一章-②青いワンピースの女の子
「お前のせいだぞ!?」
未だ腹を抱えて大爆笑中の友人に、俺は持っているシェイクごとぶちまけてやろうかという勢いで、人差し指を突き付けた。
漫画喫茶あるあるをコンプリートした俺は、ステージクリアでエキストラ玄人もーど「痴漢に遭う」イベントを発生させてしまったのだ。あるあ……ねーよ! それは絶対にねーよ!
「はー苦し。二年分笑ったぁ」
そう言って諸悪の根源、悪友の杏奈肇は思い出し笑いをごまかすようにコーラをすすった。
「で? なんで俺のせいなのさ」
「これだよ、これ!」
テーブルの上に呪いのアイテムを叩きつける。にゃんこのつぶらな目がこちらを睨んだ気がしないでもないが、構うものか。
そのマスコットキーホルダーを見るや、杏奈はまた大きく天井を仰いだ。おかしくてたまらないらしい。
「つけてくれてたんだーありがとねー」
杏奈がゲーセンの収穫品として分けてくれたそのにゃんこを、俺はなんの疑いもなく鞄にぶら下げていた。後悔したって遅いけれど、漫喫に入る前の俺にもし会えるのなら、捨て身タックルかまして鞄からこの小動物を引きちぎってやりたい。
「漫喫のおにーさんが、コレ見て俺のことずっと女と勘違いしてたっつーんだよ! お前コレ、恋愛成就のお守りらしいじゃねーか!」
「知らなかったの?」
「知るかよ! 女子高生に大人気でみんな持ってるとかで……くそ……この、このにゃんこのせいで俺はあんな目に……!」
「にゃんこのせいにすんなよ、有沢がカワイイからだぶふふふ」
言い終わる前に杏奈は吹き出した。自分で言って相当ウケたようだ。すごくパンチしたい。
「それに、俺はお前のためを思ってそれをあげたんですけど?」
「は?」
にゃんこと目が合う。ピンク色の目の真ん中には、キュートなハートが模られていた。
「結局会えなかったの? 清楚系青ワンピースの女の子には」
「ああ……」
通称、青ワンピちゃん。
一度だけあの漫喫で出会った、黒髪ロングが心くすぐる俺ドストライクの美少女ちゃんだ。かわいさはアイドル級。ラクトアイスのCMとかに出てそうな、おとなしそうな、爽やかな雰囲気の女の子だった。
店の入り口ですれ違い、一瞬目が合っただけなのに俺のハートは思い切り鷲掴みにされてしまったのだ。それ以来なんとなく理由をつけては、漫画喫茶に足を運んでいたというわけ。
別にお付き合いできるとか、そんなところまで夢見てたわけじゃない。
ないけれど、俺にだって理想の再会シチュエーションくらいあった。本を探している時にそっと手が重なってきて……、あっすいません……こっちこそごめん……とか、そういうベタなやつ。ベタな……。
……ベタベタだったなぁ、おっさんの手。
「会えなかったよ。代わりにおっさんと運命的な出会いを果たしたけどな」
あと、店員さんとの出会いは無駄に少女漫画的だった。
「そう落ち込むなってぇ。それに、痴漢に遭うってことは少なからずお前には魅力があるってことじゃん? フェロモン出てるっつーか?」
「それって慰めてんの?」
杏奈はほとんど空になったカップをを振り振り、気楽に俺を指差した。
「ほら、同性にモテるっていうのもステータスだし?」
「それはもっとこう筋肉系とかワイルド系のモテの話だろ!?」
語尾にハートマークがつかない方の「おれ○○好き、かっこいいよなー」だ。
ワイルド系かぁ……と空しく呟くと、杏奈はまたケラケラと笑った。俺だって縁遠いとは思うよ。身長も友達にすら追いつけてやしない。睨むのだって、上目づかいになりがちで迫力が出ない。
「鍛えようかなぁ」
「習えば? 護身術」
ズバリ言われたくないところを突いてくる。痴漢から女の子を守るどころか、自分が痴漢にあってりゃ世話ないのだ……。
「自分じゃねーよっ、女の子を守りたいの!」
「じゃ、空手とか」
「空手……」
男子高校生っていうのは、そういう分かりやすい強さに憧れがちだ。いいじゃん空手、と相槌を打つ。
頭の中の有沢すぐるは、既に黒帯を巻いていた。