓ってしまった気がする。


 代表取締役の肩書は伊達じゃない。

 駐車場に停まっていたのは確かに簡素なワゴン車だったはずなのだが、出て来たときにはすっかり沢良ありすが出来上がっていた。

 化粧も髪のセットも一流サロンのような仕上がりである。

 一体どこでそんな技術を会得したのだろうか。きっと尋ねたところで、微笑みが返ってくるばかりだ。


 何か言おうとする俺の唇を人差し指でそっとふさいでから、社長は聞こえるか、と唇を動かした。

 薄暗い廊下の奥、その先はステージ裏へと続いている。


 少しの静寂に、目を閉じた。

 扉の向こうから、聞き慣れた曲のイントロが流れてくる。

 このライブの、最後の曲だった。


「間に合うかな」


 つま先を床から離すのを、ほんの少しだけ躊躇った。

 その一歩は、ただの一歩ではない気がして。


「間に合うも何も」


 大きな手のひらが、背中を軽く叩く。


「キミのライブは、まだ始まっていないだろう」


 バックステージに飛び込むと、薄暗い灯りの中ですぐに何人かの視線が集まるのを感じた。

 大人たちは状況を把握し、慌ただしく動き始める。

 その中でひとつだけ動かなかった瞳と、正面から目が合った。

 小柄な少女が、腕を組んで舞台袖に立っている。


「ふわ……」


 肩で息をしながら、一歩ずつそちらに近づく。

 大音量で流れる音楽のおかげで、彼女のいつもと違う口調には、誰も気付いていないようだった。


「待ちくたびれたぞ」

「ごめん」

「もうほとんど、あきらめかけてた」

「ごめん」

「……謝って済むものか」


 整えられた柔らかい前髪の下に、あの日と同じ眼差しがあった。


「右手を上げろ」


 まっすぐに俺を見上げて、ふわりんはそう命令する。

 これは一体誰の分だろう。

 迷惑かけた皆の分、頭を下げてくれた人の分、待っててくれたキミの分。


 吹っ飛ばされるのを覚悟で恐る恐る顔の横に出した手を、彼の手のひらが短く叩いた。

 乾いた音がバックステージに響く。


「行ってこい」




 歓声の中、声を上げるよりも先に、思い切り手を伸ばした。

 薄水色のレースチュールが、するりと伸びて広がる。

 リボンの先を掴んだ相手は、最初はそれが何か分からない様子で、振り付けも忘れてこちらを見ていた。

 けれど、俺の頭の辺りを見てすぐに、くしゃりと顔を綻ばせる。


「……ずいぶん時間をかけて、選んでくれたのね」

「おそろいでステージに立とうって、言っただろ?」


 男の友情が、リボンで結ばれていたっていいじゃないか。


 なりたい自分を貫くためには、心臓の辺りにある大事なモノを守るためには、きっとカタチは関係ない。

 わたあめのようなスカートも、天使のようなツインテールも、チョコレートのような甘さも、すべては決意と覚悟でできている。

 カラフルなサイリウムの彩りの中で、俺たちは笑い合った。

 





 会場が、揺れる。

 彼女の声に光の波が大きくうねり始めたからだ。

 これからライブが始まるんだと、マイクを握り直した彼女が高らかに宣言する。それはただの合図ではない。


 人生が変わる合図だった。













最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。


初めて書いた長編の小説で、とにかく自分の好きなものを書こう……そうだ……全員男の子の美少女アイドルの話を書こう……!!とひとりで熱くなりながら書きました。

なんだかしっちゃかめっちゃかな出来栄えなのですが、もしたのしく読んで頂けたのなら嬉しいです……!

好きなおとこのこがいたら、こっそりもしくは大々的に教えてください!


岬 にこみ

Twitter:nikoniko_misaki



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